未熟者武道記

兵庫のおっさんの空手生活やその他諸々を悪趣味な方々へ。はてさて私は毒か薬か。

not the Number of times

2017-05-20 18:28:48 | 雑感
少し変わった小学校からの友人が居ます。彼は小学生の頃から云十年に一人の逸材と言われて随分賢い奴でした。

誰もが瓶底メガネの彼をガリ勉と思い、彼に勝てない秀才君達は「どれぐらい勉強してるん?」とよく尋ねていましたが答えは決まって「全然してないよ」でした。

丁度私の弟と彼の弟が同い年で仲が良かったので、私の弟が友人の弟に真相を聞いたところ「する時は一日中勉強してる」との事。しかし彼は「していない」と言う。

中高と付き合いが長くなる中で分かったのは一日数時間程度の勉強は勉強と思っていない事に加え勉強を勉強だと思っていない節もありました。知識を広げるのが趣味みたいな感じで学業もその一つ。

私などは「してない」と言うのは本当に0の状態を指しますし、5分机に向かっただけでもハードワーク。寧ろオーバーワーク()´д`()勉強したったと胸を張ります(笑)
でも奴は4〜5時間は当たり前で無に等しい時間と捉えている訳で。同じ「していない」にも本人の考え方一つで物凄い差異が生まれてしまうのですね。

誰がどれだけ勉強した、練習したなんていう物差しは不毛この上なし。実際彼の5分の勉強時間で得られる情報は私の1時間のそれでも足りないでしょうし、彼に勉強時間を尋ねていた人達が同じだけ勉強したとてやはりそれも同じ事。
因みに彼は毎日下校時にゲーセンによって格ゲーに勤しみながら割と近いからと阪大を受けて余裕で合格し、やっぱり東大にするわと一浪して理三だか何だかに入って行きました(苦笑)

詰まり何が言いたいかと言うと、見えないところでの研鑽めっちゃ大事と云う事です。持って生まれたものは仕方ないとしても同じ授業を受け、同じ稽古をしていて差が生まれるのはそこの有る無しの差。
少年部で審査まで二週間を切って未だに型を覚えていない子もいれば基本稽古が滅茶苦茶な子も居ます。しかしその子より随分後に入って来たのに出来ている子も沢山居ます。

回数を重ねる、時間を費やすのも方法としてはセオリーなのですが問題は回数や時間ではなく覚えるかどうか。一回で覚える子もいれば百回繰り返しても覚えられない子も居ます。其れは仕方ない。持って生まれたものですから。
百回でも無理なら千回でも万回でも覚えられるまで繰り返せばいいのです。何回やれば大丈夫というものはおそらく世に一つもありません。

その覚えるまで繰り返す姿勢が自身の土を耕して、技術や知識という水が染み込みやすい状態に仕上げる作業なのだと思う訳です。それを作るのは子供であれば練習ではなくて普段の生活習慣がものを言うのでしょう。そしてそれが一時間という練習時間の質を高めることになるのだと先生として父親として痛感しています。





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