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悲しみよ、明日の星になれ


私は主人を亡くして丸4年になります。
前に進めない日々が続きました。
心がからっぽの時、馬場さんの歌に出会いました。
馬場さんのたくさんの楽曲の中でも、大好きな一曲です。
夜空を見上げ主人を思います。
涙があふれてきます。
でも、前へ進まなくてはと思うのです。
悲しみがあったからこそ、もっと強くなれる、きっと明日も乗り越えられる。
この歌は、そんなふうに心に響き、私の支えとなりました。

(50代女性)

小さな頃のように


小学生の頃、とっても厳しいけれど憧れの先生がいました。
僕は毎朝、みんなより少しだけ早く起きて、朝靄のなか登校し、
その先生と20人くらいの友達とでジョギングをしていました。

スタートはいっせいに切るのですが、すぐに先生の背中はどんどん離れていきます。
必死に走っても離れていく背中は、どんどん小さく見えなくなっていきましたが、
僕にはとても大きく見えました。

ある日、先生に一度もほめられたことがなかった僕と一緒にいた母に向かって、
先生はうれしそうにこう言いました。

『彼は走っているときは、そのことしか考えていない』

なにげなく放たれた言葉でしたが、先生は僕を見ていてくれたんだと、
言葉にならないくらいうれしくなりました。

いまは引っ越して、住んでいた家もなくなってしまいましたが、
『小さな頃のように』を聴くと、あの日の朝靄を思い出し、
あの時の自分は決して裏切らないほどまっすぐに生きていたと思わせてくれる大切な曲です。


(30代男性)

男ちへ女たちへ


私の住む町に「あった」お蕎麦屋さん。
その前を通りがかるといつも思い出すのがこの歌です。

町のお蕎麦屋さん。
頑固で無口な親父さんと、明るい母さんが2人でやってるお店で。
お客さんがいるのに、目の前で夫婦喧嘩をするお蕎麦屋さんでした。笑
私は就職で、家族も親戚も、友だちもいない土地に引っ越してきたのですが、
そんな中お蕎麦を食べに行くと声をかけてくれたり、天ぷらをおまけしてくれたり、
私の顔を早々に覚えてくれたのが嬉しくて、よく食べに行っていました。

いつの頃からか、息子さんがそば打ちを手伝うようになり、
親父さんを見る機会が減りました。
親父さんももう年だし、息子さんにお店を譲るんかなと思っていた矢先、
親父さんが病気で亡くなったことを知りました。
親父さんが亡くなったことはもちろんのこと、親父さんが病気だったのを知らなかったことも、
亡くなったことを後から聞いたことも、とにかくショックで悲しかった。

その後、しばらくは息子さんがそばを打ってましたが、なかなかうまくいかなかったようで、
ほどなくしてそのお蕎麦屋さんはお店を閉めてしまいました。
看板はすぐに下げられましたが、残った建物を見るたびに切なくて、
親父さんのお蕎麦をまた食べたいなとか、母さん今どうしてるかなとか、
そんなことを考えては、「男たちへ女たちへ」はあの親父さんと母さんのテーマソングだなと、
お店の前を通るたびに心の中で口ずさんでいました。

そんなお蕎麦屋さん、今は別のオーナーが入って今度はラーメン屋さんに。
いよいよ私の好きだったお蕎麦屋さんじゃなくなったことは悲しかったですが、
私はここにお蕎麦屋さんがあったことも、親父さんも母さんも知ってるんだと思うと、
ちょっと嬉しかったりもして。
そして、今のラーメン屋さん、「営業中」「準備中」の看板は
前のお蕎麦屋さんのものをそのまま使っているんです!

お蕎麦屋さんが無くなってしまったことは切ないですが、
なんとなく親父さんや母さんの面影が残っているあのお店、
「男たちへ女たちへ」をBGMに、ずっと私の中に残り続けるお店だなと思っています。




[30代女性]

スタートライン


27歳の頃に10年間お付き合いをしていた男性に振られ、(結婚の約束もしていた)
病気になり、長く通院生活をし、仕事もダメになったりして、
もう人生楽しくないなぁ、自分に自信もないし、
もう生きていたくないなぁって日々を過ごしていました。

でも馬場さんに出会い「スタートライン」を聴いて号泣したことを
今でも昨日のように覚えています。

10数年過ぎた今ようやく新たな道で再スタートを切りながら、
新しい風を感じ生きていこうとポジティブになりつつあります。

長い闇から抜けることを助けてくれた曲です。




[30代女性]

旅エンピツ


結婚45年目に入った私たち夫婦。
健康に恵まれ貧しい中にもやっとここまで歩いてきました。
男の子と女の子、わが命にも代えられない二人の可愛い子供も誕生。
健康そのものの野球男子に育った長男と、
水泳が体に合ったのかぐんぐんと記録を伸ばした長女。

やがて、大学卒業と同時に東京へ就職した長男が思いもかけぬ病に倒れ、
家族一丸となっての必死の看病にもかかわらず、帰らぬ人となりました。

月日のながれで三人の暮らしにも慣れましが、
出張も多かった彼を新幹線や飛行機に乗る度にスーツ姿のビジネスマンに重ね偲んでいます。

馬場さんのライブにせっせと通う娘と私をみて
「おかあさん、楽しんでるや、良かったね」と、雲の向こうから聞こえてきそうです。



[60代女性]

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