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吉村 昭 『白い道』

2017年03月07日 | 読書

◇『白い道』著者: 吉村 昭   2010.7 岩波書店 刊

   

    2006年7月に亡くなった作家吉村昭氏は歴史小説あるいは記録文学に新境地を開いた
 大家として知られている。この『白い道』は没後の出版であるが、氏が雑誌に寄せた
 エッセーや講演で明らかにした、小説家としての執筆姿勢、歴史観、身辺雑記などを
 取りまとめたものである。

 本書はⅠ歴史の流れ Ⅱ時代を動かす Ⅲ人間としての魅力 Ⅳ歴史の町 の4章でく
 くられている。

  吉村昭と言えば、徹底した史実調査(取材と検証)で知られている。取り分け戦史
 小説では関係者の取材が徹底している。戦史小説を書くのを断念し歴史小説に切り替
 えたのは聞き取りをすべき証言者がどんどん減ったからだと述懐している。

  氏曰く、戦史小説では記録と証言が欠かせないが、歴史小説では記録が少なく、飛
 び石のごとく点在し、作家はその間を想像で史実をつなぐ。それが作家のだいご味で
 はあるが、歴史小説とされているものの中に、作者が明らかに史実を無視し、または
 物語を興味深くさせるために故意にゆがめているものがある。歴史小説といえば読者
 はそれを歴史そのものと考える傾向がある。空恐ろしいことだというのである。

  「人間の魅力」という章で前野良沢、高山彦九郎に強い興味を持ったと書いている。
 前者は『解体新書』の翻訳を描いた『冬の鷹』、後者は『彦九郎山河』という作品に
 なった。
  『解体新書』翻訳の主役は良沢で玄白は傍役であったにもかかわらず、杉田玄白訳
 で前野良沢の名は前面に出てこない。その経緯は本書に語られているが、彼は不遇の
 まま亡くなった。前野良沢は長男達の友人である高山彦九郎を実子のように遇した。
 彦九郎は幕府から尊王の危険人物視されていたことから、孤児であった良沢は彼の生
 き方に孤然とした姿を見たのではないかというのが吉村昭の見方である。そして氏は
 良沢の孤然とした生き方に羨望を感じるという。

  『解体新書』が刊行される以前、本草学者後藤梨春が『紅毛談(おらんだばなし)』
 という小冊子が発禁になった。オランダの風物、産物の紹介書にすぎない書物がであ
 る。
  なぜ「解体新書」の刊行が認められたのか。それは医学書だからという名分にあっ
 た。吉村氏は言う。しかし、『解体新書』は、鎖国政策とは明らかに相反した行為で
 これが鎖国政策に楔を打ち込み、この『解体新書』刊行後西欧のあらゆる分野の知識
 が訳書となって世に紹介され、鎖国政策の崩壊を早めたと断じている。

 題名の『白い道』とは。
 氏が終戦の放送を聞いた午後、≪体が宙に浮いたような虚脱感におそわれ、浦安の造船
 所に通じる入江沿いの道を歩いた。路面は白い貝殻屑におおわれていた。空はにぶく光
 り、白っぽかった。戦争に負けるということは白いことなのだ。と妙なことを考えなが
 ら、私は白い道を歩いていった。≫
 つまり作家吉村昭にとって敗戦という歴史的事実は、この日の白い道としっかり結び
 ついているのである。

                             (以上この項終わり)
 


  
  

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