◇『国家とハイエナ』 著者:黒木 亮 2016.10 幻冬舎 刊
文字通り本格派国際金融小説である。大学院修士課程(中東研究科)を経て、都市
銀行、証券会社、総合商社に23年余り勤務した著者が、おそらく自らの体験を踏ま
えながら描いた国際金融社会のおどろおどろしい実情。フィクションではあるが事
実を踏まえているという。巻末には参考文献はもとより金融・経済用語集まで
ついていて、素人には難解と尻込みしそうな国際金融世界の実像もおぼろげながら
想像できる。筋書きとしては平凡ではあるが事実を踏まえたというだけに迫真的で
ある。
国際金融小説は以前「大破局」を読んで、金融という虚業の世界の空恐ろしい振
舞いに目を剥いたことがある。銀行や機関投資家の素人衆を巧妙なレバレッジ(梃
子)のからくりで目くらまし、大損させた元ディーラーの告白的小説であったが、
この『国家とハイエナ』にも同じような印象を持った。
ただ本の題名が「国家」などと硬い言葉を使っているので、それでなくとも金融
という世界に疎い者は聞いた途端に身が引けるので、例えば『ハイエナ生き血を吸
う』とか『笑うハイエナ』とかにした方が良かったのではなどと、お節介者は余計
なことを考えたりする。
経済的に破綻しかけた新興国やアフリカなどの最貧国の国債や債券を二束三文で
買い叩き、元本と利息・ペナルティで何十倍と膨らんだ債権額を欧米の裁判所に訴
え、勝訴判決をもって外貨準備や原油タンカーなどの資産を差し押さえる。合法的
な手段で骨までしゃぶるハイエナ・ファンドの実態がここで明らかにされる。
ハゲタカファンドの主張は明快。「借りた金は返すのが当たり前でしょう」その
ために国家財政が破綻しても知りません。自業自得ですというのだ。
(*例えばザンビアの原債権328万ドルが最終的に名目債権額は5,500万ドルに
なった)
(*不良債権ファンドの世界的な俗称は「ハゲタカ・ファンド」である。本書で
は訴訟型不良債権投資ファンドを意味する言葉として「ハイエナ・ファンド」
を使用しているという。)
本書での主役ハイエナ・ファンドは「ジェイコブス・アソシエイツ」というファン
ドである。ターゲットとしてはアフリカのザンビア、コンゴ、南米のペルー、アル
ゼンチンなどの国家財政が破綻に直面している国が登場する。
国際社会ではデフォルトに直面した途上国のために債務削減問題を解決するため
の方策(HIPCやMDRI)が合意されたり、日本でも途上国支援のNPO法人が精力的
に動いたこと(ジュビリー2000運動)などが紹介される。
一方ハイエナファンドをはじめ金融機関グループはこうした動きに抗して重債務
貧困国債務削減スキームの成立を阻もうとロビー活動を進める。
最終章はアルゼンチンの原債務の16倍もの名目債権の支払いを求めるハイエナ・
ファンドと債務削減計画賛同債権者と同等以上の支払いを拒むフェルナンデス大統
領との闘い、そして任期満了に伴う大統領選に勝利した反大統領側とハイエナファ
ンドと戦線整理の争いに移る。
暴利に対する世論の批判を恐れたイタリアのファンドの一角が崩れ、債権の15%
支払いで手を打った。
2016.3アバマ大統領はアルゼンチンを訪問する。その手土産に長年アルゼンチン
を苦しめてきた国際的債務支払い問題に決着をつけ政治的レジェンドとしたい意向
があり、ついに追い込まれたジェイコブズ、アソシエイツは泣く泣く36.9%の返済
で手を打つところまで追い込まれた。
しかし結局ジェイコブス・アソシエイツはアルゼンチンを手掛けてから15年かか
ったものの、投資額の12.3倍のリターンを得ることが出来た。
作者はエピローグで、サミュエル・ジェイコブスの「ウォールストリートジャー
ナル」への寄稿文を載せてこの本の主題を明らかにして締めくくっている。
「歴史上稀に見るBond Warから我々が得た教訓は、明白である。法の支配は、国
家にとって重荷ではなく、財産である。ソブリン債務の再編は、双方が誠意をもっ
て話し合うことで、短期間のうちに実現できる。これから債務再編する国家は、結
局は高くついたアルゼンチンの轍を踏まないことが重要だ。」
(以上この項終わり)