読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

仙川 環の『聖母』

2016年12月19日 | 読書

◇ 『聖母』   著者: 仙川 環   2008.8 徳間書店 刊

  

  代理出産。重いテーマである。 先に読んだ妻「面白いから」と勧められた。
      子どもがどうしても欲しいが、いろいろな身体的事情で子どもが産めない女性が他人
 の子宮を借りて出産してもらう。日本では産婦人科学会ではガイドラインで禁じている。
 しかし法で禁止されているわけではない。
  自分の子どもがどうしても欲しいという願望が昂じてくると代理出産も考える。しか
 しそう簡単には行かない。身体的リスクが70%という。代理母が親、配偶者の親、姉妹
 や兄弟の配偶者など親戚関係者が絡んでくると深刻な問題を引き起こすことになる。
 アメリカあたりの外国で代理母を探すこともあるが、数千万円という高額な費用が掛かる
 ために簡単にはいかない。

  著者は大阪医大医療系研究科出身で、医療や科学技術系のサスペンス・スリラーが多い。
 この作家の作品を読んだのは初めてであるが、結構歯切れが良くて読みやすい。余計な修
 辞がない。それでいながら自分の血を分けた子供が欲しいという切実な気持ち、些細なこ
 とで苛立ち落ち込んだり高揚したり、自分のわがままな願いで周りのたくさんの人を苦し
 めているのではないかという悩み、葛藤をもきちんと書き込んでいる。女性独特の揺れ動
 く心理が巧みにとらえられていて「そうだろうな」などと納得したりする。うまい作家で
 はないだろうか。

  沢井美沙子(主人公)は子宮頸がんで子宮を全剔した。子供が欲しい夫の昭共々子宮温
 存を訴えたが、医師は子宮剔出を強く勧め、結局二人は子宮をあきらめた。
  美沙子は養子ではなくて自分の子が欲しいという願望が強く、夫も手を焼いている。美
 沙子の母厚子は見かねて代理出産を勧める。自分は歳だが(50代)健康だから代わって
 出産するという。米国での出産もあり得るが、高額な費用が掛かりとても負担できない。
  美沙子の弟康史は子供が二人いる。妻の由紀は義姉の美沙子の悩みに同情はしながらも
 リスクのある代理母を受けることには強い抵抗感がある。美沙子は内心若くて健康な由紀
 に代理母になってほしいと思っているが言い出せない。

  美沙子と厚子は代理出産を手掛ける山本医院を訪ね、厚子の代理出産実施にこぎつけ
 る。しかし妊娠後1カ月、厚子は心臓発作を起こし胎児は流産した。失意の美沙子。厚子
 は娘の絶望を見るに堪えかねて由紀に頼み込む「家族は助け合わなきゃ」。夫の昭は
 「由紀の考えが一番大事だから」と逃げる。美沙子から直接頼まれた由紀は結局代理母を
 受けることになる。

  山本クリニックで出産の説明を受けた由紀は山本医師のパートナーの女医・内藤に「知
 り合いの医師がいるインドでなら500万円位で海外で出産できる。だから義姉の無言の
 強制に従うことはない、あなたは出産不適合の身体だということにするから」と諭される。

  美沙子は内藤医師の勧めに従いインドの女性を代理母として代理出産をすることにして
 インドに渡る。しかし手術を待つうちに(唐突にも)美沙子は突然自分がいかににわが
 ままな選択をしていたかを悟り、代理出産を諦めて日本に帰ることになる。ムンバイで
 インドの貧困の実態に触れ翻然と悟ったのであるが、ここはいかにも不自然である。

  美沙子は日本に帰って内藤医師から「自分がインドで代理母になるから再挑戦してみ
 ないか」と申し出でを受ける。やはり自分の子が欲しい美沙子はこの申し出でを受けて
 再びインドにわたる。しかし代理母として妊娠した内藤医師は妊娠中毒で死んでしまう。
 胎児を残して。
  
  内藤医師に対する罪悪感を残しながらも、美佐子夫婦は念願のわが子を抱いて幸せを
 実感している。しかし、内藤医師の母親を訪ねた折に山本医師から「もしかするとあの
 受精卵は美沙子夫婦のではなく、実験用に作った山本医師と内藤医師の受精卵かもしれ
 ない」という驚愕の告白を受ける。

  美沙子は遺伝子鑑定を拒み「この子は私たちの子」として育て生きて行くと心を決め
 る。問題は含みながらも一応ハッピーエンドで救われる思いである。
                            (以上この項終わり)


 

 

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