明源寺ブログ

浄土真宗本願寺派

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剣岳・立山三山(追悼登山)・・・(4)

2014-10-15 23:29:25 | Weblog
人間とは、いい加減なものです。室堂山展望台(2600m?)に到着しますと、リタイヤを考えた事なんかどこ吹く風。元気一杯。当日(10月11日)は、空はどこまでもスカイブルー。東西南北どころか一望千里が見渡せるのです。

勢い込んで浄土山の岩壁(道は、勿論ありますがとにかく急斜面)にアタック。これが地獄。よれよれで浄土山下(2831m)に到着。大休止。動きたくもありません。でも、景色は最高です。剣岳の尾根筋もはっきり目視できます。見るからに険しく厳しい山塊。
手前は別山尾根。

方角を30度右にふれば立山三山の雄峰である雄山(3003m)が。雄山神社(左)まで目の前にあるかのごとくに見えます。いにしえの立山信仰は、この雄山に登る事が最大の目的でした。人々は、白衣にすげ笠、わらじ履き、金剛杖といういでたちで登ったのです。

重い腰をあげて数分の距離で浄土山山頂へ。ここには富山大学立山研究所がおかれています。そして、東を見れば大パノラマが開けていました。

大きくガレている手前の大地が五色ヶ原。実は、このガレは数十万年前の立山火山の大爆発により上部が吹き飛び陥没。ここは外輪山の名残なのです。今は高山植物の宝庫。続く山塊が薬師岳。そこから緩やかに左あがりの高原が、岳人憧れの雲ノ平。
下写真をよく見ますと写真中央のピラミッド形の山(笠ヶ岳)の左横に噴煙があがっています。御嶽山なのです。ここから直線距離で、約100キロの御嶽山噴煙が克明に見えたのです。

続く・・・・


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剣岳・立山三山(追悼登山)・・・(3)

2014-10-14 18:12:14 | Weblog
眠りから覚めればそこは室堂(2450m)。10月11日午前8時。ここが立山観光・登山の最大基地。
写真は、一の越下から室堂を撮影。広大な溶岩台地である事が判ります。バスターミナルは、写真左上の建物。中央の池はみくりが池。火口に水が溜まったもの。背後の山は大日岳山系。手前のくぼみは、氷河が削ったカール地形の一部。

登山目的にてザックを担いだ重装備の人も居れば、室堂周辺の遊歩道散策を目的とした軽装の人も。何はともあれ全員で記念撮影。早朝でもあり結構寒かった。しかし、雲一つないスカイブルーの快晴。台風19号の影響で、雨天決行を覚悟してきた。それなのにである。ただただ感謝感謝である。朝日を浴びて9人の雄姿。この元気はいつまで続くのかが最大のテーマ。

目の前には、広大な室堂の溶岩台地。室堂ははや晩秋。

この溶岩台地には整備された遊歩道が。みくりが池周遊で1時間程度。観光客は、これでアルプス気分満喫。暫くたてば、この遊歩道も観光客・登山客で溢れる事になる。背後の山並みは、富士ノ折立(2999m)と真砂岳(2861m)別山。真砂岳の背後に、よくよく見れば剣岳のノコギリの山稜が顔を見せている。

ここで、2班に分離。山岳部OBは、登り富士ノ折立・真砂岳・別山へ。元教員グループは浄土山(2831m)へ。勿論、私は浄土山へ。後は、室堂山展望台めざしてひたすら登る。よく整備された山道であるが、もう息も絶え絶え状態。

暫く登り、上を見あげれば浄土山の岩壁がそびえたっています。正直、もうリタイアかと深刻に思案。

続く・・・・
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剣岳・立山三山(追悼登山)・・・(2)

2014-10-14 14:32:59 | Weblog
弥陀ヶ原溶岩台地の端っこに位置する美女平駅は、立山・黒部アルペンルートの出発点。大半は、ここからバスを利用する。ですから、ザックを担いだ登山客等で当日も大賑わい。

弥陀ヶ原は、東西4キロ・南北2キロに広がる溶岩台地。ここを有料道路が走っている。10数万年前の立山火山の噴出物によってできたと考えられています。高所に位置するため、11月頃から7月頃まで6m~10mの雪に覆われるが、夏には川が流れ餓鬼の田(池塘)が数多く存在する高原湿地であるため多種の高山植物の宝庫となります。美女平駅周辺は、手付かずのブナ等の原生林。秋には、周辺の山々とも合わさり雄大な紅葉が見られるのです。
バスが、出発して直後には「称名の滝」が現れます。弥陀ヶ原溶岩大地から一気に下り落ちています。落差350m。日本一の落差。「称名の滝」の名前の由来は、伝説では浄土宗の開祖である法然上人が「滝の轟音を南無阿弥陀仏という称名念仏の声と聞いたこと」に由来すると伝えられている。
木立の隙間から、称名の滝が見える筈。バスの運転手さんも心得たもので、滝見台の場所は超スローテンポで運転。後は、バスの座席を左右間違えて座らないこと。これを間違えると・・・見る事適わずの悲劇、私は、チャッカリ左側座席に。写真は、朝日を浴びて逆光であるが、称名の滝の水系は映っている筈。

バスは、高度を稼ぎ弥陀ヶ原の森林限界帯。ここの紅葉が今盛りなりです。真紅の紅葉が見事なのです。背後の山並みは大日岳の山系。

そして、天狗平まで来ました。高原湿地にて高山植物の宝庫。背後の山並みは、大日岳山系と立山三山。

しかしです。忍び寄る睡魔には到底勝てずです。この後は、ひたすら熟睡・・・・
続く・・・

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剣岳・立山三山(追悼登山)・・・(1)

2014-10-13 20:54:48 | Weblog
三重県北部は、台風19号の影響がピークを迎えようとしています。強風と大雨が続いています。先ほどは、土石流発生を警戒していなべ市藤原町の大貝戸と坂本地区で避難準備情報が出されました。いなべ川の水位も上限を超えたようです。災害が起こらぬ事を願っています。
剣岳・立山三山・・追悼登山
彼は、将来を嘱望された若きクライマーであった。その彼が、20数年前の5月5日早朝に剣岳にて滑落死をした。彼の追悼登山である。彼を思う時、常に口ずさむ山歌がある。『雪山に消えたあいつ』
(1)山が命と 笑ったあいつ
  山を一番 愛したあいつ
  雪の剣よ 答えておくれ⇔(もと歌は、穂高)
  俺に一言 教えておくれ
  なんで吹雪に あいつは消えた
(2) 重いザイルを 担いだあいつ
  銀のピッケル 振ってたあいつ
  山をこの俺 恨みはせぬが
  あんないい奴 どこにもいない
  なんで吹雪に あいつは消えた
(3) 夢に破れて 帰らぬあいつ
  雪に埋れて 眠ったあいつ
  山の木霊よ 返しておくれ
  俺にも一度 やさしい笑顔
  なんで吹雪に あいつは消えた
彼は、旧三重県県立員弁高等学校(現、いなべ総合学園)山岳部OB。彼の人柄を今尚慕うOB達は、10月10日午後11時に自坊を車3台で出発。
写真・・出発前の記念写真(自坊本堂階段にて)

車は、関ヶ原より名神・東海北陸・北陸道を経由して富山インターにて下車。富山県中新川郡立山町にある立山駅を目指した。この駅は、富山地方鉄道立山線および立山黒部貫光立山ケーブルカーの駅。つまり、立山黒部アルペンルートの富山側の出発駅なのです。この駅の前には、数百台は駐車できる無料の駐車場あり。午前4時前に到着し仮眠を取った。
午前5時には、ケーブルカーの始発(6:00)に乗るべく周辺はざわつきはじめ目が覚めました。しかし、並んだ頃にはすでに遅く臨時便の6:10発に乗車。立山ケーブルは、立山駅と美女平駅間1.3キロ、標高差およそ500mを7分かけて一気にのぼります。勾配は、平均23度の急勾配。
写真・・立山駅を出発。駅員さんが手をふっています。これにつられて手を振っていた馬鹿がいた。私の事。

トンネル通過は迫力満点。

低山帯の森林から山地帯の森林への変化がダイナミックに車窓に展開します。登山のリュックが乗っている後備車両は、黒4ダムに資材を運搬するために使用さてれた名残。

ケーブルカーは、10数万年前の立山火山爆発により形成された弥陀ヶ原溶岩台地の先端に位置する美女平駅(977m)に到着。バスに乗り換え室堂に向う。
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御嶽山に思う

2014-10-10 00:49:54 | Weblog
ようやく自坊の新聞(聞法第120号)が完成した。
昨日はお月様の天体ショウ。
こちらは、一心不乱に自坊の新聞(聞法第120号)作り。ようやく本日完成。10頁の手作りの新聞です。明日には、ご門徒宅にお届けできます。
さて、写メールが送られてきました。先日、ブログでも紹介した噴火1週間前に御嶽山に登られた方です。そこには、紅葉シーズンを迎えた御嶽山が撮影されていました。

そして、御嶽山山頂写真。大勢の登山者で賑わっていた筈。

しかし、この時すでに御嶽山内部では火山性微動が急激に増加していたのです。警報レベルをあげる唯一の機会の時でした。でも、それはあくまで結果論です。色々と考えてしまう写真です。
でも、この写真には癒されます。山栗と共に秋の山里の味覚の王者である???

でも、今度の週末から来週にかけて、超大型台風19号が刻々と日本列島に接近。コースが伊勢湾台風の再来ともなれば三重県には最悪です。
そして、もう一つ最悪が。
10月10日深夜から12日にかけて、若くして散った山岳部OBの追悼登山を北アルプスは剣岳にて予定されています。剣岳は厳しい魔の山。多くの登山者が遭難。彼も、滑落死でした。
そんな剣岳に、強風と大雨と寒さのなかアタックすればこれは自殺行為。台風接近に伴い天気予報もドンドン悪化。1週間前は、ルンルンの秋晴れ予報。それが、一転最悪の予報。
で、計画を大幅変更。室堂周辺のトレッキング程度にて10月11日には麓まで下山。そして、12日早朝より速攻で帰宅。遅くなれば、台風の影響で帰れなく可能性も大です。
これとてぎりぎりのタイムスケジュールでしょう。後は、現地で判断。逃げるが勝という言葉もあります。
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台風一過と小さな学習会

2014-10-08 01:07:12 | Weblog
台風一過と小さな学習会(10月7日)
台風18号も各地で爪跡を残して通過。でも、その後始末が大変。早朝より、息子と2人で強風により散乱した落葉の掃き掃除。「台風さんありがとう」とでもいいたくなる程の散乱状態。半日かかって半分が終了。明日も、一日ご苦労様。

住職としての「基本の住職道」あり。
以下2点が、私の思う「基本の住職道」
1)参詣に来られた方の足跡が、絶対に本堂縁板には付かないこと。
本堂にお参りに来られて、本堂縁板に足跡が付くような事は大変失礼な話。勿論、鏡の如くとはいきませんが・・・・でも、目標はこれ。
2)境内は、いつも清々しく。
落葉が散乱している境内より、整然とした美しい境内がベスト。お寺に寄られた方が、「いつも綺麗にお掃除が行き届いているお寺だな」と思っていただきければ最高。
阿弥陀様・親鸞様がおられる本堂と境内はいつも綺麗にしておきたいものです。
さて、本日午後2時から「小さな学習会」がありました。生徒は、相変わらず女性ばかり。「親鸞聖人と聖徳太子信仰」についての勉強会。2週間に一度のペースにて学習。本日は、親鸞聖人の若き時代と「夢のお告げ」についての勉強会となりました。いよいよ住職のボルテージも上昇中。

次回は、10月21日(火曜日)午後2時から。
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この写真は?????

2014-10-06 13:21:41 | Weblog
台風18号は、日本列島の太平洋側を進み静岡県は浜松に上陸。関東地方を直撃し、現在は東北地方の太平洋上にあります。死者・行方不明者・家屋の浸水・家屋の全半壊等の被害が出ていますが、三重県北部は比較的平穏に推移しました。しかし、明日はわが身ですから自然の猛威を肝に命じておかねばならないでしょう。
さて、三重県北部は風は吹き返しの風で強風が続いていますが、午後からは晴れ間も覗くようになりました。庫裡(くり)の裏庭から「コーンコーン」と音が聞こえます。音の発生源は、下写真。洗濯用の棒から何かがぶら下がっています。これは息子の製作。

法要の前は、必ず行事鐘(ぎょうじしょう)が「カーンカーン」と強弱のリズムを繰り返しながらながら鳴りだします。法要開始を告げる鐘(下写真)の音です。

この鐘を、喚鐘(かんんしょう)と呼びます。大きく7打してから打ち上げて打ち下げし、次に5打してから打ち上げて打ちおろし、次に3打を打つ。これが作法。これがなかなか難しいのです。真似事はできても出勤の僧侶・参詣の方々の心に響く行司鐘とはなりません。
9月の定例法座の行事鐘を息子が打ち鳴らしました。しかし、その音色はネズミの小便ような音。のんびりやの息子も、「これはいけません」と流石に危機意識をもったらしい。練習には、喚鐘を鳴らせばベストですが、そんな事をすればご近所迷惑も甚だしいものがあります。そこで、製作したのが木版(木版)を真似した上記の写真。晴れ間の戻った裏庭で、「カーンカーン」と音がする。

今年の報恩講(12月7日8日)の行事鐘は、息子にさせようと思います。しっかり練習をしてください。
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御嶽山の火山噴火に思う・・

2014-10-06 00:48:45 | Weblog

御嶽山突然の火山噴火(水蒸気爆発)により、多くの人命が失われました。
噴火のタイミングが最悪でした。御嶽山は今が紅葉が丁度見頃。そして、多くの登山者が山頂に到着しお昼を食べている時間。季節と時間のタイミングが重なった最悪の火山噴火でした。そして、噴石の物凄さ。多くの登山者が噴石で・・・
山頂付近で続けれている捜索活動をテレビ映像を見ていますと、まるで一面が月面のクレーター状態。50人を超えるいのちが失われ、危険を冒しての懸命の捜索活動にもかかわらず行方不明の方もまだ多数存在。しかも、大型台風18号が刻々と東海地方に接近しています。御嶽山周辺にも無情にも大雨が予想されています。土石流発生の可能性も大です。これからの捜索活動は、どのように展開していくのでしょうか?????
自然の猛威を、私達に如実に示したのが今回の御嶽山火山噴火でした。そして、今回の火山噴火は、地球規模で考えれば大自然の営みの一部なのです。日本列島は火山列島なのです。世界の7%に当たる110の活火山を有する火山大国が日本。そのうち、御嶽山を含む47の火山は「今後100年程度の中長期的な噴火の可能性」があるため、気象庁が地震計やカメラなどを設置して、24時間体制で監視している火山大国なのです。この事を、私達は決して忘れる事なく銘記すべきでありましょう。これが、尊い犠牲を払った最大の教訓だと思います。
テレビの論調等を拝見していますと、どうして予知が出来なかったのかという意見も多数あります。しかし、これはあくまで結果論です。
私も、10月10日深夜から追悼登山にて剣岳周辺まで行きます。勿論、往時の力はありませんので室堂(むろどう)周辺のトレッキングで終わるものと思います。出来たら、遭難現場が見える雄山(おやま)までは行きたいのですが。
今日は、法要終了後に改めて登山用具を点検しました。登山靴も駄目状態。駄目駄目状態の登山用具ばかりです。早速買物に走りました。痛い痛い出費となりましたが、登山の基本は「備えよ。常に」です。雨具すら無いのでは話にもなりません。(今まで使用の雨具はボロボロ状態)
一昨日、自坊に鈴鹿山脈は釈迦岳を登山した名古屋からの登山者2人(ご夫婦)が突然来寺。本堂の大屋根が見えたので立ち寄ったとの事。本堂にてお話を聞いていますと、「丁度1週間前に2人で御嶽山に登ったばかり。噴火をニュースで知った時、恐怖で足がすくみました。」と奥さん。噴火の1週間前といえば、火山性微動が数多く観測されていた時期です。火山情報のレベルをあげるのならこの時であったといわれている1週間前。御嶽山に何も知らずに登られ、紅葉を満喫されて無事帰宅しておられるのです。このお話を聞き、「本当に紙一重」なんだと強く思った事です。
そして、台風18号が日本列島に上陸する事なく太平洋を西進して欲しいものです。そう願わずにはおれません。
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員弁組門徒総代研修会の集い(湯の山温泉の希望荘にて)の講題を考える

2014-10-02 19:50:41 | Weblog

9月30日午前10時30分より、湯の山温泉希望荘にて員弁組門徒総代研修会が開催された。僧俗合わせて107名の皆さんの出席。
ご講師は、東海教区教務所長・名古屋別院輪番の菅原良成先生
講題が、「門徒総代の役割とこれからの寺院」
菅原先生の話は、これからの浄土真宗寺院(西)を考えるうえで危機意識溢れた話でした。そのキーワードは、人口移動。
「昭和40年代からはじまった日本高度成長は、産業構造の変革をもたらし、右肩あがりの成長と人口増加をもたらしました。日本の総人口は1億2千万人まで膨れ上がりました。しかし、反面では田舎の過疎と大都会の過密という人口移動をももたらしている事を忘れてはなりません。結果として、東京教区は人口集中により毎年10ヶ寺程度増加していますが、全国では1ヶ寺程度が毎月維持困難により解散しているという衝撃の事実が報告されました。東海教区の寺院数(西)は中京都市圏にて都市開教の結果を含めては283ヶ寺。
結論として、大都市圏では真宗寺院(西)の不足による真宗の空白地帯がうまれ、一方で田舎では過疎の進行により真宗寺院は門徒の流失と減少に悩まされるという2重の問題が大きな課題となってきました。そして、時代は真宗寺院に追い討ちをかけています。少子高齢化社会となり日本全体が人口減少を向かえるに時代に突入したのです。2040年には890の自治体(三重県では、1市8町が対象)が消えるといわれています。」
以上のような極めて示唆に富んだ話であった。この話を整理すれは以下のようになります。
田舎と中小都市・・
人口流出と子供数の減少と高齢化社会が大都市部に比べて劇的に進行しており、近未来には限界集落から故郷の消滅もありうる事態が起こる事を覚悟しなければならないという事です。新潟県北部・信州北部の限界集落の実態を粒さに知っている私です。脅し文句では決してないのです。友人の住職曰く「お葬式一件、ご門徒一軒減少」と自嘲気味に話していました。確実に、田舎の真宗寺院は消滅していくのです。
自坊も、穏やかにですが過疎に悩む田舎の真宗寺院です。地元東禅寺でも老人会会員数のみが増加しています。このまま指を加えて見ていれば、やがて寺院経営が成り立たなくなる事は火を見るより明らかです。しかも、若者の真宗離れが顕著。ここは田舎も大都市圏も共通事項。いや深刻さでいえば大都市圏の方が深刻。この問題は、核家族・単独者家庭の激増の中で、家の宗教であった浄土真宗が全く相続されていないという大きな問題が根底にあります。キッズサンガ(子供対象)の強化は宗門の大きな柱。でも、時代の流れはそれより先にあります。子供を集めようにも肝心の子供がいないのです。限界集落とは、人口減少だけをいうのではありません。子供がいなくなっていくことをいうのです。員弁組が、8月15日に実施している「安穏の鐘」。この実態調査はどうなのでしょうか?
当面の対策は、情報発信と企画と行動です。専如ご門主様も、法統継承式の「ご消息」にて「本願念仏の教義の根幹は変わらないが、その方法は大きく変えていく必要がある」とご教示です。我が意を得たりのお言葉です。本願寺製作にて9月28日にテレビ放映された「親鸞を訪ねて・・今なお生きる心」も、その方針に基づいて製作・放映されたものです。
先ずは情報発信が重要。文書伝道は勿論の事、ブログ・Facebookも積極的に活用しなければなりません。嬉しい事がありました。自坊ご門徒の皆さんが、私の想像以上に当ブログを結構見ていただいているのです。「子供に見方を教えてもらってブログを見ています」と言われたご婦人の言葉に感動を覚えました。「明源寺のご門徒さんは意識が高い」と他の住職さんからよく言われます。こういうところに原因の一つがあるようです。情報発信があり行動がある。具体的行動は、各お寺のご住職の危機意識の持ち方次第と考えます。
大都市圏
完全な真宗の空白地帯。残念でなりません。
大都市圏と田舎を結ぶもの。
その一つの方法が、9月21日に自坊が実施した「離郷門信徒の集い」であると思っています。




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『親鸞を訪ねて・・・今なお生き続ける心』・・・阿弥陀様のご尊顔

2014-09-30 21:26:35 | Weblog

見る者をして、思わず合掌の心を抱かしめるこの端麗なお顔の阿弥陀様。『親鸞を訪ねて・・・今なお生き続ける心』の冒頭と終わりに大写しで登場されました。
でも、よくよく拝見すればどこかで拝見した阿弥陀様のご尊顔です。そうなのです。明源寺のご本尊である阿弥陀如来様のご尊顔なのです。鎌倉期の仏師である春日作。住職としては、本番組に自坊阿弥陀如来様のご尊顔が登場された事が何より嬉しいのです。
さて、午後4時頃に員弁組のある研修会から帰宅しますと、名古屋市のご門徒さんからお手紙が届いていました。急いで封を切りますと、上記番組を見ましたと書かれてありました。以下、全文を紹介させていただきます。
『先日は、放映の件をお便りでお知らせ下さり誠に有難うございました。以前、五木寛之氏の「親鸞」を読んだことがございますので、番組で関係のある所が見られることの期待に胸を膨らませていました。そして、何より長くご無沙汰しております明源寺様を拝見できます事を嬉しく思いました。
番組では、京都の六角堂・越後の居多神社の「片葉の葦」・常陸の西念寺の「親鸞聖人御手植え700年経過した大銀杏」など、ご聖人ゆかりの事柄が沢山映し出され、期待に違わず物語を一層浮き上がらせてくれました。
その後、故郷「いなべ」が映し出され、大改装された明源寺様本堂の大屋根、白壁が見えました。そして、庫裡での「唐辛子汁・赤飯」を「本上まなみ」さんが召し上がる場面があり、自分が小さきときに体験した報恩講のお斎(とき)が思いだされました。「本上まなみ」さんのお伝えはとてもお上手でした。流石は女優さんだけあります。貴重な映像を色々見せていただきました。誠に有難うございました。』と書かれていました。
大勢の皆さんが、本番組をご覧いただいた事がわかります。本番組製作の目的もそこにあると思うのです。遠く故郷を離れても、常に呼びたもう阿弥陀様がおられるのです。それは、『親鸞を訪ねて・・・今なお生き続ける心』という番組となられて届けられたのです。「南無阿弥陀仏」とお念仏申す以外にはございません。合掌
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