ミャオの家より

今はいないネコの飼い主だった男の日常

春から夏へと

2017-05-15 21:46:52 | Weblog



 5月15日

 数日前に、またいつもの裏山に登ってきた。
 そして、いつものように、誰にも会わない静かな春の山だった。 
 この冬から春にかけて、数回は登ったことになる。 
 そのぶん、クルマで出かけて行って、他の山に登ることが少なくなったということでもあるが。 
 家から歩いて2時間半ほどで頂上に立てるが、少し楽をしたい時は、一応の登山口になる所まで車で行けば、30分ほどの短縮にはなる。 
 最近、とみに”じじい化”しつつある私には、全くおあつらえ向きの、私の都合に合わせてくれる山ではある。
 意味は違えども、あの早逝(そうせい)した名歌人、石川啄木(いしかわたくぼく、1886~1912)の、余りにも有名な歌を思い出す。

「ふるさとの山に向かいて 言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」 

 確かにこの歌は、他の啄木の有名な歌と同じように、この一つだけを取り上げても、十分に理解できる歌ではあるが、やはりこれは詩集『一握(いちあく)の砂』の中の一編、”煙”と題された連作歌集の中の一首として、見るべきものだろうと思うのだが。
 その”煙”の中の、(二)として分けられた連作歌集の冒頭に掲げられているのは、これまた良く知られた歌である。

「ふるさとの訛(なまり)なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」

 そして、この歌の後に、(二)としての五十数首の連作の歌が続き、最後に冒頭の”ふるさとの山”で、締めくくられることになっているのだ。

 この連作の歌の中には、有名な・・・「やわらかに 柳あおめる 北上の 岸辺(きしべ)目に見ゆ 泣けとごとくに」のような歌もあるのだが、他には、例えば・・・「田も畑も 売りて酒のみ ほろびゆく ふるさと人に 心寄する日」などのように、多くは故郷、渋民村(しぶたみむら)の今と昔の哀感を歌ったものが多く、それがまた連作歌集としての物語性を強くしているところもあって、そうしたことから、どうしても同じ岩手は花巻の、詩人童話作家でもあった宮沢賢治(みやざわけんじ、1896~1933)のことを併せて考えてしまうのだ。
 その宮沢賢治については、前にもここで何度か取り上げたことがあるのだが、また別の機会に書いてみたいと思っている。

 それにしても、いつも思うのは、こうした天才作家たちのあまりにも早すぎる死である。
 石川啄木26歳、宮沢賢治37歳。
 いずれも、昔は”不治の病”とされた、結核にかかわる病気で吐血(とけつ)を繰り返し、亡くなっているのだ。
 私の母のすぐ上の兄、つまり私にとっての伯父(おじ)も結核で亡くなっている。
 その叔父の死の前後のことは、少しだけだが母の口から聞いていて、その時の様子が目に浮かんでくるようだった。
 離れの馬小屋の一隅に隔離された、まだ20代だった兄と、そこに食事を運んでやっていた妹の母、ランプの明かりのもと・・・。
 今に生きる私たちが、昔のことを書いた小説や、古い映画の中でしか見たことのないような、静かで悲惨な、しかし小さな安らぎのある光景・・・。

 人生に、運不運はつきものだとしても、こうした早逝の天才たちが、いかに数多くいたことか。
 同じ文芸の世界でも、樋口一葉の24歳、中原中也の30歳などはあまりのも痛ましい。
 さらに世界を見てみれば、イギリスのブロンテ姉妹(『ジェーン・エア』『嵐が丘』)の30歳29歳というのも哀しいし、ましてや音楽、絵画などの分野にも目を向ければ、せめてもう10年生きていればと思うほどの、才能あふれた多くの若者たちがいたことに気づいて、今さらながらにため息をついてしまうのだ。

 かと言えば、一方では、悲しいかな、無芸大食のまま、いたずらに馬齢(ばれい)を重ね、彼らに倍する人生をだらだらと生きてきただけの、私のような人間もいるのだから。
 しかし、そのことが、自分を卑下(ひげ)することにつながってはならない。
 確かに人は生まれながらにして不平等であり、その後も不公平な差配を受けて生きていく他はないのだが、問題はそこからであり、いかにして自分なりの一歩を踏み出すかなのだろう。
 努力することもなく、いつまでもかなうはずのない夢を追いかけて、ただ成功した人をうらやんだり、愚(ぐち)をこぼしたりしているだけの人生がいかに空しいものか。
 それ相応の努力をして、今の地位ある人や、あるいは財をなした人とを、何もしていない自分と比べて、一体何になるというのだ。

 そうした時に、本当に自分にとって必要なものは、”金の斧(おの)”でも”銀の斧”でもなくて、鍛え作られたしっかりした”鉄の斧”なのだと気づくことなのだろうが。
 そして、その”鉄の斧”を、これから切り開く森の仕事で、ずっと使えるように、さびつかないように、いつも鋭い切れ味が落ちないようにと、絶えず研いでおくことが大切なのだ。

 私は、人に誇れるべきものは何も持ってはいない。
 ただ、こうして自分に与えられた古い斧を頼りに、森の中にか細い自分の踏み跡を残しながら、ここまで歩いてきたのだろう。
 もう残り少ないかもしれない、ゆく手のことを考え悩むよりは、今はただ、この静かな林の中にひとりあることを、愉(たの)しんでいたいと思う。
 幸いにも、木々の間からは、高く青空が広がっているのが見えるのだから。 

 話が横にそれてしまったが、今、私はこうして、春の山道をひとり登っているのだ。
 そして、こうも足しげく故郷の裏山に通っていると、そこにいつもあるこの山のことが、今さらながらにありがたく思われて、ふと啄木の歌を思い出してしまったというわけなのだ。
 
 林の中を行く道は、もうすべての樹々に新緑の葉が芽吹いていて、そのために、葉を落とした木々がたち並ぶ冬の時よりは、ずっと陰影が強く、まぶしく輝いて見えた。
 やがて、いつものひんやりとした静かな杉林の中に入り、一登りして、枯れ沢を渡り、上の林に上がり、その先で一面が開けて、カヤトの明るい山腹に出た。
 一休みした後、山腹を大きなジグザグに切って作られた道を登って行く。
 振り返ると、新緑の赤い葉を出したアセビの小さな株の彼方に、新緑の林が広がっていた。(写真上)

 西の尾根に上がり、ゆるやかに続く道を歩いて行くが、まだミヤマキリシマの花の時期には早く、ほとんどがツボミの状態だった。 
 そして、ほどなく頂上に着いたが、大陸からの黄砂の影響もあってか、晴れてはいたがあまり遠くの山までの見通しはきかなかった。 
 さらには、この後、午後にかけて街に出かけていく用があったので、頂上には一休みしただけで、下りて行くことにした。
 気になるのは、尾根よりは花が咲くのが早い、山の南面にあるミヤマキリシマである。
 ただしこの南尾根の道は、前にも書いていたように、下部の所が高いササヤブに覆われていて道が見えずに、一部廃道化しているのだが、それを承知で下りて行くことにした。

 そして、やはり花は咲き始めていた。
 九重のような大株のものはないけれども、カヤやススキの覆う山肌に点々と、小さなミヤマキリシマが咲いているさまは、またこれはこれでいいものだと思う。
 
 

 もちろん、これでもまだ早すぎるのだが。
 
 山に登った時から数日たった今日は、午前中は晴れていて、風が吹いて、空気も澄み渡り、気温も上がっていたから、あの時にツボミだったミヤマキリシマも、今頃はあちこちで数多くの花が咲いていることだろう。 
 山のすぐそばにいても、さらには日を選んで登ったとしても、必ず花を見たり、遠くの山々の景色が見えるとは限らないのだ。
 
 それでも、と考える。 
 あの尾根の所ではツボミだけだったのだから、こちら側に回ってまで下りて来て、花を見ることができてよかったのだ。
 そして、この青空のもと、さわやかな春の風が吹き渡っていて、他に何を言うことがあるだろう。 
 林の中に入り一度ゆるやかになった後、再び急斜面になって、そこを下ると、あの背丈を越すササの”やぶこぎ”が待っているのだ。 
 
 と思っていたのに、行く手は意外なほどに明かるかった。
 何と、ササが刈り払われていたのだ。
 しかし、それは登山道の手入れというよりは、所々に測量杭が打たれている所を見ると、おそらくは境界測量がされていたものと思われ、先の方では、その刈り分け道が登山道からは離れて下りていた。 
 その距離は、わずか500m足らずのものだったろうが、何しろ一番ひどい所が、刈り払われていて、まさに期待してもいなかった望外の喜びになったのだ。 
 そして、その登山道の出口あたりの沢沿いには、今を盛りにと、薄紫のフジの花が群れて垂れ下がっていた。
 ”終わり良ければすべてて良し”、自分で最初から高い期待値を掲げていなければ、少しだけの良き異変でも満足できるものになるのだ。

 さらに、家まで下りて行く途中の、民家の庭先の植え込みに、目を奪うかのごとき豪華な色彩の、大ぶりなツツジの花が咲いていた。(写真下)
 数種類の花の色がまじりあって咲いていて、極彩色のパレットの絵の具のようだった。
 家の庭には、これほどまでに見事なツツジの株はない。
 山の上にも、小さなミヤマキリシマがいくつか咲いているだけだったし。
 それでも、私の家の庭にも欲しいとは思わなかったし、山の上で見たいとも思わなかった。
 あくまでも、他人の家の庭に咲くツツジなのだから。
 
 三日前に、ひとしきり雨が降った後、今日まで天気のいい日が続き、さらにこの天気は数日も続くとのこと。 
 気温も毎日、25度近くまで上がり、吹く風にはまだ春のさわやかさが残ってはいるが、季節は確かに、春から夏へと・・・。


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