Les yeux et les oreilles de mya

音楽、映画、バレエなどなど

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アナ・トレントの鞄/クラフト・エヴィング商會

2006-02-27 11:56:30 | Weblog
久しぶりに文化村の地下にある本屋ナディフに立ち寄った。そこで出会ったのがこの本、というかクラフト・エヴィング商會。

「アナ・トレント」という固有名詞がまず目にとまった。もちろんビクトル・エリセ監督の傑作「ミツバチのささやき」の主役の女の子の名だ。詩的イメージにあふれた美しい映画で、誰もがいうようにアナの大きな瞳がとても印象的な作品だ。そのアナがもつ鞄に引かれたクラフト・エヴィング商會の買い付け人がそれを探しに行くことがきっかけとなってできた本らしい。中にはその旅の途中で出会った商品34点が写真つきで紹介され、それぞれ簡単に説明がついている。「稲妻の先っぽ」やら「古代エジブト人が魂の重さを量るときに使った羽根“マアト”」やら出てきて、実は全てクラフト・エヴィング商會の創作物なのだと気づいたが、最初はどこまでが創作なのかわからなかった。そもそもクラフト・エヴィング商會とはどういう団体なのかさえはっきりせず、その不思議な感じがとても魅力的だった。

そこにおかれていた様々なクラフト・エヴィング商會の作品をざーっとみていて、ようやくクラフト・エヴィング商會の実態が見えてきた。本の中に出てくる物、文章、そしてブック・デザインまで、トータルで本をつくっている夫婦なのだ。そしてそれがわかってくるまでのなぞをかかえている状態がとても楽しかった。

結局、「アナ・トレントの鞄」ともう1冊買って帰ってきて、じっくりと味わいながら読んだが、彼らの作品は常にその不思議な感じを漂わせているようだ。うん、とてもよい。とても好きだ。彼らの作品に出会えてとてもうれしい。これから、少しづつじっくりと彼らの作品を味わっていこうと思う。そのようなぜいたくな時間をもてるように気をつけながら。
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Bill Evans/You Must Believe In Spring

2005-12-07 23:04:40 | 音楽(ジャズ)
このまったく無駄がなく簡潔で、ジャケットのように真っ白にたたずむアルバムに対して、付け足す言葉はなにもない。ひたすら耳をかたむけて感じることだけで十分だ。

ビル・エヴァンスの作品は、他のジャズのアーティストと同様に聴く前から呆然となるほどたくさんあって、その中でもかろうじて10枚以上は聴きこみ、さらに何枚かはかけがえのない大切な作品と感じられるものもあるのだが、このアルバムはもうそれらとは違う次元にある。ビル・エヴァンスという1個人を超えた表現の究極がここにある気がしてしょうがない。

2人の親しい人の死が影響しているという見方も正しいだろう。それにビル・エヴァンス自身の来るべき死も投影されたのかもしれない。しかし、そのような背景を切り離してみてこそ、この作品をより近く感じることができるような気がする。そこで感じられるのは果たして死なのか。正直それはわからないが、この作品を聴くときにはいつも、胸をぎゅっと握り締められる苦しみを本当に感じることだけは間違いない。

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小川美潮/Stormy Monday(02/12/05)

2005-12-03 21:11:53 | コンサート
20才から3年間、美潮さんのファンクラブのスタッフをしていたことがある。それは美潮さんにとっては、ほとんどキリング・タイムのメンバーとともにつくりあげた傑作“4to3”を発表して以降のエピック時代と重なる。就職活動を期にスタッフを離れたのだが、その後美潮さんの主だった活動も聞こえてこなくなった。
 
美潮さんに比較的近くに身を置いていたせいで、なかなか客観的な視点がもちづらいのだが、彼女は1人でキャリアを切り開くというより、近い感性のミュージシャンたちとの共同体の中でその美点を浮き上がらせることができる人だと思う。そのミュージシャンたちというのが、すなわちキリング・タイムであり、彼らの活動が中断することにより、美潮さんも進む方向が見えなくなったのではないかと思う。真実はどうあれ、僕の中では小川美潮-キリング・タイムのラインが強く引かれていたのだ。

その後、彼女は大川さんというパートナーを見つけて、活動を再開したのを知ったが、メッケン以上に美潮さんにフィットするベースがいるのかという思いから、ライヴを見に行くことがなかった。引越ししたことにより物理的にライヴ会場が遠くなったこともあるが、興味があったら遠くても見に行っていただろう。

職場のすぐ近くでライヴをやることを知って、10数年ぶりに見に行くことにした。美潮さんから一定時間離れることにより、ようやく今の彼女を見ようという気になった。そして大川さんというのはどのようなミュージシャンなのか確かめたくもあった。しかしそれはかなわなかった。大川さんは入院中でその代わりをマットがなれないながらフォローしていた。

美潮バンドのドラマーは今れいちさんである。彼女のジャストでタイトでかつ女性的な繊細なドラムが大好きなのだが、それは美潮バンドにおいても見事にはまっていた。正直、こんなに美潮さんとれいちさんの相性がいいとは思っていなかった。

そして、美潮さんはいい意味で変わっていなかった。あぁ、だから僕は美潮さんに魅かれていたんだということを思い出した。音楽的にはいろいろ思うところもあったが、やはり美潮さんは僕にとってアピールする魅力を持ち続けていた。ぜひ大川さん入りの現在のラインナップで改めて見てみたいと思う。

ライヴ後にあいさつしたら、とても喜んでくれた。娘の写真を見せたりして少し話をすることで、10数年の空白がうまった気がした。次のライブは3月。高円寺でやはり遠いのだが、足を運んでみようと思う。
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Marc’O/Les Idles

2005-11-28 09:47:17 | 映画
一番好きな女優は、と聞かれれば、迷わずビュル・オジエを挙げるだろう。数年前、フランス映画祭のゲストで来日したときは、はじめてサイン会に並び握手してもらったくらいだ。(そのときサインしてもらったのはリヴェットの映画の本の“彼女たちの舞台”の時のりヴェットとの2ショットの写真のところだったのだが、同じページに“北の橋”の亡き娘パスカルとの2ショットも掲載されていた。彼女はその写真を見たとたん、意識がすっかりパスカルとの思い出にいってしまったようで、じっとその写真を数分間にわたってながめ続け、僕の後に並ぶたくさんの人を待たせることになった。その場にただよう神秘的な雰囲気につつまれて、僕は幸せだった。そして彼女はその写真にもサインをしてくれた。)

ビュル・オジエについては、ほとんどリヴェットの映画でしか見ていないのだが、リヴェットが彼女を使うきっかけとなった映画、そして彼女のルーツでもある映画“アイドルたち”が公開されたことを知り、いてもたってもいられず最近ではめずらしく渋谷のレイトショーを見に行った。

ロック・ミュージカル風で、ビュルを含めた主役3人がめちゃくちゃに踊って歌うのだが、その音楽はブラジルのムタンチスとの共通性を感じさせた。とするとビュルはヒタ・リー?いやヒタ・リーもいいけれど、ビュルがとにかくかわいい。アイドルとかいいつつかなりぶち切れているんだけど、どの場面も目を離すわけにはいかないくらいファンにはたまらない瞬間の連続。

映画全体は、即興演劇をベースにした映画とあって、演劇的な表現が全編を覆っていたけれど、それ以外にあくまで質感としてだが“唇からナイフ”との近似を感じた。こんな面白いものが60年代後半のサンジェルマン・デ・プレで繰り広げられていたんだと思うと、その場にタイムスリップしたい気になる。早くDVD出してもらって、思う存分その気分に浸りまくりたい。
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Rosa Luxemburg/ローザ・ルクセンブルグ ラストツアー(DVD)

2005-11-28 08:53:32 | 音楽(ロック・ポップス)
ローザ・ルクセンブルグのラストライヴアルバム“ライヴ・オーガスト”を何度聴いたことだろう。

ローザは友人に薦められて知ったのだが、そのとき借りた2枚のオリジナルアルバムはまだピンとこなくて、その後、たまたまTBSラジオの深夜に流れた赤坂ライヴを聴いて、はじめてぐいぐい引き込まれていったのを覚えている。その後アルバムを聴きなおしてみて、ようやくよさに気がついたのだけれど、結局ライヴ・オーガストがいまだに一番よく聴く作品だ。

その解散前日のライヴのDVDが出た。以前からヨロシタ・ミュージックでビデオが出ていることは知っていたが、1万円もしたので購入を躊躇していた。だから今回DVDで出てくれたのはとてもうれしい。

ライヴ・オーガストと同じ質感のライヴが映像で見れるだけで感無量なのだが、映像をみることによって発見したことが多々あった。特にギター。玉城さんはこんなことがやりたかったのだということがよりはっきり見えた気がした。とにかく4人の高密度なぶつかりあいが圧倒的に迫ってくる。

ボ・ガンボスも初期のライヴは好きなのだが、やはり僕はローザの方が断然好きだ。どんとは時にうもれてしまいそうになって、必死にがんばっている姿がこの映像からも見えるが、確かにいつまでも続けていけるものではなかっただろう。そのぎりぎりの臨界点を記録した映像が一般に世に出た意義はとても大きい。これに匹敵するものはそうはないだろう。
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玉井夕海/ギャラリーカタカタ(26/11/05)

2005-11-26 23:41:49 | コンサート
玉井夕海ちゃんのコンサートに行った。彼女は“うたうたい”と称し、うただけでなく詩などの朗読をアコーディオンといっしょにしていた。

夕海ちゃんのコンサートに行くのは初めてだ。もともとは夕海ちゃんのお母さんと友達で、お母さんと僕は誕生日が一緒で、旦那さんが高校の先輩で、彼女たちが当時僕が住んでいた場所のすぐそばの美容院を利用していて…など、偶然がいくつも重なって、僕にとっては特別な人。その娘である夕海ちゃんも彼女の活動をお母さん経由で聞いていて、お母さんと同様に興味をひく人であった。

夕海ちゃんの活動を始めて見たのは、彼女が音楽座ミュージカルの主役(星の王子さま)の代役になり、ニュース23がそれについて15分くらいの特集にした映像だった。思い描くとおりの彼女がそこにいた。次は“千と千尋の神隠し”のリン役の声優としてだった。宮崎駿のとこに脚本かなにかを習いにいってるとは聞いていたが、この映画の出演については何も聞いていなかったので、テレビで彼女の名が出た時にはびっくりした。そして、映画を何回見ても、僕の知っている夕海ちゃんがまったく思い出されなくて、さらに驚いた。

今日、コンサートの1曲目に歌ったアメイジング・グレイスを聞いて、はじめて僕の中で夕海ちゃんとリンとつながった。そして、夕海ちゃんは対象とこれ以上ないくらい同化して表現する人なんだと感じた。直接それを受けた僕はものすごく心を揺さぶられた。そしてとてもきれいな夕海ちゃんが、さらに美しくなっていた。

来年春に彼女が10年以上暖めてきて、やっと完成した映画“もんしぇん”が公開される。天草を舞台にした映画で彼女は脚本と音楽と主演をしているとのこと。既にみた関係者はよくわからないけどいいという感想だそうだ。しかしきっと今日のコンサートで得た感動がこの映画からも得られることは間違いないだろう。なぜなら今日の表現と同様に、彼女はこの映画にすべてを投入したはずだからだ。僕は何回でも見に行くつもりだ。そして何回も揺さぶられてくるのだ。
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Sylvie Guillem/グリーンホール相模大野(14/5/05)

2005-05-15 21:56:17 | バレエ
こちらが意識している人だからというのもあるかもしれませんが、でも、シルヴィ・ギエムは立っているだけで他人とは違う空気を漂わせていると感じます。そして、踊り始めるとその空気はさらに大きくなるのです。

最近のギエムはクラシックを卒業して、モダンや演劇的作品に移行したといわれていますが、今回の公演はその演劇的作品でした。演劇的作品ときくとその言葉からマイムばかりで、いわゆる踊りは少ないのかと思って、これまで興味をもってなかったのですが、実際見てみると、十分なほど踊ってくれて、こんなことならもっと前から見ておけばよかったと思いました。

特にプログラム最後の“マルグリットとアルマン”。椿姫のバレエ化くらいの知識はあったのですが、音楽にリストのピアノソナタがまんま使われているとは知りませんでした。しかも、ディズニーのファンタジアの中の“魔法使いと弟子”に匹敵するほど、音楽と目に見える映像がマッチしていて、まるで最初からこの作品のために作曲されているのではないかと思うほどでした。

しかも、そこにギエムの高度な技術に裏付けられた雄弁かつ自然な動きが加わることで、椿姫のストーリーを30分強にすることで不可避的に生じるダイジェスト的なつくりにふくらみがうまれ、その結果ひとつの豊かな作品と結実したその様はとても感動的で、涙が流れてきてしまいました。

ひとつ気になったのはピアノ。悪くはなかったのですが、例えばヒューイットのような、もう少し色と躍動感を出せるピアニストであれば、さらに感動が高まったのではないかと思います。まぁこれはかなり贅沢な望みなのでしょうが。
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Joni Mitchell/Don Juan's Reckless Daughter

2005-05-11 23:09:31 | 音楽(ロック・ポップス)
数あるジョニの素晴らしい作品の中でもこの作品が特別なのは、今や伝説となってしまった天才ベーシスト、ジャコ・パストリアスとの密度の濃いコラボレーションの最良の結果を聴くことができるからです。

ジャコがはじめてジョニの作品に登場したのは前作“逃避行”の時で、その時点ですでに彼のベースプレイがジョニの音楽にそれまでとは比較にならないほどの拡がりをもたらしたのですが、まだまだバックアップの域を超えるものではありません。しかしこの作品では、Joni Mitchel & Jaco Pastoriusとクレジットするのが適当と思われるほどジャコの存在感が増しています。しかもジョニと対等にならんでいるだけでなく、それぞれの存在が相乗効果となって、ひとつの音楽として融合しているのです。

それは1曲目“序曲/コットン通り”だけで十分に聴くことができます。エッジの効いたジョニのギターとハミングで始まってしばらくすると、デーンとジャコが現われ、そこから先はジョニの歌とジャコのベースによる対旋律、ジョニのギターとジャコのベースという4つの線がポリフォニックに絡み合い、またあたかも会話をしているかのように呼応しあって進んでいくのです。ここでのジャコの仕事は他とは比較にならないほどのひらめきとあたたかさに満ちていると思います。

2曲目“トーク・トゥ・ミー”で「私しゃべってばっかり」とニワトリの鳴きまねをするのも、ジョニにとってもジャコとのコラボレーションが楽しくてしょうがないとの思いがあらわれている感じがします。しかもジャコもニワトリの鳴きまねで返すのがほほえましいです。

この2人のこの関係は次作“ミンガス”まで続くのですが、これらの作品がジョニにとってのひとつのピークであったという見方はだれもが納得してくれるものだと思います。

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Maria Schneider Orchestra/Concert In The Garden

2005-05-01 16:03:14 | 音楽(ジャズ)
オーケストラと名のつくものは、一瞬“もしかして大げさなのでは”と疑念をもってしまい敬遠しがちなのですが、マリア・シュナイダー・オーケストラは「拡がり」はあっても決して「大げさ」ではありません。それどころか繊細な表現が風通しよくこめられていて、そして品があります。彼女の作る曲やアレンジに漂うこの品のよさが一番の魅力であり、それがいわゆる「ジャズ」とは趣きを異にしている大きな理由なのではないかと思います。

そして、このアルバムは、洗いざらしのシャツのごとくすがすがしくて、とりわけ好きです。全体を通して湧き上がるふくよかな響きが特徴である彼女の細やかなアレンジはいつものようにクールですが、アルバムタイトルにもなっている1曲目でのアコーディオンやギター、そして全編にわたるルチアーナ・スーザの参加が他のアルバムとのはっきりとした違いですが、その中でもルチアーナのその卓越した声とパンデイロでの参加によってもたらされたブラジルの香りがこのすがすがしさの答えなのかもしれません。

3曲目には、世紀のダンサー、シルヴィ・ギエムにインスパイアされた曲“Pas de deux”が収録されていて、ギエムの大ファンである僕はとてもうれしいところです。実際その曲もひたすら美しく、青く薄暗い中で踊るギエムの姿が見えてくるようです。

ちなみに、このアルバムは自主制作で彼女のホームページからしか手に入らないのですが、それにもかかわらずグラミー賞を受賞したということで、大いに注目をあびました。このような素晴らしい作品がマーケットにのらなくても相応に売れて、しかも評価されるということは本当に幸せなことだと思います。
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Angela Hewitt/東京オペラシティ(27/4/05)

2005-04-29 22:31:31 | コンサート
東京オペラシティのタケミツ・メモリアル・ホールは、過去、ポール・クロスリー、ケント・ナガノとリヨン歌劇場楽団、リチャード・ストルツマンのクロスオーバー・プロジェクトなどなど、今も心に残るコンサートを聴くことができ、それはこのホールの持つ響きも少なからず影響していたという実感から、都内数あるホールの中でも最も好きなホールです。結局、演奏自体がよければ、どんな場所であろうと問題はないと思っているのですが、そんな特別の思いのあるホールで、特別の思いのあるピアニストを聴くことができるとは、本当にうれしいことです。

前半はバッハ。客席がまだ若干ざわついた感の残るまま、半音階的幻想曲とフーガを弾きはじめたのですが、冒頭の1フレーズですっかりこちらをシーンとさせてしまいました。ヒューイットはピアノを弾く身振りもその音楽を表すほど雄弁に語っていて、視覚的にも聴覚的にももうすっかり巨匠然としたたたずまいです。しかし続く大曲フランス風序曲とともに、あくまで軽やかさを維持した上での表現であることに感心することしきりでした。ものすごいテクニシャンだと思います。もちろん表現に有機的に結びつく高度なテクニックの持ち主という意味で。

後半のショパンのノクターンもいい意味でロマンティックな表現でため息がでるのみで、いよいよラヴェルのクープランの墓。かつて水戸で聴いて以来の2回目でしたが、今回もこの難曲をかなりの高水準で聴かせてくれたと思います。特に最後のトッカータはあからさまにものすごく技巧的であるのに、果敢に自らのイメージを武器に攻めていく彼女の姿は感動的で、すっかり感極まってしまいました。

ヒューイットの数ある録音のどれもが、端正で自然なイメージで流れていて素晴らしいのですが、そこに熱が加わったライヴでの表現は何にも変えがたいさらなる魅力をもっていて、録音の何倍も心が動きます。今回もまた忘れえぬコンサートとなりました。


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