【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

植物に対する偏見

2017-11-15 07:09:16 | Weblog

 マスコミやネットのコマーシャルには「植物のちから」「植物性だから安心」といった「植物に対する信頼感」が満ちあふれています。私はたとえば「杉花粉」や「毒きのこ」などにそこまで「優しさ」「素晴らしさ」は感じないのですが、それは私の偏見なのでしょう。

【ただいま読書中】『植物はなぜ薬を作るのか』斉藤和季 著、 文藝春秋、2017年、880円(税別)

 古来、人は植物を「食糧」や「工芸の材料」としてだけではなくて、「薬」として利用してきました。日本の漢方薬の材料である「生薬」のほとんどは植物由来です(中国の漢方薬では動物や鉱物の「生薬」が結構ありますが、日本式はなぜか植物偏重です)。「植物の薬効成分」を利用するのはヒトだけではありません。アフリカのチンパンジーは腹痛と思われる症状になると,普段食べない苦みのある特定のキク科の植物をかじって1日で回復しますが、その液から寄生虫の産卵抑制効果がある成分が抽出されました。
 近代西洋医学は東洋医学と大きく違って、「薬」を「単一成分」として用います。1804年ころ「アヘンからモルヒネが単離された」ことで近代薬学は始まりました。「何」が特定できたら次は「どのようにして薬が働くのか」です。薬は「レセプター」に結合して何らかの反応を起こします(あるいは反応を起こさせないようにします)。わざわざ「その薬のためのレセプター」が体内に用意されているのは不思議ですよねえ。
 植物は毒も作ります。身近なところで、ニコチン。毒性だけ比較したら青酸カリより強い毒です。タバコは、葉をかじる昆虫などに対する防御としてニコチンを生産しているようです。根で合成されたニコチンが葉に運ばれて蓄えられますが、葉がかじられるとそこからジャスモン酸メチルという信号伝達物質が産生され、根にあるニコチン生合成遺伝子が活性化されてニコチンが増産されます。植物も“動いて"います。
 カフェインも実は「毒」です。大人の致死量は10グラム以上だから、死ぬほどコーヒーを飲む、というのはまず無理ですが、カフェイン錠とかエナジードリンクの大量摂取は気をつける必要がありますし、カフェインの分解酵素がまだない赤ちゃんにも配慮が必要です。コーヒー豆は地面に落ちると周囲にカフェインを放出します。すると他の競合植物の芽生えが阻害されます。
 簡単に移動できない植物にとって、自身が産生する化学物質は「自分の生存(防御、物資の備蓄、繁殖)に有意義なもの」です(無駄なものを産生するような贅沢をしていたら、生存競争には勝てません)。それを私たちは許可も得ずにちゃっかり頂いているわけです。
 では植物は何種類くらいの化合物を作っているのでしょう? 15年くらい前に、学術雑誌にそれまで報告された物質を全部数えた人がいて、それによると「4万9000種類」だそうです。もちろん「その時点で人類が知っている数」ですから、実際には20万種類はあるのではないか、という推定が本書ではされています(そもそも「地球上に何万種類の植物が存在するのか」でさえ、確実な答を私たちは持っていません)。
 ともかく「発見」だけでも大騒ぎですが、最近は「遺伝子解析」「合成」が熱心におこなわれています。ただ、ヒトがいくら頑張っても、植物のように精密でクリーンな生合成はなかなかできません。「地球に対する優しさ」で私たちは植物にまだまだ学ばなければなりません。
 抗癌剤として用いられるカンプトテシンはDNAトポイソメラーゼⅠという酵素を阻害することでがん細胞の分裂を止めます。ところがカンプトテシンを合成しているチャボイナモリ(アカネ科)の細胞のDNAは、カンプトテシンに対する耐性を持っています。驚くのは、カンプトテシン耐性の人がん細胞でもチャボイナモリとまったく同じメカニズムの突然変異でDNAが耐性を獲得していました。遺伝子レベルでは、植物と動物は同じメカニズムでカンプトテシン耐性を獲得できるのです。
 そして話は、植物ゲノムのバイオテクノロジーに展開します。ここを読んでいると、ことさらに「植物由来」にこだわるわけがわからなくなってしまいます。動物も植物も微生物もすべて「生物」なのですから。




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