【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

桜の木

2017-06-14 18:00:43 | Weblog

 桜の木って、夏・秋・冬は何をしていましたっけ?

【ただいま読書中】『ポトマックの桜』石田三雄 著、 近代日本の創造史懇話会(近創史別冊2011)

 1912年ポトマック河畔に日本の桜が植樹されました。その百周年を記念しての本です。
 まず登場するのはエライザ・シッドモアさん。はいはい、2年くらい前に読書した『シドモア日本紀行 ──明治の人力車ツアー』(講談社学術文庫)を書いたエリザ・R・シドモアさんのことですね。
しかし、人名表記はできたら統一してもらいたいものです。文字列検索では見過ごしてしまうかもしれませんから。ともかくこのシッドモアさんは、アメリカに帰国直後から「『蚊と浮浪者がたむろする低湿地』を埋め立てしてできるポトマック河畔に日本の桜を」と運動し始めます。当局は「日本? どこ? 実がならない桜? 何?」でしたが、シッドモアさんは日本体験のある人を中心に募金を募り、さらに新しく就任したタフト大統領の夫人(来日経験あり)を動かしてしまいます。運動を始めてから25年めのことでした。その報道を、たまたまワシントンに滞在していた高峰譲吉が知ります。彼もまた「アメリカに日本の桜を」と考えていて、すぐタフト夫人に面会、当初計画の1000本に対して2000本の追加寄附を申し出ます。翌週には公共土地建物管理官が桜の購入を開始。アメリカ史上初めての「ファーストレディーによる公共事業」がスタートしたのです。
 高峰はワシントンだけでなくてニューヨークにも桜の植樹運動を行っていますが、そのことは日本では広く知られていないそうです。少なくとも私は「タカジアスターゼ」しか知りませんでした。
 カンザス州で昆虫学者マーラット博士(13年蝉と17年蟬の研究などで有名)は自宅の庭で日本の里桜を育てていて、1904年にその満開の桜を見たフェアチャイルド夫妻とシッドモアさんは「ワシントンでも日本の桜は根づく」と確信を得ます。
 日露戦争で、それまでの「親露」から「親日」に方針転換をして欲しい日本政府にとって、「ポトマックの桜」は「できるだけ金を出さずに有効利用したい案件」でもあったようです。アメリカへの寄贈の“名義人”は東京市長でしたが、実際にアメリカで活動したのはアメリカ人たちと高峰さんでした。ところが東京市が大急ぎで調達してアメリカに到着した苗木はひどい状態でした。重量軽減のために過剰に根回しをされていた上に病害虫がはびこっていて、結局全苗木が検疫を通らず焼却処分に。これは両国にとって大きな「外交問題」になってしまいます。関係者は全員大きなショックを受けましたが、再寄贈の運動がすぐに始まり、こんどは外務省が指揮を執ります。
 農事試験場長・古在由直博士は、苗木育成に安全な土地を選定するところから始め、接ぎ木のための台木は青酸ガスで燻蒸。台木に接ぐ挿し穂は、染井吉野を中心に、咲く時期や西洋人の色の好みなどを考慮しつつ12種の品種が選定されました(異名同種があったので、正確には11種類でした)。挿し穂も青酸ガスで消毒後に接ぎ木。成長した後また青酸ガス。このためアメリカの検疫は今回はらくらくパスでした。
 1912年3月27日、ポトマックでは盛大な植樹祭が行われましたが、面白いのは「東京市」「ワシントン市」の代表が参列した記録がないことです。実質的には「国から国」への寄贈だった、ということなのでしょう。
 なお、植樹祭から19日後にタイタニック号が沈没、同年7月30日に明治天皇が崩御。「明治」が終わります。
 ポトマック公園では、池を巡るように桜が植えられていて、日本では一直線の桜並木ばかりなのに、これは国民性の違いか、と著者はいぶかっています。いえいえ、日本でも池のまわりにぐるりと桜、という名所はありますよ。有名ではないかもしれませんが。特に夜桜は、池の面に花の色が映えてきれいです。ただ、ポトマックの染井吉野もきれいでしょうね。幸運とお金と時間があったら、行ってみたいものです。


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