【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

2017-04-21 18:11:59 | Weblog

 「先生は生徒のなれの果て」という言葉があります。では「先輩は後輩のなれの果て」なんでしょうか?

【ただいま読書中】『ウラジオストク ──日本人居留民の歴史 1860〜1937年』ゾーヤ・モルグン 著、 藤本和貴夫 訳、 東京堂出版、2016年、3800円(税別)

 1858年5月16日愛琿(アイグン)条約によって南ウスリー地方はロシアに帰属し、1860年に軍事輸送船マンジュール(満州)号が(のちの)ウラジオストクに到着しました。まだ森林と小川しかない地でしたが、すぐにロシア人だけではなくて、日本人を含む外国人がどんどん集まり始めました。71年にロシアは軍務知事をウラジオストクに置くことを決定。75年に日本は、サハリンと千島の交換をロシアと合意、ついでにウラジオストクに領事館を置くことを提案しますが、ロシアはそこが軍港であることを理由に拒絶、特別代表職(貿易事務官)を置くことで合意します。
 シベリア鉄道が開通するまで、ウラジオストクはロシアの中心とは隔離されていました。しかしその将来性は確実視されていて、商機と成功を求める人が集まります。日本人も1902年には約三千人居住していましたが、職業別で数が突出しているのは「娼家従業者」でした。
 日本人が経営する最初の娼家は、なんと1975年にウラジオストクに出現しています。ロシア軍将校にはずいぶんの人気だった様子です。
 シベリア鉄道開通はロシアにとっては悲願でした。それによってヨーロッパと極東をつなぐメインルートを入手できますから。しかし極東でのロシアの隆盛は、日英米には好ましいことではありませんでした。ロシアが不凍港として旅順を望むようになったら、なおさら警戒を高めます。開戦の気配が濃厚となりますが、日本帝国政府は日本人に対して避難勧告はしませんでした。そんなことをしたら“手の内”をさらけ出すことになるからでしょう。ウラジオストクの日本人は「自己責任」で行動するしかなかったのです。それでもイギリス船アフリッジが有料で日本人の撤退を請け負うためにウラジオストク港にやってきます。それとほぼ同じ時期に、日本艦隊は旅順に奇襲をかけるために基地を出港していました。開戦後ウラジオストクは要塞都市だから日本人は全員市外に退去するべし、という命令が出ます。
 日本艦隊は、1904年2月8日に旅順を攻撃、3月6日にはウラジオストクを砲撃しますが、ウラジオストクにはほとんど被害は生じませんでした。そして戦争が終結し、ポーツマス条約が結ばれますが、それですぐに「平和」はやって来ません。「日露はまたすぐに戦う」と信じている人が多かったのです。だからウラジオストクの緊張は緩みません。それでも少しずつ日本人は戻ってきました。日本人街も形成され、その「門内」では、日本の伝統が守られていましたが、それと同時に、ロシアや中国の習慣や行事も取り入れる、という柔軟性を日本人は見せていました。
 2月革命、10月革命、事態は複雑になり、英仏米日は干渉戦争の準備をします。日本軍は「自国民の保護」を名目にウラジオストクに出兵をしました。しかし干渉の「名目(大義名分)」が立たず、さらに同盟国側の方針が一致せず、干渉戦争はなかなか進展しません。しかし18年白色チェコスロヴァキア軍団の反乱でウラジオストクのソヴィエト政権は崩壊、港に投錨していたイギリス軍と日本軍、ついで中国軍とアメリカ軍が続々上陸、反乱を支援します。しかし「シベリアは簡単に日本のものになるだろう」という予測は外れ、日本企業家はロシア市場との接点を失い、日本軍の撤退と共に多くの日本人も引き揚げをすることになってしまいます。
 日本の新聞は「日本軍駐留で血を流したのは日本人で、ロシア人はそれによって守られていた」と報じました。しかし著者は「ロシア人」と言うこと自体に問題を感じ取っています。「ロシアが多民族国家であることに無理解な証拠」と。
 ロシアはソ連となり、1925年に「日本国及ソヴィエト社会主義共和国連邦間ノ関係ヲ律スル基本的法則ニ関スル条約(日ソ基本条約)」が調印され、ウラジオストクに日本領事館が開設されました。朝鮮銀行も活動を始めますが、29年に世界恐慌。世界中で緊張が高まる中、31年の満州事変で日露間の緊張はさらに高まります。そして世界大戦。栄えようとする都市を繰り返し邪魔するのは「人為」だったようです。
 本書で興味深いのは、実際にウラジオストクに住んでいた「個人」が具体的に取り上げられることです。さらに著者は、彼らの子孫を訪ねて訪日し、実際にどのような生活をしていたのかの思い出話を聞いたり残されたものを見せてもらっています。本書には当時の写真が多数掲載されていますが、それは著者の労力の結晶です。


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