【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

お茶の間でのツッコミ

2017-07-23 10:14:21 | Weblog

 「さあ、ここで一発欲しいところです」……その確率は? 具体的にどうすれば一発が出るの?
 「ここで一発出れば逆転です」……小学生の算数?
 「ここで打たれてはいけません」……方法を行って教えてあげたら?
 「この失点は痛いですねえ」……痛いのは言われなくてもわかります。
 ……なんだか、期待と結果論しか語らないのが「野球解説」かと感じることがあります。こんなので良いのだったら、“専門家”でなくてもできる人は多そうです。

【ただいま読書中】『9回裏無死1塁でバントはするな ──野球解説は“ウソ”だらけ』鳥越規央 著、 祥伝社新書、2011年、760円(税別)

 1971年アメリカで「アメリカ野球学会(Society for American Baseball Research)」が設立され、その略称「SABR」が「セイバー」として使われるようになりました。セイバーの目的は、野球を数学的統計学的に解析し、選手の正しい評価や戦略の研究をすること。日本での先駆者は1970年代後半に野球の数理モデルについての論文を発表した鳩山由紀夫(東工大助手、のちに首相)です。
 まず取り上げられるのは「犠牲バントは本当に効果的(点を取って試合に勝つことに貢献している)か」。そこで著者は日本プロ野球の1年分のデータを解析。たとえば「無死一塁」がバントによって「一死二塁」になった場合の勝利確率の変動を比較します。すると、ほとんどの場合「どのイニングでもバントをすると勝利確率が減少する」ことがわかりました。唯一の例外は「9回裏、同点の場面で後攻が無死二塁」の場面だけ。この場合だけバントをすることによって勝利確率が「78.3%」から「79.1%」に増えます。それともう一つ、「バントはしないぞ」と見せかけておいて守備陣形が下がったところにセイフティーバントをすること(イチロー選手が大リーグでよくやっていましたね)。これは「犠牲バント」ではありませんが。私がもう一つ思いつくのは、打席にいるのが「打率0割」の打者の場合には、せめて犠牲バントで進塁をさせる、と言うことくらいです。だけど打率0割の打者を起用している時点でその監督は勝つ気がないのか、とも思えますが。
 「OPS(出塁率+長打率)」の重要性も力説されます。そういえば『マネーボール』でも「いわゆる強打者」よりも「出塁率」に注目してチームを強くしたことが書かれていましたっけ。要は、ヒットであろうと四死球であろうと塁に出る選手が良い選手、ヒットだったら単打よりは長打が多い方が良い選手、という考え方です。
 野球中継の解説で「さあ2ボール    1ストライクです」「バッティングカウントになりましたねえ」という言葉をよく聞きます。では「本当のバッティングカウント(一番安打が出やすいカウント)」は何かといえば、統計は「3ボール0ストライク」だと言っています。「.419」と他のカウントを圧倒する高さ。ところがなぜかほとんどの選手はバットを振りません(振るのは8.5%だけ)。それでストライクを取られて3ボール1ストライクになってしまってからバットを振ると打率は「.369」に落ちています。
 逆パターンもあります。「0ボール2ストライク」になった場合、多くの投手は「一球外し」ます。ところが「0ボール2ストライク」の打率は「.149」なのに対し「1ボール2ストライク」の打率は「.181」。つまりわざわざ「安打が出やすいようにしてあげましょう」とバッテリーの側がお膳立てをしてあげるわけです。
 ジョージ・リンゼイ(カナダ国防省コンサルタント)の研究も面白い。仕事の統計を趣味の野球に活かして、アウトカウントと出塁の有無で得点が取れる確率を出しているのです。この表を見ると、たとえば「ノーアウトランナー満塁」の場合には「83.7%」得点が期待できることがわかります。逆に言えば無得点になる確率も「16.3%」ある。守備側も希望は捨てない方が良さそうです。
 「敬遠四球による満塁策」が有効かどうか、も分析も面白い。状況によっては確かに有効なんですが、計算上は「満塁の時」でさえ、打者が長打を打つ可能性が高い強打者の場合は「敬遠」(つまり1点を献上する)方が失点が結果として少なくなる場合があるそうです。
 「ゴールデングラブ」では「どれだけエラーをしないか」が主に評価されていますが、これは「守備範囲」を評価しないという欠陥があります。そこで「アウトをいくつ稼げるか」を評価する「RF」がメジャーでは公式記録にあるそうです。本来はヒットになる打球に追いついてアウトにする選手は評価が高まり、守備範囲が狭かったりエラーが多い選手はこれで自動的にはじかれますからわかりやすいですね。
 本書の最後は「名場面」を統計的に読み解く試みです。「8回までパーフェクトに押さえていた山井を9回は岩瀬に交代させた落合監督の決断」とか「江夏の21球」とか。特に江夏の21球は、1球ごとに勝利確率が変動するのがとても面白く感じました。
 これから野球中継を見たら、「解説」に対して「その根拠は?」「確率は?」なんてツッコミを私は入れそうです。あ、これまでもそれは言っていたか。