戸惑い八景

見たり聞いたりしたモノを独自に味つけしました。

監督人事

2013年09月30日 | 想うこと

我が栄光のドラゴンズ。

今年は、”栄光”という、ドラゴンズの枕詞をつけることができませんでした。

久方ぶりのBクラス。

こうなることは、私的には、一昨年の秋から分かっていました。

高木さんでは無理だったのです。

は、もう言うまい。

むしろ高木さんがかわいそうで。

有終の美を飾るどころか、晩節を汚す、という結果になってしまったような・・・。

それもこれも、球団首脳の、アホな人選にあったためですが。

責められるべきは、その人たちですよ。

そもそも、落合さんをクビにした理由は、観客数の減少、若手が育たない、などとケチをつけたことでした。

それがどうでしょう。

観客数はこの2年でもってさらに減って、若手も育たないままだったじゃないですか。

まあ、それも言うまい。

問題なのは、来年からの監督を誰にするか、ということで、色々な方の名前が挙がっています。

立浪さんが将来的には監督になることで私は良いと思うのですが、なんせ、まだ若いうえに、気になることが一つあります。

それは、打者にアドバイスをしすぎることです。

それもこと細かく。

監督になっても、打者に細かく指導するようだったら、それはまずいと思うのです。

監督は、将に将たる存在でなければいけません。

兵に将たるものは、コーチでいいわけです。

今のままだったら、たぶん、最高のバッティングコーチでしょう。

さて、ここに来て、というか、今日知ったのですが・・・

落合さんの名前が挙がっているとか。

それも有力候補だとか。

信じられない話ですが、話題になっていました。

どの面さげて頼みにいけるのかと、不思議な気がするのですけれど。

まだ2年しか経っていませんが。

あの解任劇は何だったのかと、その代わり身の早さに呆れてしまいます。

もし、本当に落合さんに頼みに行っていたら、ということですが。

私は、落合さんに、どこの球団でもいいので、監督をしてもらいたいと願っている者です。

一番良いのは、阪神の監督ですが。

だけれども、ドラゴンズに戻ってきてもらいたいのは、言うまでもありません。

もし本当にお願いするのであれば、長期政権を約束してもらいたいのです。

少なくとも10年は。

10年後に、立浪さんでいいではないですか。

もし本当に、お願いしているのでしたらば・・・。

 

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資源リサイクル

2013年09月28日 | 想うこと

廃品回収。

昔はそのようにいいました。

いつ頃からか、資源リサイクル、とよばれています。

10年ほど前からでしょうか、もっと前かもしれませんが・・・。

その資源リサイクルが、中学校校区のですけれど、今日ありました。

娘も中学3年ですから、私たち夫婦が懸命に行うのも今回で最後です。

私が住む町内は、80世帯くらいあるのですが、通りが3つありまして、リサイクル品は平均的な町内の3倍の量が出ます。

それでいて、極度の高齢化町内ですから、手伝う方が少なく、時間もかなりかかります。

今日も、校区内で終わるのが最後の方でした。

早い町内は、開始時間前にトラックに積み終わっていて、一回学校へ行けば終わります。

校区内の半分がそれで終わるのです。

今日私は補助的な仕事だったのですが、用意された車に、トラックでなく普通の乗用車だったこともあり、4回学校へ通いました。

しかも、もう1台車が用意されていて、それも4回往復したのです。

の他に、手伝いの車が一回来ましたから、計、9回往復しなければ、終わらなかった計算になるのです。

妻は学級委員だということもあり、学校で、というか校庭で、段ボールを処理していました。

砂煙まう校庭での作業です。

大変だったと思いますが、中学校区の付き合いも終わるわけですから、いずれは良い思い出に変わるわけです。

車にリサイクル品を積み込んでいるときに、近所のオジイサンが手伝いに来てくれました。

そのオジイサンも、十数年前は私たちと同じように活動していたわけで、大変なことを知っていますから、少しでも役に立てればと手伝ってくださったわけです。

来年からは、私たちもそのような手伝いをすることになると思います。

 

 

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戦争責任2

2013年09月25日 | 想うこと

題名を考えていて、なぜに『戦争責任』にしたのだろう、と反省しつつ、続きを書きたいので、『戦争責任2』、にしてしまったのですが・・・

責任ということなら、役者の責任について書いておこうと。

どうしても、歴史物を映画にする場合、演じる役者は誰なのか、と大変気になるところです。

この映画では、東条英機を、火野正平が演じていました。

太平洋戦争を描く場合、誰が東条英機を演じるかは、とても興味が沸くところです。

もっとも、いまの若い人にはぴんと来ない話題だとも思いますが・・・

我々が受けてきた教育では、太平洋戦争の一番の責任者は、東条英機だとなっています。

昔の映画でも、軍国主義の象徴的存在として描かれてきた面もあります。

いま考えてみますと、それではあまりに酷であろうと、思えるところもありますが・・・。

それはそれとして、最近は、自転車に乗った紀行ものシリーズが好評の、火野さんが演じる東条は、座ったままセリフなしのほんの5分ほどの登場でしたが、見た感じ優先の、ワルクナイ、評価でした、私的には。

お次の、近衛文麿閣下、戦前の日本の政治をリードしてきた重鎮ですから、これも興味深いところですが、なんと、中村雅俊が演じました。

映画の冒頭で、近衛文麿の写真が黒板に貼られた場面があるのですが、写真を見たとき、中村雅俊じゃん、と思ってしまいました。

少しがっかり、ということですけれど・・・

なんのなんの、なかなかいい感じでして、なかでも、しっかりと日本の立場を主張をしてくれたことがとても嬉しかったのです。

「なぜに日本だけが責められるのだと。他の列強も同じことをしたのに。我々はあなたがたを見習っただけだ」

そんなことを近衛文麿が主張したとは思いませんが、少なくとも、アメリカ映画の中で主張できたことに感心するのです。

そして、西田敏行、鹿島大将だということですが、作品の核になることをしっかりと述べていました。

「日本には本音と建前がある。我々は天皇制の信奉者なのだ」

文明開化をアジア初に成し遂げたのに、その根本は2千年前から変わっていない、という分かりにくく矛盾した特質がある、という分かりにくい主張を、その存在感で納得させていました。

さすがというしかありません。

それから、関屋貞三郎、夏八木勲さんです。

ここまでくると、生半可な方では演じられますまい。

佇まい、からしてさすがの域です。

特に感心したのは、短歌(?)のよみ。

ご本人さまですか、頭を垂れて拝聴いたしました。

私の勝手な思いですが、役者の格が段々上がってきたような気がするのです。

言葉が悪ければ、キャリアが積まれてきている、ということですが。

そして、一番のキーになる人物、木戸孝一。

・・・伊武雅刀でした。

最初映ったとき、ガクッときてしまいました。

私の偏見です、火野正平から始まって、中村雅俊、西田敏行、夏八木勲、と続いて、サアお次は・・・

で、伊武雅刀かよ、ってな感じです。

あくまでも私の偏見です。

ですが、さすがに語りは素晴らしかったです。

とくに、ポツダム宣言受託の放送を流すまでの切迫感は半端ではありません。

いいでしょう。

そしていよいよ、昭和天皇陛下の登場です。

片岡孝太郎でした。

もう、なにも申すまい。

立ち居振る舞い、こういうのは、単に才能だけで、もしくは努力して身につくものでしょうか。

もちろん、”努力は君を裏切らない” わけですが、さすがに天皇陛下を演じるとなると、相当な覚悟がいるのでは、などと考えてしまいます。

世には、根拠のない自信に溢れた役者もいますから、大手を振って演じる者もいるでしょうが、スクリーンにはなんでも映ってしまいますから。

観る側のこちら側も緊張してしまうような、そのように作られていますが、昭和天皇陛下の登場では、周りを圧倒する存在感がありました。

もっとも、昭和を生きてきた日本人だから感じることなのかもしれませんが・・・。

さて、ここまで書いて再び作品について思ったのは・・・

クライマックスまでの、何を描いているのだろうと、ある意味、焦点の定まらない語り口は、ただ会見の一点に絞るための業だったのではないか、という演出法を好意的に評価してしまうところも出てきました。

日本人の特質は、西洋的な理屈で理解しようとしても無理なのだと。

いまを生きる日本人にしても、よく理解していない、その特質は・・・

どこまでもグレーであると。

がゆえに、天皇制という柱を必要としてきたのだと、わけのわかったようなわからないようなことを、考えてしまいました。

 

 

 

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戦争責任

2013年09月24日 | 想うこと

『終戦のエンペラー』を観てきました。

連休が終わった火曜日の昼間、受付には、社長(?)が一人立っていました。

連休中忙しかったであろう社員を休ませてのことでしょうか・・・。

私たちの他に観客はいるだろうかと思っていましたが、5人ほどいましたか、入っている方だと思います。

さて映画は・・・

大味な映画でした。

歴史に興味のある方は、興味深く観られますが、そうでない方は、クライマックスまで退屈かも。

物語を引っ張る恋愛談もとってつけたようだし、なにより、主人公の役者さんが、これはあくまでも私の個人的な感想ですが、よく役を理解しないまま演じていたのではないかと考えられ、感情移入しにくかったのです。

それでも、戦争中の日本側をよく理解して描かれていたと、好感が持てました。

しかしそれよりなにより、天皇陛下とマッカーサーの対面場面は、圧倒的な感動がありました。

私、号泣してしまいました。

それを観るだけでも、いや、その一点だけでも観る価値があるでしょう。

どこの独裁者も、最期は命乞いをするものなのに、陛下は、一命を投げ打って国民を救おうとなされた。

これはよく知られた話ですが、再現されたシーンを観ると、たかが映画を超えて、圧倒的に胸に響いてきたのです。

これがアメリカ映画だというのが、分かってもらえた嬉しさがある反面、なんで日本でこういう映画が作られないのか、というもどかしさもあります。

 

 

 

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リニア

2013年09月18日 | 想うこと

リニア中央新幹線、2027年、東京名古屋間開通予定だとか。

リニアモーターカーと言われていた夢の列車の話題が出たのが、私の子供の頃であったような・・・。

あれから30年以上、実験ばっかりやっていましたが、ようやく実現の目処がついたということでしょうか。

なんせ空中に浮いて移動する、という近未来的な乗り物であるわけですから、それに乗れるかもしれない、というのが素晴らしいことなのです。

といって・・・私は間違いなく、おじいちゃんになっていますが、元気なうちに開通してもらいたいものです。

中間駅に、中津川駅が入っていました。

中津川までは、ここから自動車で2時間かかります。

ですが、中津川からリニアで走ったら、東京まで40分弱だということですから、乗り継ぎの時間を入れても、3時間で東京まで行けることになります。

朝の7時に出れば、10時には東京に着いているという計算です。

しかも、中津川などこちらに負けないくらいの田舎(失礼)ですから、駐車場はただ同然でしょうし、運賃もお安くなるわけです。

あとは時刻表がどうなるか、という心配がありますが、一日2本しか上りがない、なんてことも出てくるかもしれませんが、東京へ行くなら、とても便利になることには違いありません。

ただし、移動する、というだけのモノになるのでしょう。

そこには、旅の情緒、などというものは一切関係ないわけですが・・・。

 

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41

2013年09月17日 | 想うこと

早朝、といって朝の5時30分ですが、岐阜に向けて出発しました。

仕事でも遊びでもないのですが、息子を岐阜まで車で送っていったのです。

予定では、昨日バスで帰らせるはずでしたが、台風が気になり、今朝送ることにしたのです。

学校がありますから、8時までに息子のアパートへ着けばいいだろうと・・・。

今朝は冷え込みまして、清見は5℃でした。

しかも霧がすごく、100メートル先は見えませんでした。

高速に乗り荘川へ上がりましたら、3℃でして、道路はまだ凍みてはいませんでした。

順調に走り、これなら8時前に着くだろうと余裕をかまして高速を降りたら、渋滞にはまりました。

忘れていたのです、岐阜市へ入る道路は朝方通勤客で激しい渋滞になることを。

そのため予定より30分遅れて息子のアパートへ着きました。

学校へは間に合う時間でしたが、朝、渋滞にはまるなどという経験はなかなかないため、さすがに焦りました。

帰りは、道の駅渚に寄らなければならないため、わざわざ41号を通ったのですが・・・

何年も通っていなかったため、美濃加茂から10キロほどバイパスができているのを知りませんでした。

そのバイパスを通ったのですが、ほとんど高架になっていて、高速道路と変わらない快適さがありました。

それから飛騨に入ってから、小坂を抜け渚にいたる難所にトンネルができていて、これも開通したら、快適に抜けられるのが感じられました。

来週には、高山インターから国府へ抜けるバイパスも通るようで、41号も、ずいぶんと走りやすい道になるようです。

今時、岐阜・名古屋へ行くなら高速を使いますが、たまには、41号でゆったりと走ってもいいかも、と思ったりしました。

 

 

 

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きょうと、やわ

2013年09月16日 | 想うこと

台風が東海地方を直撃していきました。

風はそれほど強くはありませんでしたが、西日本から関東甲信越までものすごい雨が降りました。

各地で、数十年に一度の降雨を記録し、京都市でも豪雨に見舞われたようです。

テレビのニュースでは、桂川が氾濫し、周りの土産物店が浸水しているさまが映し出されていました。

訪れたことがある観光名所が浸水した映像は、少なからずショックを受けてしまいました。

京都まで洪水の被害に遭うなんて、ついにそこまで来たのか、という怖さも感じてしまいます。

その台風も東海地方からは去ったようで、いま現在、日の光が差しています。

明日は天気が良くなるのか、と期待したいところですが、こちらの地方は、明朝いきなり冷え込むようです。

早朝から車で遠出する予定なのですが、東海北陸自動車道の標高が一番高いところで、まさかの雪降り、なんてことにならなければいいのですが・・・。

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これからですね

2013年09月13日 | 想うこと

今日はとても暑い日でした。

9月中旬、まだ残暑というのでしょうか。

真夏日になりました。

連休前、忙しくなってきたときに、またまた、腰を遣ってしまいました。

何をしていた、ということもないのに、定期的に出てくる、ギックリ腰です。

二日続けて接骨院に通い、コルセットをして仕事をしています。

そんなこんな忙しく、または、ありがたく毎日を過ごしている中に・・・

2020年、東京でオリンピックが開催されることに決まりました。

日本中、といえば大げさですが、わいています。

主に、マスコミが、ですが。

私個人は、それほど盛り上がるものがないのですが、と同時に、なぜに東京ばかりなの、という面白くない思いもあったのですが・・・

よくよく考えてみれば、これは、現在の少年少女に希望を与えることになるのでは、と思い直したのです。

大人はいいのです、ほかっとけば。

7年後のことですので、いま、10代半ばで頑張っているものたちにの励ましになってほしいと願うのです。

私らが少年だったときと違い、いまの子供たちには明るい未来を想像できません。

そんななか、自分たちが社会に出て活躍する頃に日本でオリンピックが開かれるんだと、考えられることは素敵なことなのでは、と。

少なくとも、オリンピックに向かって日本は色々なことを積極的に進めていくでしょう。

活気がこれからでてくるわけです。

それを直に感じながら成長していってほしいのです。

私が子供の頃は、高度成長の時代でした。

未来は確かに明るかった。

まぶしいくらいの未来が開かれていました。

それが・・・現在ですが・・・。

でも、それを信じていた時分、確かに幸せだったと思います。

それがあるから、希望がなくなることはない、わけです。

希望を与えられる、2020年東京オリンピック、になってほしいと切に願います。

 

 

 

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シェイク・・・スピア

2013年09月09日 | 想うこと

『もうひとりのシェークスピア』というビデオを観ました。

監督は、宇宙人の侵略もので名をはせた方だったので、意外でしたが、なかなか面白い作品でした。

シェークスピアにまつわるミステリーものが好きな方は、とても興味をそそられる物語でもあります。

シェークスピアが誰であったのか、というのは未だ研究されるテーマですが、この作品では、イングランドで2番目に古いとされる伯爵家の方になっていました。

作品の中ですが、そう説明されると、そうであろうな、と私でも思ってしまいます。

高学歴でないから自由な発想ができる、というおかしな学説もありますが、博覧強記の知識はどこから来たのか、という疑問もついてまわります。

そのため、実は、フランシスベーコンであった、という説もあるくらいで、よくよく考えてみれば、現場の叩き上げぐらいではなかなか書けないのでは、と思えるのです。

だいたいが、商人の子であって、引退後も実業家として生きた、ということが不思議な気がしますが・・・

疑問は尽きず、答えも出ないでしょうが、私が一番興味のあることは、シェークスピアは役者としても活躍していたということです。

この作品の主人公(?)である、ベン・ジョンソンの作品の一番最初に彼の名前があるという事実。

作家として頭角をあらわすまでは、主役級の役者であったわけです。

『ハムレット』では、亡霊(ハムレットの父親)を演じているわけですし、なかなかのものです。

シェークスピアがシェークスピアであったのなら、直筆の原稿がなく、生前は出版をしていないし、ある意味、自分の作品に執着していない様は、上手い表現が見つかりませんが、潔す良すぎます。

舞台の上は儚い夢なんだと、役者ならではの、現場の人ならではの、思いがあったのかと勝手に想像してしまいます。

 

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雨降り

2013年09月08日 | 想うこと

朝から雨降りです。

涼しくなりました。

金曜日に、娘が通う中学の体育祭がありました。

娘は3年生のため中学最後の体育祭でしたが、私は仕事が忙しく覗くこともできませんでした。

娘はたぶん体育祭のない高校へ進学するでしょうから、子供たちの体育祭も最後だったということになります。

思えば、息子の保育園での運動会から始まり、16年ですか、毎年行ってきたわけですが、来年からは行かなくてもよくなるわけです。

そう考えると、すこし寂しい気もいたします。

朝から雨が降り続いています。

 

 

 

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