戸惑い八景

見たり聞いたりしたモノを独自に味つけしました。

悪貨は、あかんでしょう。

2013年12月01日 | 想うこと

 

今日は、”菓子祭り”、名称を変更し、”暮れの市”、のお手伝いに一日いっておりました。

陣屋前にて、朝8時から夕方の4時過ぎまで、飛騨の駄菓子を売っていたのです。

天候は晴れ時々曇りで、それほど寒くなく、立っていても辛くはありませんでしたが・・・

あまり、お客様が来てくださいませんでした。

一つには、現在、中橋が工事中で通行止めになっている、というのがあります。

観光客の方々は、上三町を散策の後、風情がある中橋を通ります。

そのとき、陣屋の前にてイベントが行われているのをご覧になれば、流れてきます。

しかし、今回はそれがなく、少なくなってしまったというわけです。

陣屋前で朝市を催している方々も、影響は大きいと言われていました。

そのため、時間をもてあまし気味の私は、時折、駄菓子の試食を試食することとなりました。

ひとつには、味と食感を知っていなければ、薦められない、ということもあり、食べていたのですが・・・。

そのなかで、『三嶋豆』を試食しました。

三嶋豆は、高山だけでなく、富山にも岐阜にもある特産品なのですが、駄菓子としての元の元は、飛騨産なのです。

子供の頃よく食べました。

現在は、土産物として扱われていますが、昔はごく普通に食卓にあるものでした。

その、三嶋豆を食べたときに、柔らかさに驚いてしまいました。

というのは、土産物として扱われるようになってからは、粗悪品も出回るようになり、”堅く、パサパサ”した品が多くなったからです。

そして、いつしか、三嶋豆とはそのようなものだと思っていたのです。

ですが、地元の古くからの業者さんが作られている、三嶋豆は、”柔らかく、しっとり”していました。

大豆を包む砂糖の層も、1㎜ほど違っているのです。

訊けば、大豆を煎るときに、大きさを統一し、一つ一つ確認し、穴の空いたものを外しているそうです。

そのうえ、砂糖をコーティングしてからは、包みきれなかったものをまた外すのだそうです。

手間のかかることです。

そこまでして作られるからこそ、軟らかくしっとりとした、三嶋豆になるということです。

食べたときに、”懐かしい”、と感じてしまいました。

えらそうなことを書きましたが、普段は、まったく三嶋豆など食べません。

飛騨の駄菓子は、いまのように色々なお菓子が出回っていないときの、昔のお菓子であったたわけです。

そのため、現在は、土産物としての生産が主になっています。

そして、土産物として生産されるにはコストの問題がありますから、どうしても質の良くないものがまかり通るようになってしまいます。

『悪貨は良貨を駆逐する』、が土産物世界では常識になってしまうのです。

卸値も、二十数年前は八掛けが普通でした。

それが、七掛けになり、現在は、六半です。

大きなところだと、五掛けになることもあります。

それでは、地元の業者さんは太刀打ちできません。

けっか、”本物まがい”のものが店頭に並ぶのです。

そして、それが本物の味なのだと、理解してしまうのです。

残念なことです・・・。

 

 

 

 

 

 

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