ヒンドゥー教、イスラム教、パールスティ教、、キリスト教、すべての宗教は教えていますが、私たちは世俗のことには消極的で、宗教的なことには積極的でなければなりません。私たちは世俗の欲望に制限を儲け、宗教的な熱望には無制限としなければなりません。私たちはそれに意欲的でなければなりません。
M・K・ガンジー著/田中敏雄訳 真の独立への道(岩波文庫)より引用
仏教はともかく、イスラム教や、キリスト教の考えも理解できるのですか。
元弁護士のガンジーだから、聖書とコーランぐらいは読んだんじゃないですか、英語で。
M・K・ガンジー著/田中敏雄訳 真の独立への道(岩波文庫)より引用
仏教はともかく、イスラム教や、キリスト教の考えも理解できるのですか。
元弁護士のガンジーだから、聖書とコーランぐらいは読んだんじゃないですか、英語で。











【哲】0的確定論
『或質的な面が物理的に確定する場合の確定要素は【0】である。』
【0特性】
◇絶対性
『拡がりが無い,』
◇不可分性
『分けられない,』
◇識物性
『存在の1の認識が可能, 即ち考えるもとの全てが【0】より生ずる, 但し質的な変化に対し絶対保存できない,』
◇変化性
『物による逆の確定が不可能な変化 (可能性の確立), 即ち存在の【1】を超越して変化する。』
【0特性】が真理であるならば, 時間平面的な視野は物的ではなく, 質的に変化していることになる。その根拠が【0∞1】, 有限的無限性を有する物による質の確定が不可能であること, そもそも確定する質が何かを知り得ない以上, 物理的確定論は絶対的ではなく類似事的な確定であること, である。
【零的確定論】では, 一つの時間平面が, 拡がり無き【時(とき)の間(はざま)】に確定していると考える。同様に空間を捉え, 【空の間】に空間を置き, 絶対的変化を与える【質】を流し込む。つまり時間平面は, この表裏不可分の裏側の【絶対無】により0的に確定されることになる。
△無は有を含む。