昨夜のNHKの「にっぽんの現場「定時制3年4組〜生徒急増 いま何が〜」を終わりまで見た。
と言うのは私も若いころ、旧制の工業専門学校と、新制に変わったばかりの外国語大学のそれぞれの夜間部に通ったことがあるからだ。
番組紹介では次のように概説している。
今回の現場は、神奈川県立横浜翠嵐高校定時制。ここ数年で入学者が急増し、1学年70人だった定員を2倍の140人に増やすまでになった。その背景には、いったい何があるのか? 2007年11月から4か月間、大学や専門学校への進学・就職など、自分の進路と向き合う3年4組の生徒たちを取材。定時制のクラスを取り巻く現実と若者たちの夢を見つめる。
そこには私達の通った大学と高校の差はあるが、夜間部特有の雰囲気があった。
・昼間のクラスと比べると授業のレベルは落ちるが、皆それぞれの意欲を持って勉強していること。
・種々の経歴を持った生徒たち
・いじめなど無縁のクラスの雰囲気の明るさと健康さ
私たちと彼らとの環境が違うのは、古き良き時代の中にいた私の同級生の殆どがそれぞれ一流の会社や官庁に勤めており、金銭的な問題より勉学の意欲を満足させるために来ていたのに反して、同高校生の人達は、
・金銭的な理由で昼間の学校にはで行けないこと
・パートで働きながらの通学、中にはパート代の一部を家計の補助をしているものもいる
・卒業後就職や進学の問題を抱えていること
など困難な問題を抱えていることだ。
彼らには、授業のレベルに飽き足らず昼間の高校へ転学するもの、入学試験の失敗、高校に来る求人は給与も少なく(中には現在のパートで得ている収入と殆ど変わらない会社もある)余り安定していない小企業からの求人ばかりと言う厳しい現実が待ち構えている。
[企業の人事管理システムの歴史]
1.固定化した人事管理システム
私の数年間の夜間部通学の間、私と同じ会社にも他の大学に通っている何人かの人達と知り合い友人になった。
私の場合は前にも書いたが、学校の卒業後、転職などで一時的に給与が下がるより、当面の貧乏な家庭での家計を埋めるために現職に留まる道を選んだ。
当時、つまり昭和25年から30年ころは一流企業でも(私もそうだったが)旧制中学卒の人を職員として採用するのが普通だった。
然し友人の中には、旧制の中学卒だったが、旧制の高等小学校卒の資格で工員として入った人達もおり、卒業と同時によりよい職を求めて退職する人達も多かった。
会社とは社員の夜間部通学を禁止する訳にもいかず、また当時(或いは現在も)会社の考え方では夜学で大学卒の資格を得たからといって、工員を職員とする訳にもいかず夜学通学生の取り扱いに苦慮していた。
それで私の会社の出した対策は、旧制の中卒者を工員として採用するときは、従業員の子弟に限る事にしたことだ。
詰まり、地方からの旧中卒の人達の中には就職機会の少ないことと、経済的な理由で進学出来ないため工場周辺からの採用者より比較的に優秀な人達の割合が多かったが、その人達を締め出して(彼らから言えば)円滑な人事管理を進めようと言う訳だ。
言い換えれば、就職機会の多い従業員の子弟が、旧中卒でも職員に採用されないのは余り優秀ではない、だから彼らが夜学に行き、転職することはないと考えたのだろう。
2.工員から職員、職員から管理者への登用
上記のルールには唯一の例外があった。
一昔は、左翼政党に率いられた労働運動が盛んで、労働争議やストライキが頻発した。
経営者はその対策として、会社側に協力的な組合幹部の工員を職員に引き上げて比較的に運動に低調な職員組合に加入させたり、職員の中で管理的業務に従事する人を管理者に引き上げ組合と縁を切らせたりした。
これは今問題になっている「名ばかりの管理者」のように残業代カットの目的より、当時まだ企業の景気が良かったので、労働運動に対処するものだったと思う。
3.ホワイトカラー・エグゼンプション、名ばかり管理職
中国の台頭による競争激化に対応して、企業の経費削減のために、比較的会社に忠実なホワイトカラーの従業員を対象に、経団連は「ホワイトカラー・エグゼンプション」と言う所謂「残業代ゼロ法案」を提案したが、世論の反発により自民党は法案としての提出を見送った。
それと同じ頃出てきたのが、日本マクドナルド社に代表されるサービス産業に多い、名ばかり管理職だ。
これは管理職の名の元に残業代カットしようと言う呆れたやり方だ。
いずれも、理由こそ違え上記のような昔からの工員を職員に登用、職員を管理者にしようとするやり方を引き継いでいるような気がする。
4.固定化した人事管理システムへの回帰
脱却不可能なパート、契約労働者
従来は、労働基準法で派遣労働はごく一部の特殊技能を有するものに限り、下請け業者による労働者のピンハネを厳重に取り締まってきた。
この法律の根底には人道主義があり国民の多くからの支持があった。
上記のような中国台頭に伴う厳しい競争に直面した、経団連は企業の競争力強化→コストカットの為に、労働者派遣法を提案し、派遣労働の範囲を単純労働迄に拡げ、人材派遣会社は労働者を企業に提供し、派遣会社の指揮の元に働かせるとは名ばかり、労働者は派遣先の指揮の元に働かせ、実質的に労働者の給与のピンハネをしてきた。
パート、契約労働者は一旦その仕事に付いた後は、いくら長く勤めていても派遣先の企業の正規社員になる道は殆どないと同然の状態に置かれている。
昔は極一部の例外を除いては、学歴によって職種、身分が固定化されていたが、同一会社の正規社員であり、成績次第では通常旧制中学卒の人が係長で終わるところを課長か会社によっては部長待遇までになることが出来た。
然し、契約社員はその名の通りの正規社員と別契約で採用、派遣社員は仕事先の会社とは別の社員なので、正規社員と同じ労働をしても、彼らは給与は勿論、昇進などとは全く無縁の全く固定化された存在だ。
それが、最初に書いた現在の夜学生に突き当たっている現実だ。
仮に小企業の正規社員として、採用されても契約社員を雇った会社との競争や、元請け会社の締めつけで、給与レベルは契約社員と変わらないか、まともに厚生年金の会社保管分を出して貰うとか、失業保険などの積み立てをしてくれるかどうか判らない不安定な環境におかれる危険性もあるのだ。
なお可哀相なのは、小企業の正規社員にもなれずに、折角夜学で苦労して勉強したのに、人材派遣会社の社員として、永久に派遣社員として働かねばならぬ生徒達だ。
それに対して、政府も労働者派遣法の見直しや、異例の企業に対する給与のベースアップなどの要請をしている。
また企業もユニクロのように派遣労働一本槍から正規社員40%にするなど社員の構成を見直したり、製造業でも、製品の品質の向上や技術の伝承、日本企業得意の改善活動の見直しなどで、契約社員の正規社員化を考えも始めたところも多いようだ。
昨日放映された国会質議で、日本マクドナルド社の「名ばかり管理職」は同社が米国の本社の直営になってからこの問題が起こったと指摘していたが、企業間の競争が厳しい今こそ、今まで書いてきたような小手先の方式から脱却して、日本独特の家族主義経営や、人を人として活かす企業経営のよい点をもう一度見直す時期に来ていると思うのだが。
参照:
マクドナルドへの地裁判決について
企業の進むべき道
従業員をロボットにしないため
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差し出がましいようですが、できれば別々にエントリを立てて論じたほうがよろしいかと。お気に触るようでしたら削除してください。
少し見方を広げて欲しいと感じました。
東京の銀行の件でも、批判的な私は何々を知っているけれど、金持ちになって人が変わったようだとのコメントしている人へのコメントに対しても何も無い。
収支の問題も当然ながら考える事ではあるけれど、目的がどのように達成(行政の銀行なのだから、利益追求団体として考えてない事を前提に)しているのかが争点でないとおかしくなるかと思います。 政治家(経営者)だけを責めるだけの批判も何か今の世の中ではおかしい気がします。 一般企業では、他の役職者職員まで責任を追求します。
責任の定義が人により違いがあるので、私なりの定義では、
謝る→原因究明する→対応策を練る→実行する
です。 辞させれば良いと考えるなら、現在起きている事柄の責任を次の人へ擦り付ける行為でしかない。その事も理解して欲しいと思います。
公務員では責任の所在は政治家にあり、評価が減点制度になっている事で、事なかれ主義で仕事をしない体質である事等が起因している。 このような根の問題も同時に考えてもらえればなぁと思います。
出世は、誰がするかも同僚の間で分かるらしいです。
やり手の人が成ればいいのですが・・・・。
その次の出世する人の影のあだ名は”茶坊主”らしいです。 この時点で、その人が上役に対してどのような行動をしているかがわかると思います。
また、派遣についてですが、派遣法の問題と派遣会社の問題が混ざっているように感じました。 これを切り分けていただければ、分かりやすいと思います。
派遣の場合と請負とは違い。 派遣では派遣元(派遣会社)に指示命令権限は一切ありません。 派遣元に指示権限がある場合は請負となります。
偽装請負等の問題や派遣社員の待遇の問題も混ざっているのかなと感じました。
農業についても、過去から長い問題があります。
補助金で、どうなったか。
働かない土台を作り、経営努力を怠り、農業についての既得権益を守る事に力を注ぎ、排他的になって企業参入ができない環境を作ってきた。 そうなれば、当然若手の就農が問題になり、労働力不足、収入不足を引き起こしました。 何故、収入が上がらないのか。
長い経験を持つ人たちが、若い人たちに難しく労力のいる作物を作るチャンスを与えず、簡単な稲作をさせていた事で(全ての農家ではないです。)若い人が働かず、年寄りだけが働く環境が出来上がりました。
作業量は当然生産高に反映しますから、年配の方々の労働力では、年々低下してきて当然になります。
既得権益にしがみつく状況では、解決できなくなって現在の企業の受け入れが開始されたのです。
政策に左右されるような状態が問題となり、周りが責任というものをもっと理解して、その時の良い(嫌味も込めて)出来事だけが成功では無い。
失敗:どの時点をもって失敗とするのか。
失敗は成功の糧にならないのか。
それを含めて考えてもらえればと思います。
日本が良くなる事を願い。
少しずつ積み上げる事が出来ていけば、良い日本になるんだと思えて嬉しく感じます。
何分、素人の私が書く事ですから、書き漏らしや、私自身の誤解や、読まれた方に誤解を産む表現も多いと思います。
ご指摘の件とても勉強になりました。
今後ともご遠慮のないアドバイスとサポートをお願い致します