比企の丘

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信州上田・・・真田六文銭発祥の地を巡る③・・・真田本城(松尾城)・砥石城

2017-06-16 | 信濃の国は

NHK大河ドラマ「真田丸」で湧いた2016年上田市・・・真田氏ゆかりの地を歩いています。
上田市街地から北に国道144号線で菅平方面に・・・上田市に合併する前の真田町(その前は長村、その前のその前は真田村)。
戦国時代の雄・・・真田氏発祥の地・・・信濃国の豪族滋野氏、海野氏の血を引く真田氏初代幸隆がここに居を構え真田氏を名乗ったといわれています。
真田氏が城を構えたと推測されている真田本城、村上義清と武田信玄が死闘を繰り広げ真田幸隆が落城させたという砥石城を巡りました。

信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

真田本城(松尾城)。真田郷を一望できる小さな山の尾根の先端にあります。
上田市真田町長小字熊久保の集落の上・・・山登りせずに乗用車で行くことができます。

見張台らしき小高い小さな山。空濠とか土塁とかは見られません。戦国時代の山城は有事の際の本陣だったのでしょうか。
平時は麓の真田屋敷にいたようです。そのころの兵はほとんどが農兵。武士が専業になるのは織田信長以降といわれています。

真田本城から菅平方面を・・・四阿山、根子岳が見えます。


国道144号線伊勢原交差点を左に、案内に従って砥石城の櫓門まできました。砥石城の上まで比高200mばかりあるのでパス。
国道144号線(上州街道)がいつのまにか真田街道なんて名づけられて幟が立っています。

砥石城(784m)、米山城(734m)の登山口・・・櫓門口(670m)
※櫓門はこんなものがあっただろうという造りものでしょう。登山口になっています。幟20分ほどで砥石山城に行けるそうです。
※撮影は2016年10月16日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。

砥石城の攻防のお話し・・・砥石城はもとは真田郷に居をか舞えた真田家の出城のひとつ。1541年海野氏(真田家も属する)と甲斐の武田信虎・晴信父子、埴科郷坂城の村上義清、諏訪の諏訪頼重らの連合軍とが海野原で合戦、負けた海野勢は上野国に敗走。砥石城は村上義清のものに。翌年真田幸隆は山本勘助の斡旋で武田晴信(信玄)に臣従。武田信玄は父信虎を追放、諏訪頼重を亡ぼし、村上義清と敵対。1548年武田信玄は村上義清と上田原で合戦、村上義清に敗れる。1550年武田信玄はふたたび村上義清と砥石城で戦い大敗(砥石崩れ)。翌1551年真田幸隆はいとも簡単に砥石城を陥落させ真田氏の名を一挙にあげる。陥落の理由は砥石城は村上氏の本城(坂城の葛尾城)の出城、正攻法fではなく諜報活動により内通し農兵が山を下りたスキを突いたらしい。

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