ムジカの写真帳

世界はキラキラおもちゃ箱・写真館
写真に俳句や短歌を添えてつづります。

甲斐もなき日々

2017-03-12 04:24:32 | 短歌





ぬばたまの 闇にも筆を 浸しみて 君に文寄す 甲斐もなき日々






*これも旧ブログに発表された作品です。「まこと」の歌と同じ、「ふゑのあかぼし」の中の歌でしたね。覚えておられるひともいるかもしれません。かのじょの作品は素直で新しい。

「ぬばたま(射干玉)の」は「闇」とか「夜」とか「髪」にかかる枕詞です。これは知っている人が多いでしょう。うばたまとか、むばたまともいい、ヒオウギの実のことです。その実が黒いことから、黒いものにかかるのです。

ですからヒオウギの写真など持ってくればいいのでしょうが、残念ながら写真がないのでこれで我慢してください。近所で見かけたことはあるのですが、季節柄、今はちょっと無理です。

ぬばたまのような闇にも、墨のように筆を浸して、あなたに寄せる手紙を書こう。真実の言葉を語り掛ける文を、何度も書こう。たとえ伝わらなくとも。

かのじょはたくさんの言葉を残してくれました。今ならあなたがたも、かのじょの言っていることがわかるでしょう。どれだけ心をこめて、愛を教えてくれようとしていたかがわかるでしょう。そして、これだけやっても、決して自分は理解してもらえないだろうと、あの人が絶望していたことも、わかるでしょう。

それでも、遠い未来に、必ず届くことを信じて、書いていた。だがそのときには、たぶん自分はいないだろうとも、思っていた。

人間というものは、馬鹿になっている間は、本当のことは全く信じようとはしない。自分たちのほうが馬鹿なのだということは絶対に知りたくないから、本当のことを信じて本当のことを言っている本当の美しさを持った人を、死ぬほどがんばって攻撃するのです。

阿呆とはそういうものだ。そして結局、最も大事なものを失う。

「ふゑのあかぼし」にはもうひとつ、こういのがありました。





底昏き 水に落ちたる 白珠の 色病まずして 清みとほりけり





深い水底の闇に落ちても、真珠はその色を闇に染めて病むことなく、白く清みとおっている。どんなに迷いの世界に嘘と愚昧がはびこっていようと、真実は決して病みはしない。自分を馬鹿にすることはない。どこまでも真実をつらぬいていく。そういう人が、ずっと、あなたがたに、手紙を書いていたのです。

あなたがたが苦しいのは、自分が間違っているからですよ。そんなことをしていてはいけない。馬鹿になって夢中になっているのは、幻を見ているからだ。真実に目覚めてみればわかる。何もかもは、嘘を本当だと信じていたから見えていた、馬鹿の幻影だったのだと。

あなたがたにも、もうすぐそれがわかるでしょう。





貝玉を かすめとらむと 猿梨の 弓を作りし ぬばたまの夜     夢詩香








この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 空耳を | トップ | 薄紅は »
最新の画像もっと見る

短歌」カテゴリの最新記事