ムジカの写真帳

世界はキラキラおもちゃ箱・写真館
写真に俳句や短歌を添えてつづります。

隻影

2017-04-22 04:21:05 | 短歌






高空に 月はかかりて 隻影の 潜む光に 夜を濡らしつつ






*古語を使ってはいるが、現代的な詠ですね。

「隻影(せきえい)」はもちろん「ひとつのものの影」という意味です。「つつ」は反復や継続や並列の意味を表す助詞ですが、文末に来る場合は「ということだよなあ」という風に訳されて、詠嘆を表します。

高い空に月はかかり、その、一つのものの影だという心の潜む光で、この世界の夜を濡らしていることだ。だから人間は、あの高空の月を見ると、ことさらに自分の孤独を思うのだろう。

まあ、こういうところでしょうか。

月にもののあわれやわびさびを感じる心は、古い時代からあったが、現代ではことさらに、激しく孤独を感じるものです。自分だけが、何かから断絶されて、ひとりどこかに取り残されているような気がする。

それは人間が、愛を馬鹿にしすぎて、永遠に帰れないかと思うほど、遠いところに来ているからなのだが。

そんな心も、月は果てしない過去から照らしてきた心と同じ心で、照らしてくれる。そして教えてくれるのだ。愛から離れてしまった人間の孤独というものを。

わたしたちは、あの月を、かのじょを言い表す言葉として多用していますが、それはかのじょの優しい心が、月の光に似ているからです。やさしい、弱い、馬鹿にしたくなるほどきれいだ。それなのに毎夜毎夜、飽きることなく見つめてしまう。

あの高空に月がなければ、人は闇を生きていく自分が絶えられないほどつらくなるだろう。そしらぬ顔をして、遠い高みで反り返っているかに見えるが、気付けばいつも、みんなを追いかけてきてくれる。走って逃げても逃げても、いつの間にか月は頭の上にいる。

あの月も、たったひとりなのだ。ほかのどこにも同じものはない。孤高と言えば聞こえはいいが、寂しいだろう。誰かに、そこにいて光る訳を、聞いてもらえるわけでもないのに、光っている。

あれは一体何なのか。

月は一体だれなのか。

かのじょという存在は、あの愛の一部です。本当の月の姿は、今のあなたがたにはまだわからない、大きな存在の愛なのです。いつか、わかる。

あなたがたは、月の光の中に、荒野にたたずんでいる自分の隻影を、思い浮かべるといい。そうすれば、そろそろもうやめようという気にも、なれるでしょう。






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