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私が訪ねた美術館の報告。

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ペルガモン博物館 2 (イシュタル門)

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イシュタル門は第3室だ。アーチ型の入口を潜ると、それが「イシュタル門」だった。門の右には「ネブカドネザル王の玉座」の正面がある。そこをずっと進んで行くと「行列大通り」へと連なっている。はっと驚くほどの美しさだ。青色の彩釉の煉瓦の美しいこと。動物の模様が規則正しく配置されている。イシュタル門は牡牛とドラゴンの模様で、行列大通りはライオンである。上下には花模様がこれも規則正しく配置されている。動物の模様のところだけは浮彫の煉瓦で、他の模様は平面の煉瓦である。非常に高度の技術である。色彩も濃淡の青、水色、金茶色、茶色、オフ・ホワイトのような色などで、色数は多くはないが、引き締まっている。

何の予備知識もなくこれを見た時、その素晴らしさに息を呑む思いだった。そして、何か威圧感のようなものを感じた。これほどのものを作る者へ、ひれ伏す感じがした。

誰が、いつの時代に、どのような目的で、このようなものを作ったのか。

これらは紀元前600年前に、ネブカドネザル王が新バビロニアを再興し、大帝国の首都にふさわしい壮大な町づくりを計画し、紀元前580年頃、町の中心部のユーフラテス川の左岸にマルドウクの神殿を建てた。王宮から通りに出るところに「イシュタル門」を、イシュタル門から神殿までに「行列大通り」を作った。行列大通りは幅20〜24mだった。この通りの両側の壁にライオンの行列を表した。イシュタル門には牡牛とドラゴンを配した。蛇の尻尾をもつドラゴンはバビロンの市神マルドウクの、ライオンは古代メソポタミアで最も人気のあった女神イシュタルのシンボルであった。彩釉煉瓦は耐久性があり、永遠の都バビロンを強く意識して選ばれた素材だった。

復元された行列大通りは高さ3m、幅11mで実際より狭くなっている。イシュタル門は高さ14.73m、幅15.7mである。これらはドイツ・オリエント学会が1899年から1917年にかけてバビロンに発掘隊を派遣し、イシュタル門と行列大通りの壁面装飾の煉瓦を細かな断片にいたるまで持ち帰り、ペルガモン博物館に再現した。

これらは古代オリエントを代表するものである。場所は現在のイラクである。紀元前6世紀にすでにこのような建築美術が出来ていたことを目の前にする時、古代の人々に深く畏敬の念を抱く。
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