murota 雑記ブログ

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ドイツ銀行、かつての日本の銀行危機と酷似。

2016年10月13日 | Weblog
 ドイツ銀行の経営危機が話題になっている。米司法当局から最大140億ドルの課徴金を突き付けられ、ドイツ政府も気をもんでいる。これはリーマンショック以前に売りまくった住宅ローン債権(MBS)を巡る不正の後始末、これだけなら「古傷」で済むが、問題は現在進行中のビジネスだ。金融危機に懲りず、ヘッジファンドへの融資やデリバティブなどハイリスク・ハイリターンを狙った商売に足をすくわれ、そこに欧州中央銀行(ECB)によるマイナス金利が重くのしかかる。今や赤字・無配。世界を巻き込む金融危機の引き金になりかねない。市場は警戒している。

「世界最強」といわれたドイツ銀行の内部で何が起きたのか。そんな折、住友銀行の取締役OBが実名で書いた「住友銀行秘史」(講談社)が出版された。沸騰するバブルに乗って収益第一主義に走った住銀が落ちた「イトマン事件」。その顛末が行内の権力抗争と併せて描かれている。闇の勢力が住銀の経営トップを絡め取ろうとした事件は、住銀が「最強の銀行」と囃されていた時に起きた。どちらも背景に、長期にわたる金融緩和がある。収益競争が銀行経営者を暴走させた。ドイツ銀行よ、お前もかだ。金融業に内在する反社会性は、世界的なマネー過剰によって暴き出される。ドイツはEU統一の勝ち組。欧州の富はドイツに集まり、銀行も「独り勝ち」ではなかったのか。そんな銀行が「不健全なビジネス」で傾くというのだから市場は驚く。これまでは手堅い銀行経営を表す「サウンド・バンキング」という言葉が似合う銀行とされてきた。だが1998年にドイツ銀行と投資運用会社を立ち上げた国際証券(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)の幹部は、ドイツ銀行はそんな綺麗な組織ではないと、当時を振り返って言う。 「アメリカの投資銀行から乗り込んで来たグループと本流のドイツ出身者がいがみ合い、お互い情報を囲い込み、危ない橋を渡って業績を競い合っていた」と。合弁で設立したアポロン・アセットマネジメントは事業免許が下りず、2年で解散となった。「欧州最強といわれた銀行の内部抗争の凄まじさを実感した」ともいう。ドイツ銀行の変貌を示すエピソードだ。かつては日本のメガバンクのように、企業への貸付や社債発行などメーンバンクとして、ドイツ産業の守護神として君臨していた。謹厳実直とされるドイツ気質を映すサウンド・バンキングが信用を高め、ドイツの発展と共に生きる銀行だった。

 20世紀末に二つの波がドイツ銀行を襲った。一つはEU統合。英国・シティの金融業者と欧州市場で激突。第二波は米国のウォール街から。製造業で競争力を失った米国が金融業で巻き返しに乗り出した。90年代に金融のルールが劇的に変わった。アングロサクソン主導の「グローバルスタンダード」が登場、銀行は証券会社の仕事ができるようになった。カネは「貸す」よりも「動かす」時代になった。ドイツのカネ貸しは世界のマネープレーヤーに変貌することを迫られた。目指すは、英国でマーチャントバンク(商業銀行)、米国ではインベストメントバンク(投資銀行)と呼ばれる証券機能を持つ銀行だ。 「手堅い貸付」を商売にしていたドイツ銀行には経験が乏しい。活路を企業買収に求めた。英国の商業銀行モルガン・グレンフィル、米国では投資銀行のバンカーズトラストを買った。異質なビジネスを抱え込み、伝統的な組織は崩れ出したといえる。元本を死守する「カネ貸し」とリスクが旨味の「博打うち」では企業文化が違いすぎる。内部に亀裂が走った。

 課徴金を迫られている米国市場が分かりやすい例だ。フォルクスワーゲンがアメリカで売れなかったように、ドイツ銀行も苦戦した。そこで主導的な役割を演じたのはウォール街からの転職組だ。バンカーズトラストだけでなく、他の投資銀行からも人材を集めた。だがドイツのカネ貸したちは、証券業務を管理しきれない。バブルに乗って暴走した結果が住宅ローン担保証券の乱売だった。ドイツ銀行にとって、立ち止まって反省する好機だったがスルーしてしまった。リーマンショックの衝撃は大きく、当局は銀行に厳罰を与えず、救済に全力を挙げた。危機の回避が優先され、反社会的行為への処分は後まわしになった。ノド元過ぎれば熱さを忘れる。ドイツ銀行は懲りることなくハイリスクビジネスをつづけた。そうしないと利益を稼せげない。グローバルな競争ではハイリターンに挑戦しないと生き残れないと銀行経営者は考える。時代は低金利。中央銀行は大量に資金を供給する。カネに希少価値があった時代に「カネ貸し」は大儲けできた。今はカネ余り。企業も内部留保を抱えている。相場を当てるヘッジファンドと組んだり、コンピューターを使う複雑な金融取引など、およそドイツ銀行らしからぬ商売に頼るようになった。銀行の中に専門分野が沢山でき、情報の壁があちこちに立つ。全体像は見えにくい。世界に冠たる銀行として、グローバル展開したことが逆風を招いた。

 住友銀行のイトマン事件も、日本の金融ルールが変わる中で起きた。大蔵支配の象徴だった護送船団行政が外圧で崩され、金融自由化が叫ばれた頃だ。銀行は「自己責任でリスクを取る」ことが許された。大蔵省銀行局にお伺いをたてて判断してきた経営は時代遅れ。住友銀行の磯田会長は「向こう傷は問わない」とリスクへの挑戦を旗印に掲げた。 「危ないことはするな」と教えられていた銀行員は「リスクを取る」が分からない。危ない融資でも儲かるならカネを貸すことが「リスクへの挑戦」と解釈した。地上げ屋、ゴルフ場開発、絵画取引など怪しげな融資がまかり通るようになった。腐臭を嗅ぎ付け寄ってきたのが反社会的勢力だ。イトマンは伊藤寿永光という反社会的勢力の末端にいる人物を常務に据え、不動産取引を任せた。住友銀行は社長を送り込みながら、イトマンの経営実態が分からない。社長の河村良彦は磯田会長と親しく、銀行の担当役員も手を出せない。儲けを出していれば文句は言わせないという暗黙の仕切りができていた。「儲け」は数字で表される。一瞬の博打で得た100万円は、汗の結晶である1万円より100倍の価値がある。住友家の家訓には「浮利を追わず」とある。あぶく銭を追うなと誡めていた。ところが今の経済は、泡の1円も汗の1円も同じ。金融業はあぶく銭の奪い合いが仕事になっている。やがて泡から生まれた利益は経営者のモラルを溶かしていった。 「長期に渡って金融緩和が続くと、どこかで必ず、おかしなことが起こるものだ」と、日銀総裁だった故・三重野康は語っていた。澄田智総裁の下で、公定歩合を年2.5%まで下げた。史上最低(当時)の低金利を2年余も続けたことが銀行経営を歪めてしまったという。史上最低まで下げたことより、2年も低金利を放置したことが失敗だった、という。

 安いカネがいくらでも手に入り、供給が限られた商品に流れ込む。不動産、株、資源などだ。値が上がるから投資を呼び、更に値は上がる。儲かるビジネスに貸す銀行は、資産バブルの罠から逃れられない。長期にわたる低金利が、あぶく銭経済を誘発する。その中に、常軌を外した反社会的ビジネスが必ず起こる。当時の三重野日銀総裁は金融引き締めが遅れたことを悔やんでいた。イトマン事件は、土地、株、ゴルフ場、絵画の取引に反社会的勢力が絡んで起きたものだった。銀行では株で稼ぐ仕手筋と個人的に繋がった支店長や役員が、業績を上げ羽振りがいい。 「秘史」に描かれた住友銀行の上層部は、人事と昇進が関心事のヒラメ役員ばかり。派閥抗争と実力者・磯田会長へのゴマすりが横行していた。銀行とは一体何かが朦朧とするなかで、反社勢力とつながりのある西副頭取が頭取候補にまでなってしまった。イトマン事件は刑事事件として終了したが、銀行の収益第一主義は微動だにしなかった。住友銀行だけではない。銀行の経営者は、口ではバブル時代の反省を語っても、因縁のある不良融資は処理しきれず、1997年の金融危機へと突入する。日本で起きたことが、世界で繰り返される。リーマンショックで露見した金融界の体質は改まってはいない。

 ドイツ銀行は今なお、当時の不始末である課徴金問題で米司法当局と争っている。ビジネスを世界に広げたことで、かつての「ドイツの銀行」には戻れない。グローバルな戦いは、ハイリスクへの挑戦だ。国際通貨基金(IMF)は報告書で「金融緩和の長期化で不良債権が底溜まるリスク」を再三指摘している。緩和の副作用として危ない融資が増え、返済が滞ってもゼロ金利のまま「塩漬け」にされ、表には出ない。この問題は、当局者にとって最大の「副作用」として意識されている。日本ではバブル崩壊後、再び低金利政策が取られ、銀行は不良債権を放置し、利息分まで追い貸しして問題を先送りした。それが爆発したのが1998年の金融危機だ。イトマン事件が弾けたのは91年。この時、処理しておけば98年の危機は防げたはず。スルーした咎めが、より巨大なマグニチュードとなって日本の金融システムを揺さぶった。日本で金融危機が起きたのはバブルが崩壊した8年後だった。今の世界はどうか。ドイツ銀行に象徴される欧州の銀行は、リーマンショックというバブル崩壊の後処理が十分ではない。世界的には低金利で、損失が「塩漬け」にされている可能性がないとは言えない。マネーは今や危険物。取扱責任者のモラルが問われている。
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カネが人間を狂わせるのか。 (H.K)
2016-10-13 09:18:50
日本で金融危機が起きたのはバブルが崩壊した8年後。今の世界はどうか。ドイツ銀行に象徴される欧州の銀行は、リーマンショックというバブル崩壊の後処理が十分ではない。世界的には低金利で、損失が「塩漬け」にされている可能性がないとは言えない。マネーは今や危険物だ。日本では、銀行の経営者は、口ではバブル時代の反省を語っても、因縁のある不良融資は処理しきれず、1997年の金融危機へと突入した。日本で起きたことが、世界でも繰り返される。リーマンショックで露見した金融界の体質は改まってはいないのか。

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