「奴婢訓」その2

2012-02-19 19:34:50 | 演劇

 楽日。当日券で、また観た。かつてヨーロッパの演劇界を席巻した「奴婢訓」。そして、「ソウルイーター」の小見川千明。この2つのクール・ジャパンの、時を超えた出会い。これは、なかなかレアだ。

 小見川は、初日よりもせりふにゆとりがあった。その分だけ、彼女にしかない声質が生きてくる。声そのものが、ひとつの「快楽機械」として機能する。彼女の声は、スタジオの中だけのものではなかった。
 「萌え」と「アングラ表現」の融合。これは、かなり前から月蝕歌劇団がやってきたことだし、寺山修司にも「青ひげ公の城」という作品があるが、「奴婢訓」で実現したのはなかなか意義深いことではないだろうか。寺山演劇の懐の深さを見せつけられたような気がする。「異物」が、「異物」だからこそ、強烈な輝きを放つのだ。
 小見川千明が自分からオーディションに参加しなければ、「2012年版奴婢訓」のこの形は、なかった。「偶然の組織化」という寺山の言葉は、今も生きている。

 また観た理由は、他にもある。今度はいつ、どんな形で上演されるのか、と考えてしまったのだ。次もシーザーは、歌ってくれるのだろうか。だが、どんな形であれ、きっとまた観ることになるだろう。・・・・・・いや、その前に、5月の「J・A・シーザー コンサート」だにゃ。


 ※そうそう、オープニングのナレーションは、やはり小見川千明だった(録音だけど)。ステージの上にさらに仮設の舞台が組まれているのだが、ナレーションの間、本人がその1番高い階(高さ6メートルくらい)に座って、足をぶらぶらさせている、という演出だった。高所恐怖症のワシにはとてもマネできないにゃ。

 
 
コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« シアタートラムで | トップ | 冬の間に »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

演劇」カテゴリの最新記事