『君戀しやと、呟けど。。。』

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『風雪』特別篇 第一章 基義

2017-06-28 23:00:49 | 小説『風雪』
特別篇 第1章 基義


 赤川基義は自分の人生を振り返ることが多い。まだ三十代半ばの年齢からいえば、自分自身を儚んでいるかもしれない。
 小学生の頃から、自分は両親の本当の子供ではないかもしれないと思うことが多かったせいでもある。そして小三の時、母から自分が産んだ子じゃないと教えられ、そのまま父も違うと思い込んでしまった。母からの言葉の中に父の悪口は多かったが、それを真実か否かを確かめたことはなかった。

 過去が追いかけてくる、どこに行っても、誰といても。
 結局、家族ごっこにしかならなかった。実の父子だと分かっても、どうしても受け入れることができなかった。妹の皐月もそうだ。他人だと思うから耐えていられたのに、本当の兄妹だったなんて。
 だから離れた。大学卒業と同時に過疎地に仕事を求めた。いわゆるIターンというやつだ。故郷があるわけではないが田舎暮らしをする。自分の場合、それは都会で拾った一人の女の実家だった。前科もの、と彼女は言った。飲み屋街のゴミ捨て場で寝てたやつ。まさにゴミのようにしか見えなかった

 もう死ぬからいい、と叫んでいたから拾った。気持ちが分かったから。そして、最期にどこに行きたいかと聞いてみた。すると田舎に帰りたいと。
 都会に憧れ、上京すれば幸せになれると信じていたと話す。でも違った。楽しかったのは学生の間だけで、三流以下の大学を出ても就職はできなかった。気付けば警察に目をつけられ、自分が犯罪者という立場にいることを知った。
『楽しくなれるから』
 甘い言葉には本当の天国がある筈もなく、有名人が続々逮捕というニュースを見ても自分が同じ立場にあるとは思わなかった。
 麻薬は怖い。知らない間に廃人となり、出所しても繰り返すのだと聞いた。
「連れて帰ってやろうか」
 基義の言葉を、また悪いことに巻き込まれると思ったのだろう。もう死ぬからいいとゴミ捨て場に再び横になる。道徳を説くつもりもなく、自分も行くところを探していたからだとだけ告げる。
「もうすぐ大学卒業なんだけどさ。就職するのも嫌で、今のままだと駄目人間決定なんだ。だからお前のこと、田舎に連れて帰ってそこで暮らそうかな」
 基義のもともとある穏やかな雰囲気は、女の瞳を開かせた。
「騙すんじゃないの?」
「俺の方が騙されてるかもって思ってるけど」

 結局、恋愛もしないまま入籍すると言って家を出た。卒業までの数週間。彼女のアパートはもうないと言うのでラブホテルを定宿にし、卒業式前には田舎に行った。芭蕉でも有名な尾花沢の近く、でもそこは過疎化の進んだ小さな村だった。
 女は名を山下崇子といった。読みは、たかいこ、だ。珍しいなと思ったのが顔に出たのかと思うが、すぐにばあちゃんがつけたからと。それで暫く名付けの話になった。崇子には父親はいない。母親はどこかにいるらしいが、二歳の時に祖父母に預けられたまま会ったことはないと話した。高校まで地元にいて大学だけという約束で東京に出たものの、何もない田舎に帰りたくなかったため、音信不通の状態になってしまったらしい。
「帰っても、もうじいちゃんもばあちゃんも死んでるかも」
 どこか投げやりに、でも寂しそうに言う。
「一度も連絡取ってなかったのか」
 そう聞くと、暫く反応すらしなかった。そしてかなり時間が経ってから、騙されたからと。

 東京で生まれ育った基義からすると、東京のどこにそんな魅力があるのかと思う。どこにいても普通に生きていけるだろうと。しかし、その考えは甘かった。初めて山形新幹線に乗った。そこまではよかった。次第に景色が変わり始め、春だというのに山には雪が残る。乗り継ぎながら村に着く頃には、今はまだ冬だと改めて感じた。
 季節の違う、でも同じ国。
 最初の夜は駅前にある名ばかりのビジネスホテルという、寂れたホテルに泊まった。これなら昨日までいたラブホの方が快適な空間だったなと思える。畳の部屋とベッドしかない洋間。二部屋といっても広さは会わせて十畳もない。どうやらホテルと呼べる場所はここしかないらしく、サラリーマンらしい男性もいれば、明らかにラブホとして使っているだろうと思える男女の姿も見た。
「田舎って面白い」
 崇子にそう言ってやった。あまり目を合わせようとしなかった彼女が、思い切り見開いた瞳を漸く向けてくれる。
「気に入った。自給自足ってTVのやらせかと思ってたけど、本当にあるのかもな」
 言い終わった途端、彼女が大笑いをして、これもまた初めての笑顔だなと思った。

 暫く畦道を家へ向かって歩く。
 空気の綺麗なところだと思う。とりとめのない話をしながら、歩いていると声をかけられた。
「たかちゃん? 帰ってきたの?」
 訛りのある言葉で呼び止められた。
 嵩子は驚く顔を基義に見せる。ちゃんと挨拶しろと言ってやると、恐る恐るという感じではあったが、こんにちはと返事をした。
「たかちゃんが帰ってきたって知ったら、二人とも喜ぶよ」
 早く帰ってあげなきゃね、とその人が笑うと崇子もはみかむように微笑んだ。

「二人とも生きているって分かってよかったな」
 その人が去ってから、そう言ってやる。返事はない。少し前を歩く彼女の肩が震えているのが分かる。
 怖かったんだよな。もし自分の知らないうちに祖父母が死んでいたらって考えたら、一人じゃ帰れないというのも無理はない。
「早く行こう」
 小さな荷物を左手に持ち替えて手をつなぐ。涙をぬぐった彼女は笑っていた。

 古い。
 崇子が此処だと言って指したのは、大きさこそあるものの、とても古い木造家屋だった。
 思わず立ち止まってしまった基義とは手を繋いでいたから、嵩子も足を止めた。
「驚いちゃった?」
 そんな言葉を発した彼女の顔は寂しそうに見える。
「違う」
 立ち止まったまま、暫く立ち話をする形になった。
 子供の頃、ビデオで見るまんが日本昔ばなしというアニメに教育的要素があるとは思わなかった。人としての道徳観みたいなものや、美徳も自分にはなかった。だから、あの中に出てくる古い日本家屋は好きじゃなかった。現実的じゃないし、暮らせないだろうと思っていた。
 でも、こうして嵩子の家だと思うと懐かしい気持ちになる。
「お前、ここで育ったんだな」
「うん。母親が恋しいって思ってた頃は大嫌いな家だった。でも、よく考えたら……」
「嵩子?!」
 隣に立つ彼女を見ていたから、気づかなかった。彼女の視線が釘付けになっている。

「おばあちゃん」
 優しい小さな呟きが心に響く。
 繋いでいた手を離れ、彼女が駆けていった。祖母もゆっくりではあるが、彼女なりの精一杯で走っている。
 二人の姿を見ていると、自分には絶対にない光景だと思った。親を恋しいと思うことは一生涯ない。
 ほんの一時、産みの母だと信じた人がいた。その家で暮らしたほんの些細な出来事だけが自分にとっての家庭の暖かさだ。その話を嵩子にするつもりはない。
 親など必要ない。どれだけ愛情持って育ててくれる人がいたかで、その人の人生は変わるのだ。

 今、目の前で抱擁を交わす二人を見ていれば何も言わずとも分かる。
 絶対に嵩子は愛情溢れる育ちをしていると。
 見ていたら、もう一人家の中から出てくる姿があった。きっと祖父だろう。
 この二人に、基義は認められるのだろうか。そんな不安が過った。追いつく祖父が声をかけると嵩子が振り返った。
 三人に対し頭を下げると、彼女が戻ってきた。
「基義、行こう」
「あゝ」
 こちらの不安など考えることもないだろうな。彼女の背を追いながら歩きだすと、祖父が近よってきてバッグを取ろうとする。
「大丈夫です。軽いものですから」
 それより、と、歩いたままで初めましての挨拶をする。彼は涙を浮かべながら、よく連れて帰ってきてくれたと言ってくれた。少なくとも迷惑だという感じはなかった。

 家に入ると三和土が広い。農作業に使う道具が並べてある。しかし、そのまま上がれば東京では宴会場かというくらい広い部屋が待っていた。
 田舎っていいな。思わず言葉になった。
「何もないけれど、部屋だけは余ってるからね。好きな部屋を使ったらいいよ」
 大きな床の間があり、大きな座卓がある和室だった。二階には嵩子の部屋がそのまま残っていると言うが、別の部屋を使ったらいいからと掃除機を持ち出している。
「俺、やります」
 祖母から掃除機を受け取ると、お客様に掃除などさせられないと言われた。
「お客様じゃなくて、ここに置いてほしい出来の悪い孫婿ですから」
 階段を上がりながら、そんな風に言ってみた。
 嵩子に軽くウィンクをして、どの部屋でもいいんだよなと階段を上がる。あとは三人で話してもらって、今後のことはそれからだ。

 二階もやっぱり広い。
 一番、手前の襖を開けると、八畳の和室が現れた。客間として使っているのだろうか。掃除が必要とは思われず、窓を開けて空気の入れ替えをした。周りには田んぼや畑が広がっている。吹く風はまだ冷たくて、ここでの春は当分先のようだ。
 次の襖を開けると、どうやら嵩子の部屋だ。なんだかんだ言っても、大事に育てられたんだな。この部屋を見ると、そんな風に思う。
 碌に掃除をしないまま、外を眺めていると嵩子が上がってきた。
「話、できた?」
 視線は外に向けたまま、それとなく聞いてみる。
「うん。一緒に住んでもいいって」

 その言葉を聞いた途端、全身から力が抜けた。
 何処に行っても受け入れられることのない自分が、初めて受け入れてもらった。それは、こんなに心に響くことだったんだ。
「お祖父さんとお祖母さんに、ちゃんと挨拶しなきゃな」
 そう言ったら、もうしてるじゃんと言う。
「畦道でのことだったら、あれは挨拶なんて言わないぞ」
 女じゃないから三つ指ついてとはいかないが、男だからこそ順番が滅茶苦茶な孫娘の結婚を許してもらう為に頭を下げるさ。
 すると彼女はけらけらと声を出して笑う。明るくて、こちらまで楽しくなるような笑顔を見せた。
「お前、笑うと可愛い」
 折角、褒めたのに。やめてと叫んで逃げていった。

 恋愛はこれからしていけばいい。
 結婚してからでも、恋をするのに遅いなんてことはないんだから。
 そして、お前を大切に育ててくれた親代わりの二人。そんな人たちなら、自分もきっと大事にできる。かつて実玖をみんなで守っていた矢谷家のように、嵩子を中心とした周りの人をみんな愛しく思っていけば、基義にもいつかかけがえのない家族ができるだろう――。


To be continued. 著 作:紫 草 
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