『君戀しやと、呟けど。。。』

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『泥』4~未来/ painシリーズ(完結)

2018-02-10 15:18:20 | ショートショート
 この時、辿り着いたのは大きな心を持っている人の、小さなお家だった――。

 特に事情を説明することなく、尾関啓治は山科冴子を自宅に上げる。
 ご両親が出てきたら何て説明をしたらいいのだろうと思っていたが、誰にも会わなかった。
 お姉さんと妹さんがいるという話だったけれど、と言うと自分の部屋にいるとのことで、あとで紹介するからと言われてしまえば何も聞けない。

 今は六月なので、啓治は登校しなければならない。三年生には大切な時期なのではないだろうか。
 そんな時期に冴子のようなお荷物を抱え込んでしまって、彼はいったいどうするつもりなんだろう。
 そのまま部屋に通された。
「さて、話の続きをしようか」
 啓治の顔がそれまでとは違って見えた。

 発端は告発状だ。そして母の昔のイジメを知っている人がいる、ということだ。
 その誰かが送ってきた。みんなのところにも届いているとは知らなくて、母を問いつめることもなかった。
 冴子自身はイジメをしたことも受けたこともない。でも、誰かが書いた、同じ教室にいたくないという過去の母の言葉に追いつめられた。
「おかあさんはイジメを認めたのか」
 黙って首を横に振る。
「それどころか、いい子が揃っていた学校だったって」
 あ、泣いてしまった。
 近くにある箱テッシュを勝手に引き寄せ、もらいますと言って引き抜いた。

 結局、良い子でいたかったんだろうか。一度、口に出してしまうと湯水のように母の悪口がでてきた。
 ほぼ全部言いきったと思った時には、夜が明けようとしていた。
「そこまで喋っても、母親のしてたイジメの内容が出てこないということは、もしかして本当に知らないのかな」
 啓治の言葉に初めて違和感を覚えた。
「知りません。告発状の中に書いてあったことだけで」
 イジメの内容が知りたいのか、と尋ねると、彼はイエスと答えた。
「どうして」
「君のお母さんにイジメ抜かれた人を知ってるから」

   !

 晴天の霹靂とは、このことだった。

「あの告白状を出したのは、あなたですか」
 ただ、その問いにはノーと言う。
「よく分かりませんが、私はもう必要ないですか」
 すぐには答えが返ってこない。暫くしてから、少し待っていてくれと言われ部屋に残された。
 一瞬、出て行ってしまおうかと思った。でもできなかった。
 廊下で、大丈夫という声が聞こえた後、扉が開く。
 そこには、冴子と同じ年くらいの女の子が二人立っていた。

 一人は啓治の妹だと分かった。もう一人、何故か怒っている。明らかに初めて会う人なのに、その人は冴子を見て怒りに満ちた表情を見せる。
「山科冴子だ。でも彼女は母親の苛めの内容は知らなかった。一晩聞いた。間違いない」
 啓治の言葉に、その人は少しだけ口もとを緩ませ何かを言いそうな感じに見える。でも結局は何も言わなかった。
「とりあえず座りましょ」
 妹さんが二人をうながして、カーペットに座った。
「私は尾関真紀。同じ高校の一年です。ここにいるのは加山佐央里さん。あなたと同じ高校二年。彼女の叔母さんが、あなたのお母さんから苛めを受けていた人よ」

 刹那、軽い目眩を起こした。でも倒れている場合ではない。
「あの告発したのは、あなたですか」
 加山佐央里と紹介された人に聞く。しかし答えは真紀から返ってきた。
「違う。あれは私が書いた。裏板に書きこんだのも私。啓治君はアドレスを調べてくれただけ。佐央里は何もしていない」
 成程。啓治であれば、冴子のメアドを調べることなどわけはない。
「本当に、何も知らないの?」
 佐央里の口から漸く出てきた言葉は、非難するようなニュアンスを籠めた質問だった。
「ごめんなさい。私は母とあまり話をしないの。イジメの内容は分かりません」
 言い訳だな。初めて分かった。自分がイジメをしていないなんて、何の言い訳にもならなかった。
「そう。でも叔母は、ずっと心を病んだままで、私の母は殆んど叔母につきっきりよ。私と弟はいつも二人きりだった」
 そして続けられた話は、本当に悲しいものだった――。

 加山佐央里の八歳違いの弟は数ケ月前、亡くなったという。
 殆んど家にいない母親が久しぶりに帰ってくるというので、駅まで迎えに行くと言って彼は出ていった。
 その途中、歩道に突っ込んできた車に撥ねられたのだ。すぐに病院に運ばれたが、救急車に乗る時にはすでに心肺停止の状態だった。
 母親は何も知らずに、その運ばれる救急車を見送ったそうだ。
 帰宅した母親に連絡が入るのはその直後、靴も脱がないまま病院へ向かい、そのまま息子と対面することになった。
 傷だらけの幼いままの顔をしていた。佐央里は一足先に病院に来ていて、母親を迎える形となる。
 悲しいという感情すら、どこかに置き忘れてきてしまったような状態だった。それなのに、そこに叔母からの連絡が入った。

 確かに弟はもう死んだ。
 だからと言って、呼びつけるって変でしょ。
 佐央里の怒りが今度はここには存在のない叔母という人に向けられた。
 冴子は想像する、母がイジメていた人のことを。しかし、可哀想という一言では済まないという雰囲気だった。
「母が行こうとするのを止めた時、叔母がそんな風になった原因を初めて聞いたの」
 叔母が引きこもりにならなければ、心の病気にならなければ、母は私たちの許にいて弟は死なずにすんだ。強い語気だった。
 今度こそ、その怒りが冴子に向けられた。
「あなたも苦しめばいい」
 なのに……。

 冴子は自分の鈍感さに漸く気付く。
 あの告発には、こんなにも辛い過去が含まれていたなんて。
「ごめんなさい」
 頭を下げるしかないと思ったから、手をついた。それしかできなかった。
 佐央里に対して今の自分ができることは、謝るしかなかったのだ。
「私にできることは何でもします。母を許す必要はないです。人一人の人生だけでなく、廻りの人たちまで巻き込んで苦しめてしまって、許してもらえるとは思いません。本当にごめんなさい」
 これ以上、言葉が出てこない。ただ、ごめんなさいと繰り返した。

 佐央里が、もういいからと言ってくれたのは、小一時間も過ぎた頃だろうか。
 その声を聞いて、初めて啓治が冴子の肩に触れてくれた。ずっと泣いていたけれど、驚いて顔を上げた。
「冴子が素直でいい子なのは、あの時。学校をうろうろしていた時に分かってた」
 そして、ちゃんと分かった上で今後の話をするために、今夜は集まることになっていたらしい。
「冴子のおとうさんは全部分かってくれたよ。あとで迎えに来てくれる。いいお父さんだね」

 その後、冴子は迎えにきた父と啓治の家を出た。
 でも家には帰らず、そのまま新しいマンションを借りて引っ越すことになった。
 啓治たちとの交流はずっと続き、母の虐めていた叔母さんという方にも会いにいった。
 聞くと、佐央里はその叔母さんを嫌っていたので、改めて会うと母親が助けにいってしまうのも分かると話す。
 そのくらい家そのものが弱っていた。
 祖母は、祖父の介護と娘の看病で疲れ果てていたから。
「私たち、おじいちゃんちの近くに引っ越すことになったの」
 と佐央里が言う。
 自分たちのしたことは間違っていたけれど、いろいろなことが動き出すきっかけだったのかもしれないねと言ってくれた。

 啓治はあっさりと第一志望校に入学を果たし、冴子にも同じ大学においでと言う。
 莫迦いわないで、と言いながらも勉強をみてくれるので必死になっている。同じ学校とまではいかなくとも、せめて釣り合う大学に行きたいから。冴子自身は啓治に連れられて学校に復帰したが、母はPTAを辞めて離れていった。
 一人残った母は、あの街を出ていったらしい。家は近く売ると父が言っている。
 因果応報。父にその言葉を聞いた時、母を少しだけ可哀想だと思った。でも二度と会うことはない気がする。
 教室にくれば会えたのに、あの人は最後まで会いにはこなかったのだから。

 翌年の、本命受験日は大雪の予報になった。
 どうか受かりますように、と神様に祈りながら冴子は未来へ向かっての玄関を出た――。

【了】 著作:紫 草 
 
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