『君戀しやと、呟けど。。。』

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『泥』3~現在2/ painシリーズ

2018-02-09 15:17:49 | ショートショート

 父を待たずにスーツケーツを持って家を出た。
 母に構ってもらっていないというのは気付いていた。休みの日に一緒に買い物に行くこともないし、料理を一緒に作ることもない。
 冴子が近づくと、あっちに行ってて、というのが口癖だった。
 でも嫌われてるとは思わなかった。

 お金は貯金がある。あまり無駄遣いしていないから、十七のわりには結構な額が貯まっている。
 でも生活となったら、どのくらいもつのだろう。父も一緒だと思っていたから、また悩みが増えてしまった。
 今夜、どうしよう。お金勿体無いから、ホテルは止めておこう。
 新宿に出れば24時間営業のお店がいっぱいある。行き慣れているわけではないけれど、かといって知らないわけでもない。

 悪いことをしているわけではないのに、交番の前を通る時はどきどきした。
 スマホを持ってくればよかった。もう解約する心算だったし、父と一緒だと思っていたから置いてきてしまった。
 当てもなく歩いているうちに、この街も少しずつ閉店していくようだ。

 本当にどうしよう。
 途方に暮れてしまった。
 何も考えずに飛び出すんじゃなかったと、今なら分かる。でも、もうあの家には一秒もいたくなかった。
「困ったな」
 思わず呟いた。
「冴子!」
 そんな時、名前を呼ばれて振り返る。
 誰でしたっけ?

 某コンビ二の制服を着た男の人…… に知り合いはいない。
「こんなところで何してんの」
 でも、その人は冴子を知っているようだ。何と答えたらいいだろう。
「えっと、誰ですか」
「は?」
 その人は何ともいえない顔をした。
「お前。俺のこと、分からないの?」
「はい」
 即答かよ、と言われてしまう。
「ま、いいや。じゃ、まず自己紹介な」
 そう言って、冴子をお店の中へ連れていく。レジに入り、お客様がきたら中断と言う。
「はい」

「俺は同じ高校の一年上。生徒会会計の尾関啓治だ」
 生徒会? 尾関? そんな人、全然知らないんだけれど。
「お前ね。感謝って言葉を知ってるか」
「知ってます」
「じゃ。俺の顔を忘れてるんじゃないよ」
 どういうことだろう。この人に感謝することがあったということか。
 しかし、どうしても思い出せない。
「本当に忘れてるんだ」

 彼は、何人目かのお客様の清算をしてからレジを出てきた。どうやら別の人と交代するらしい。
 一旦、奥に行き戻ってきた時には私服になっていた。
「上がり。ちょっとつきあえ」
 冴子には断る、という選択はなかった。
 彼、尾関啓治と名乗ったその人は、そのまま24時間営業のファミレスへ入った。
「あの」
「何?」
「帰らなくていいんですか」
 そう言うと、とても驚いた顔をして少しだけ笑った。
「そんな顔してスーツケース転がしてる女の子を、この街に置いて帰ったら気になって寝られないよ」

 そう言われて、自分がどんな顔をしているのかを初めて考えた。
 彼はメニューを開きながら、何食べると聞いてくる。そこで初めて、高いと思った。今までファミレスで金額を気にしたことなどなかった。
 いろいろなことに気付くばかりだ。自分は何て薄っぺらな生き方しかしていなかったのかと情けなくなってくる。
「食べたの?」
 手が止まったからだろうか。そう聞かれた。
「いえ。高いなと思って」
「奢るよ。好きなもの食べなって」
 驚いて顔を上げた。
「どうして」
 冴子にとっては初対面だ。ここまでしてもらうのって変じゃない?
「あとでゆっくり話すよ。今は食べよう。腹ぺこなんだよ」
 言われてバイト明けだったことを思い出した。慌ててスパゲッティを頼んだ。ドリンクバーを二人分と注文してくれて、好きなものを取っておいでとも。
 もう甘えてしまおう。これからのこと、ゆっくりと考えるにはいい助っ人かもしれない。
 冴子が野菜ジュースを持ってくると、彼はウーロン茶を持ってきた。あれ、アイスコーヒーかな。どっちだろ。

「確か山科冴子だったっけ」
 料理が運ばれてきて、ひとしきり食べてしまってから彼は話し始めた。
 そう。何故、この人は冴子の名前を、それもフルネームを知っているのだろう。生徒会会計ということと関係あるのだろうか。
「あれ、二ヶ月くらい前だったかな」
 冴子の気持ちを知ってか知らずか、彼の言葉は二ヶ月前に遡った。まだ、ぎりぎり学校に行っていた頃だ。
「冴子が泣きながら廊下を歩いていた。まだ授業は残ってる時間なのにカバン持ってて、遅刻してきたって雰囲気じゃなかったから生徒会室に連れていったんだよ」
 憶えてないかな、と付け足しながら話は続く。

 言われて初めて思い出した。
 みんなにもあの手紙が届いていることを知って、もう教室に居られないと思って飛び出した。帰るつもりだったけれど、家に母がいると思ったら帰るに帰れなくなってしまったんだった。
「あ」
「思い出した?」
 首肯してジュースを飲み干した。
「すみません。もう一杯持ってきます」

 何という恥ずかしさ。あんなによくしてもらったのに。いや、今も充分過ぎるくらいよくしてもらってる。
 グラスに氷を足し、野菜ジュースを注ごうとして止めた。炭酸にしよう。気持ち切り替えなきゃ。
 テーブルに戻ると入れ替わりに彼がドリンクバーに立つ。テーブルの上はすっかり片付けられていた。
 まず、お礼を言わないと。
 胸に手を当てて、落ち着いてと心臓に呼びかける。
「あの時はおしゃべりさんだったのに、今日は寡黙だね」
 それとも怖いのかな、と戯けてみせる。
「すみません。あの、ありがとうございました。あの時も今も、その、本当に途方に暮れる寸前だったので助かりました」
 その素直さが女の子には妬ましいのかもと言われた。
「私、素直じゃありませんよ」
「いやいや。思ったことをそれだけストレートに言うんだから、素直でしょ」
 衝撃の事実。冴子は思ったことをすぐに言葉にできないと思ってた。違ったんだ。

 あとから考えれば、この日。尾関啓治に出会わなければ冴子の人生は転落の一途を辿ったように思う。
 しかし彼は現れた。そして声をかけてくれたのだ。
 詳しい話を一通り終えたあと、父にも内緒で出てきたと言うと電話をしようと言われた。しかしスマホを置いてきてしまったので番号が分からない。家電は番号を登録もしていない。
 啓治は半分あきれたように職権乱用だと言いながら、学校の名簿を調べてくれた。今はデータ化されているらしい。
 緊急連絡先には両親の携帯番号が書いてある。それを調べてもらって父に電話を架けた。

 父はすぐに迎えに行くと言ってくれたけれど、彼にそう言われたら代わってと言われていたので今の状況を説明して借りたスマホを渡す。
 啓治は今夜は自分の家に泊めると言う。姉と妹がいるから心配しなくてもいいと言い、お父さんも今夜は今後のことをよく考えて欲しいと告げていた。
 長く話していた。でも結局、冴子はその夜、啓治の家へ行くことになった。
 運命の歯車がカタリと回った瞬間だった――。

To be continued. 著作:紫 草 
 
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