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共謀罪の本当の恐さを知りたかったら『横浜事件と再審裁判』と『資料集成横浜事件と再審裁判』を読むべきだ

2017-05-11 | ブックレビュー


共謀罪の本当の恐さを知りたかったら『横浜事件と再審裁判』と『資料集成横浜事件と再審裁判』を読むべきだ

犯罪の準備行為や向意を探るためと称して、監視や密告や盗聴が強化され、基本的人権が蹂躙される社会が、すぐそこに迫っている。政府が成立させようとしている共謀罪は、戦後の刑事司法を根本的に変質させ、表現、思想の統制に道を開く恐ろしい悪法だ。
その真の恐ろしさについて知りたければ、『横浜事件と再審裁判』(インパクト出版会  2015年刊)と『資料集成横浜事件と再審裁判』(同2016年刊)を読むべきだ。

 横浜事件の発端は、総合誌「改造」に掲載された評論家の細川嘉六の論文「世界史の動向と日本」だった。この論文で細川は軍国主義と民族政策を批判した。掲載誌が発売されると、右翼や陸軍報道部などに糾弾され、警察が「改造」を発禁にした。細川は治安維持法違反容疑で逮捕された。「中央公論」もそのターゲットとなり、両誌の発行元だった改造社と中央公論社は1944年に「自発的廃業」という言論社の解散へと、言論人の弾圧へと進んだ。
 敗戦後もその動きは収まらず、ポツダム宣言受諾前に、政府は公文書の焼却力針を閣議決定した。横浜地裁は連合軍が日本に上陸するまでの間、形だけの裁判をして、その記録を焼却した。そのせいで、「横浜事件」の再審の道が永く閉ざされた原因となった。
警察と検察と裁判所がグルになって「横浜事件」の冤罪の証拠をもみ消したのだ。
 横浜地裁の第一次再審請求で、この地裁が裁判記録を隠滅したことは認めざるを得なかったが、「判決書がないため審理できない」という詭弁ともいうべき理由で請求を門前払いにしている。司法は権力犯罪の不当性を認めて無罪の言い渡しをしなかったのだ。
変化が現れたのは第三次再審請求からである。1910年2月、裁判所は犯罪事実は存在せず、元被告は無罪だと証明した。こうしてやっと再審請求は実質的な勝訴となった。すべて請求人と弁護団の活動と努力の成果である。
この『横浜事件と再審裁判』と『資料集成横浜事件と再審裁判』は、この第三次再審謂求の請求人と弁護団の論文、および法廷に提出された書面などの裁判資料をまとめたものである。
弁護団の森川文人弁護士は次のように述べている。
「国は、決して司法の責任を正面から認めない。この国家及び司法の姿勢は、過去も現在も変わらない」
「体制は、どの時代も『安全な』思想と、『危険な』思想を分断する。現代も同じである。危機の時代になればなるほど、体制に異議を唱える自由な思想を許さない。どのような時代でも、考えること、思想をもつということは『抵抗』である」
同じ弁護団の岡山未央子弁護士もこう述べている。
「横浜事件のような歴史的出来事は忘れうれてはならない、このような国家的犯罪の被害者はきちんと法的に救済されなければならない、同じようなことは繰り返されてはならない、そのためにも司法は過去の誤判をまっすぐに認め、自らの手で改めねばならない」

 このように、横浜事件では思想・良心や表現が狙い撃ちにされた。共産主義活動や共産党再建運動をしたという治安維持法容疑で出版人や言論人、新聞人などを逮捕した。獄中で激しい拷問を加えて自白を強い、5人を獄死させた。これには保釈後の死亡者1人を含む。
 治安維持法は、法案審議の段階では、天皇制と私有財産を守ることを保護権益として、それを脅かす組織団体の結成や加入を犯罪とする法案だと説明された。
今の「共謀罪」で一般人が対象になることはないという政府の理屈と酷似している。
だが治安維持法は施工後、拡大解釈され、反体制の言論が狙い撃ちにされて、十把一からげで弾圧する法律と化していた歴史的事実がある。
今の共謀罪も「準備行為」などというどうにでも恣意的な運用が可能な法案は、無限の拡大解釈を許す危うさを秘めているのだ。

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