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吉本隆明の『共同幻想論』の読み直し方が論じられ始めた  ブックレビュー

2017-06-30 | ブックレビュー


吉本隆明の『共同幻想論』の読み直し方が論じられ始めた

『震災後の日本で戦争を引きうける  吉本隆明『共同幻想論』を読み直す』田中和生(現代書館2017.2月刊)


 私も本書でいうところの六十年代における吉本の「圧倒的影響力」が強かった時代に青春期を送った一人だが、私は当時、私たちの周りにたくさんいた「吉本教」の熱狂的な信者ではなかった。
 彼の著作の中で、唯一共感できたのは『言語にとって美とは何か』だった。この著作にしても、彼の独特のわざと難解に記述する一種のペダンティックな文体には辟易させられた。主旨には共感してもそのわざとらしい表現方法は今でも好きになれない。主旨を理解して自分なりに思考し整理すると、もっと簡単な誰にでも解る記述の仕方があった筈だと思うこと屡であった。それは『共同幻想論』も『心的現象論』にも感じたことだ。
 また、私は水俣病事件を幼少から見て育ったので、社会を批判的に見る気持ちが幼いころからあった。青年期に入り社会論的な本を読むようになり、そこで語られる公害問題を含む様々な社会論に、違和感を抱いていた。一言で言えば、論文の中だけで完結するあまりにも観念的な論述に対する違和感である。
 吉本の論文が、本書で「いかなる既存の党派にも属さない大衆」の視線で時代と格闘する思想として、当時の読者の支持を受けたと総括されているが、私は彼のその「大衆」論が観念的過ぎて共感できないでいた。
 大衆目線を語りながら、フィールドワークに基づかない机上の社会思想家の文章は、私の心を摑み続けることはなかった。
 だが、このことはここで取り上げた本の内容とは関係がないことなので、ここまでにしておこう。
 著者の田中和生氏は一九七四年生まれのようなので、吉本に「世代的共感」を持った世代ではなく、そのずっと後に自己の思想形成をしてきた世代である。その世代を異にする視座で、吉本の『共同幻想論』の、平たく言えば賞味期限を探った本であるという見方もできるだろう。
 田中氏は東日本大震災・原発事故が日本人の精神に及ぼしたものを検証している。「日本は戦後、戦前の〈無責任体制〉を克服し、〈平和〉と〈民主主義〉を目ざしている」とされてきた「戦後的価値観」が、三・一一以降、賞味期限切れ(注 これは氏が使っている表現ではありません。念のため)になり、「共同幻想」の概念が問い直される必要が生じていることを指摘している。氏はこう述べている。

(略)「共同幻想」の「消滅」とは、あらゆる意味で「自己幻想」や「対幻想」の「萎縮」や「消滅」を心配しなくてよい状況であるといえる。(略)こうした理想的なあり方から逆算して、そこに所属するあらゆる「私」が「私」であることを許され、どんな対の関係を結ぶことも自由であるような国家のイメージを手に入れることは、国家について考える自立した個人の課題である。 (略)

 こういう観念的な論述の仕方には共感できないが、具体的に語るとき、それまで見向きもされなかった原発労働者のことに触れていることには共感する。
 私はこのブログで、原発問題はエネルギーの問題でも、科学や産業技術の安全性の問題でもなく、原発で働く最下層の人たちが、「被曝することを当たり前の前提」として成り立っている雇用の在り方が非人道的な根本問題であると、ずっと述べてきた。
 そのことに田中氏は「共同幻想」論的アブローチで本書で触れている。氏は次のようにいう。
 原発作業員の被曝という問題が取り上げられることとがなかったのは、戦後の日本は経済成長という「前向きな価値観の共同幻想」の中にあり、その障碍になるような事象を、ないものにした、あるいは見て見ぬふりをしてきたからだという。
 氏の論述は戦争の傷痕を描いたとされる戦後派文学批判ににも及ぶが、煩雑になるので、ここではそのことには触れない。
 戦後的価値観は三・一一を契機として破綻したという視座には共感できるし、その具体的な事例として原発労働者に視線が届いていることは、さらに評価に値すると思う。
 三・一一の震災は「戦後パラダイム」の偽りを暴き、そこに続合されていた私たちを解体した。
 私ちは今、個として社会の中に放り出されている状態だという指摘は鋭い。
 吉本の「共同幻想論」を読み直し、日本人の再統合の可能性を探るのが主眼の論考だとは思うが、どうか、この先、観念的な机上論レベルで、理想論を語るところに行き着くのだけは避けて欲しいと祈るばかりである。








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