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石原慎太郎――この暴言王の末路    (報道スクラップ)

2017-03-21 | エッセー

石原慎太郎――この暴言王の末路    (報道スクラップ)


豊洲移転、解明されぬ経緯 石原氏「記憶にない」 都議会百条委、証人喚問
                   (朝日新聞2017年3月21日朝刊より)

 東京都の豊洲市場をめぐる都議会の調査特別委員会(百条委員会)で20日、石原慎太郎元都知事(84)の証人喚問があった。石原氏は築地市場からの移転を決めた責任を認めたが、「記憶にない」「部下に一任した」など従来通りの説明に終始。土壌汚染が残る土地に市場を造った詳しい経緯の解明は進まなかった。一方、石原氏は豊洲移転を延ばす小池百合子都知事を「不作為の責任がある」と批判した。(略)(小林恵士)

 ■<視点>都の無責任体質、浮き彫り
 都議会百条委員会による証人喚問は21人に及んだが、土壌汚染が残る土地に市場を造った詳しい経緯は不明のままだ。一方で、喚問を通じて浮き彫りになったことがある。意思決定の責任の所在があいまいなまま、「豊洲に移転」の結論ありきで突き進むことになった都の「ガバナンス(組織統治)欠如」の体質だ。
 象徴的だったのは、東京ガスとの交渉初期に交わした「水面下合意」を巡るやりとりだ。東ガスの資料開示で初めて存在が明らかになったが、交渉にあたった浜渦武生・元副知事を始め、証人はみな、文書の存在を「知らない」と話した。汚染処理の範囲を限定する重要な合意を、組織として認識すらしていない。
 最高責任者だった石原慎太郎元知事は、「ピラミッドの頂点にいた私が、全体の総意として決めた」と言うが、詳細は「記憶にない」「一任していた」と繰り返すのみ。10年以上にわたる用地取得交渉の過程では、環境基準の4万3千倍のベンゼンが見つかるなど、何度も立ち止まる機会はあった。だが、妥当性を判断する者が不在のまま、移転ありきで汚染対策や費用負担交渉など目の前の課題をクリアすることが優先された。
 いま、都の責任を追及する都議会も、主要会派が移転に賛成してきたことを忘れてはならない。チェック機能を発揮する場面は何度もあったはずだ。
 豊洲には、土壌汚染対策費860億円を含む6千億円が投じられた。豊洲が投げかけた都の体質を、都が組織として見つめ直す必要がある。 (小林恵士)

武良コメント

つまり、知事なんていう政治的職種は、人気投票祭と化した選挙で選ばれたお飾り職だいうことだろう。
 優秀であるという神話化された役人たちが「水面下」で事を粛々と裁いてゆく政治の実態が、また晒されただけのことだ。
 そんな政治の改革を志して政治の道に足を踏み入れた者も、早晩、失望して、この心の空洞を埋めるべく、「権威主義」に絡め取られてしまう。
 あるいは、元々、自己の内面に健全な自己を育て損ね、すべての価値基準が自分の外にある権威に頼る人格を形成した者ほど、この空疎な自己膨張快感の虜となり、権威を求めて「大物」になりたいと希求するようになる傾向がある。
 石原慎太郎の言動を見ていると、それがよく表れているのを感じる。
 その数々の暴言。
 ーー原発は安全なんだ。東京湾に原発造ったっていいくらいだよ。
 ーー東日本大震災なんて、一種の天罰だよ。
 ーー生理が終った女は「無用の長物」だ。
 

 細かな言葉は違うが以上の意味のことを放言して憚らない。
 かつては政治的に目の敵にして、無学歴成り上がり政治家と毛嫌いしていた、田中角栄の評伝を書いて、印税を稼ぎまくっている下品さ、節操のなさ、空疎な大物信仰。
 彼の文学も同様に自己承認の得られない不健全な自我肥大症の、病んだ人間が、懸命に自己主張して回る物語が多く、完読に辟易させられるものばかりだ。
 石原さん。
 きみこそ、もう時代の「無用の短物」だ。

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