日本キリスト教富谷教会 礼拝説教 辺見宗邦牧師

辺見宗邦牧師が富谷教会で行う礼拝説教を随時アップしてまいります。
毎週日曜日か、前日の土曜日に掲載いたします。

「イースター茶会」とイ―スターのメッセージ

2017-04-25 07:40:40 | キリスト教

      

〒981-3302宮城県黒川郡富谷町三ノ関字坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380  FAX:022-358-1403 

日本キリスト教富谷教会・茶席松風

       第25回イースター茶会         2017年4月15日(土)

礼拝の部 12時~12時30分

前 奏             奏楽 本城綾子師   

讃美歌(21) 325(キリスト・イェスは)

主の祈り

聖 書  マタイによる福音書28章1~10節

メッセージ「キリストは復活しました」 辺見宗邦牧師

祈 祷

讃美歌    327(すべての民よ、よろこべ)                 

祝 祷               

後 奏

    共同訳聖書     (新共同訳) マタイによる福音書28章1~10節

  1さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。 2すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。 23その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。 24番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。 5天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、 26あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい。 7それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました。」 8婦人たちは、恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。 9すると、イエスが行く手に立っていて、「おはよう」と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。 10イエスは言われた。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」

             食事の時間 1230分~110

    午前の茶会 午前10時~11時50分

  午後の茶会 午後1時10分~3

    イースターのメッセージ  (参加者は39名)

  主イエスが十字架につけられた日は金曜日でした、午前九時に磔にされ、午後三時ごろ、イエスは大声で叫ばれました。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味です。そして息を引き取りました。

 金曜日の日没後から安息日が始まるので、遺体の引き取りをピラトに願い出た議員のアリマタヤ出身のヨセフは、急いでゴルゴタの処刑場の近くにある園の横穴式の自分の新しい墓に、埋葬し、大きな石で封印しました。それを見届けたのが、マグダラのマリアともう一人のマリアです。マグダラのマリアとは、ガリラヤ西岸のマグダラという町の出身のマリアのことです。彼女を苦しめた七つの悪霊から、主イエスに癒していただいたことに感謝し(ルカ8:2)、イエスを誰よりも熱くし、献身して、イエスの一行に奉仕した女性です。もう一人のマリアとは、マタイによる福音書ではイエスの母マリアのようです。(ヤコブとヨセフの母マリア(マタイ27:56)は、マタイ13:55では、イエスの母親マリアです。)

 安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行きました。

 すると、大きな地震が起こり、それを主の天使が天からって近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのです。その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように真っ白でした。番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになりました。

 天使は婦人たちに、「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」と告げました。<かねて言われたように>とは、イエスの一行がエルサレムに向かう途中、16:21、17:22,23、20:18,19、三度受難と復活について言われ、最後の晩餐の時には、復活した後、ガリラヤへ行くと予告しています。

 三度目の時は、いよいよエルサレムが近くなったときでした。イエスは12人の弟子を呼び寄せて、「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する。」と言われました。

  主イエスは、十字架の死と、三日目に復活することを結び付けて予告しています。弟子たちが、イエスの十字架の死を目撃しても失望することのないように、事前に語っておられたのです。しかし、それにもかかわらず、弟子たちは、イエスが捕らえられたとき、イエスを捨てて逃げたのです。ガリラヤからイエスに従ってきた女性たちだけが、最後までイエスの死を目撃しました。墓に葬られるところまで、見届けたのは、マグダラのマリアともう一人のマリアでした。

 天使からイエスの復活を告げられた婦人たちは、天使に言われたように、主イエスがガリラヤで弟子たち会うことを知らせるために走って行きました。

 すると、イエスが行く手に立っていて、挨拶の声をかけられました、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏しました。イエスは、「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる。」と話されました。主イエスは、イエスを捨てて裏切った弟子たちを<兄弟たち>と呼んでいます。イエスは弟子たちを赦し、愛しておられるのです。

 マグダラのマリアともう一人のマリアは、復活のイエスと最初に出会った証人となりました。疑い深いトマスという弟子も、復活の主との出会い、「わが主、わが神」と主イエスの復活を信じ、主イエスが神であることを信じました。

 なぜイエスはこのような十字架の死への道を自分の道として選ばれたのでしょうか。「人の子がこの世にきたのは、多くの人の贖いとして、自分の命を与えるためである」(マルコ10:45)と言っておられます。神から離れている人間の罪に対する神の怒りを、一身に受けて、身代わりなり、神の刑罰より救い、わたしたちのために、神の恵みと義と永遠の命を与えるために十字架の道を歩まれたのです。その最後は実に壮絶な死でした。しかし、主イエスは死んで終わったのではありません。

  イエス・キリストは復活しました。父なる神によって、陰府(よみ)の世界から復活させられました。主イエスは死に勝たれました。十字架の死に至るまで、父なる神に従順であった御子は、神の特別な力をもって復活させられ、天に上げられ、天と地の一切の権能を授かりました。

  主イエスはわたしたちに復活の命に生きる希望を与えてくださいました。永遠の命に生かされている保証として、聖霊を与えてくださいました。主イエスの復活を信じる信仰は、人間によるものではなく、神の恵みによって与えられるものです。″聖霊によらなければ、誰も「イエスは主である」とは言えないのです"(一コリント12.3)。

  復活したイエスと出会う前、マグダラのマリアたちが見ていた墓は死者の世界、死の支配する領域でした。そこにイエスの死体を探し求めていました。愛し、慕っていたイエスとの結びつきは、イエスの死によって引き裂かれ、自分自身も生ける屍のような状況にありました。せめてイエスの死体を手厚く葬りたいと思っていました。マグダラのマリアたちは復活したイエスと出会うことによって、絶望から希望へ、悲しみから喜びへ、死と滅びの世界から生命の支配へ、愛と信頼へと変えられました。

 よみがえられた栄光の姿のイエス様をほめたたえようではありませんか。ハレルヤ。

 

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