日本キリスト教富谷教会 礼拝説教 辺見宗邦牧師

辺見宗邦牧師が富谷教会で行う礼拝説教を随時アップしてまいります。
毎週日曜日か、前日の土曜日に掲載いたします。

「キリストの降誕」 ルカによる福音書2章1~20節

2016-12-24 14:10:51 | キリスト教

981-3302宮城県富谷市三ノ関坂ノ下120番地12  TEL:022-358-1380 FAX:022-358-1403 

日本キリスト教 富谷教会  週報

年間標語 『日々聖霊を豊かに受けて神の栄光を現す人になろう。』

聖句「神は、わたしたちの救い主イエス・キリストを通して、この聖霊を豊かに注いでくださいました。こうしてわたしたちは、キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。」(テトスへの手紙3:6~7)

 降誕節第1主日 降誕日(クリスマス)2016年12月25日(日)午後4時~4時50分

      礼 拝 順 序

前 奏             奏楽 辺見トモ子姉

讃美歌(21) 260(いざ歌え、いざ祝え)

交読詩編   85(主よ、あなたは御自分の地をお望みになり)

主の祈り   93-5、A

使徒信条   93-4、A

聖 書(新共同訳) ルカによる福音書2章1~20節(新p.102)

説  教      「キリストの降誕」 辺見宗邦牧師

祈 祷                

讃美歌   255(生けるものすべて)

献 金

感謝祈祷              

頌 栄(21)   24(たたえよ、主の民)

祝 祷             

後 奏  

  愛餐会 礼拝後、5時~6時30分の予定で、居間にて愛餐会をいたします。御移動ください。

          次週礼拝 1月1日(日)元旦礼拝 午後5時~5時50分

           聖書  マタイによる福音書2章13~23節

           説教  「幼児イエスのエジプト避難」 

           讃美歌(21)368 268 24 交読詩編85篇

本日の聖書 

 1そのころ、皇帝アウグストゥスから全領土の住民に、登録をせよとの勅令が出た。 2これは、キリニウスがシリア州の総督であったときに行われた最初の住民登録である。 3人々は皆、登録するためにおのおの自分の町へ旅立った。 4ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。 5身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。 6ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、 7初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。 8その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。 9すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。 10天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。 11今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。 12あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」 13すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。 14「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」 15天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。 16そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。 17その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。 18聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。 19しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 20羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

   本日の説教

  キリスト教会の成立は、キリストの復活と昇天後の聖霊降臨によって始まりました。それで、復活祭や聖霊降臨祭は、初代教会成立と共に重要視され、1世紀後半頃から、祝われてきました。しかし、クリスマスはそうではありません。

「救い主の誕生日」という大切な記念日が、長い間祝われなかったのは、キリストを救い主として信じた初代のクリスチャンや、最初の2、3世紀の初期の教会の人々にとっての最大の関心は、キリストがいつ生まれたかということよりも、彼らの教会を生み出した直接の出来後、すなわちキリストの復活と聖霊でした。そしてキリストが間もなく再びこの世界に来られるという将来に向けての期待の中で生きていました。

 1世紀後半から書き始められた四つの「福音書」の中のマタイやルカには、キリストの誕生の記事が含まれていますが、より大きな関心がイエスの受難と死と復活に向けられていたことが詳細な最後の一週間の記事から分かります。

 しかし、時代が下るにつれて、さし迫った再臨の緊張感から徐々に解放され、人々はイエスの生涯について振り返って考えるようになりました。ところが、イエス・キリストの誕生は何年の何月何日であったかたという歴史的な検証は不可能となっていました。

 12月25日のイエスの誕生日は、ローマで行われていた不滅の太陽神の祭りに由来しています。太陽神の祭りは、ローマの皇帝アウレリウスが紀元274年に導入したもので、冬至の近い12月25日に行われていました。

 紀元313年、コンスタンティヌス帝のミラノ勅令により、帝国内でのキリスト教が公認され、迫害の歴史は終わります。392年にはテオドシウス帝により、キリスト教が国教化されました。キリスト教徒は太陽の祭りの日を、救い主である「義の太陽」(マラキ書3:20)であり、「世の光」(ヨハネ8:12)であるキリストの誕生日として祝わったと考えられています。このようにキリストの誕生日は四世紀になって初めて、ローマでは12月25日に祝うようになりました。

 キリストの誕生年については、6世紀の神学者エクシグウスが、ローマ教皇ヨハネス1世の委託を受けて西暦を定めたとき、キリストの誕生の翌年を紀元1年として算出しました。しかし、現在ではヘロデ大王の死が紀元前4年と当時の文書で確定していることから、少なくとも紀元前4年頃にはイエスは誕生していたと考えられています。

 このように、キリストの誕生年も月日も、定かではありませんが、間違いなくこの歴史の中に誕生したことを伝えるのが、ルカによる福音書の2章以下の記事です。

  ルカによる福音書は、イエスの誕生がローマ帝国初代の皇帝アウグストゥス(B.C.27~A.D.14年)から全領土の住民に、人口調査のため登録をせよとの勅令が出され、キリニウスがシリア州の総督であった時と記しています。当時ローマ帝国は地中海世界の全域を支配しました。ユダヤはシリア州の一部でした。ローマはヘロデ大王をユダヤの王とし、ユダヤを属領として支配していました。イエスはヘロデ大王の時代に、ユダヤのベツレヘムで生まれたのです(マタイ2:1)。ルカの記す皇帝の全領土の住民登録の記述は正確ではありませんが、イエスの誕生は、このような政治の世界の中に、現実の歴史の中に誕生したことを記しているのです。

 メシア(救世主)はダビデの出生地であるベツレヘムで生まれると、700年も前からイザヤやミカによって預言されていました。

 ヨセフの先祖はダビデ王の家系(血筋)の者なので、住民登録をするために、ダビデ王の出生地であるユダヤのベツレヘムというダビデの町へ、妊娠中の身重のマリアを連れて上って行きました。ナザレに住んでいたヨセフは、ベツレヘムへ着くまで、歩いては四、五日はかかるきびしい旅でした。

 マリアが妊娠したのは聖霊によるものであると、ルカ1章35節には記されています。生まれてくるイエスとヨセフとの間には血縁関係がありません。ヨセフはイエスをわが子として受け入れ、法的な親権者(親)となったのです。

 彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは出産の臨月を迎え、一時しのぎの仮の宿とした家畜小屋で男の子を産み、布にくるんで、家畜の餌を与える飼い葉桶に寝かせました。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからです。イエスはこの世のかたすみに歓迎されないように誕生しました。

 その地方の<羊飼いの野>で、羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れを守るために見張り番をしていました。すると、天使が現れ、神の栄光が回りを照らしたので、彼らは非常に驚きました。天使は今日ダビデの町にあなたがたのために救い主が生まれたと告げたのです。「これは、イスラエルの民全体に与えらる大きな喜びの出来事です。この方こそが、<メシア>です。旧約聖書で約束されていた、メシア・救い主であり、<主>なる神です。」と告げたのです。そのしるしはなんと、「布にくるまって飼い葉おけの中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう」と言うのです。

 聖書では「しるし」は、多くの場合、奇跡やイエス様のなさった業を指します。その権威の証明、証拠という意味で用いれています。ほとんどの場合「しるし」という言葉は、力、権威、栄光を伴って用いられています。しかし、この場合は、神様であった神の御子が全世界を救うためにお出でになったしるしが、「布切れにくるまれて飼い葉おけに寝かされている無力な赤子だ」というのです。それはどんな人でも近づくことが出来るためであり、すべての人を救うためためです。「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、 かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えに」(フィリピの信徒への手紙2:6~8)なったのです。

 神はその独り子を極貧の中で、最も卑しい者として生まれさせました。この乳飲み子のうちに、神様の救いが隠されているのです。イエスは生まれたときから、十字架の道を歩むのです。しかし、十字架の死で終わったのではありません。飼い葉おけの御子は、十字架の先にある救い主であるこも示しいるのです。イエスの弟子たちは、イエスの十字架のもとから逃げ出しました。復活された主イエスが彼らに現れてくださったことによって、初めてイエスが神であり、罪からの救い主であることが分かったのです。主イエスは天に上り、父なる神と共に、永遠の王として世を支配する方となり、弟子たちに聖霊を与えて罪に打ち勝つ力を与え、世の終わりまで共にいてくださることを約束してくださったのです。

 天使たちは、飼い葉おけに眠る御子に、この神の救いを見通していました。羊飼いたちに、救い主と誕生を告げると、突然、この天使に大軍が加わり、「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」と神を賛美したのです。この賛美は、主イエス・キリストによって実現する神様の救いをほめたたえたのです。独り子の命を与えて下さった神様の愛と赦しによって、わたしたちは「御心に適う人」とされ、神様との間に平和を与えられるのです。なぜ神の子が人間になられたのでしょうか。

  神様はこの地上に、ご自身と似た者として人間を造られました。神様の御心は、人間が神様と親しい霊の交わりの中に生きることでした。しかし、人間は自分を造った神様のことを忘れ、自分勝手に生きるようになってしまいました。罪とは造り主なる神に背を向け、心を閉ざし、神を無視する不信仰のことを言います。そのため人間は神との霊の交わりを閉ざされ、神の霊・聖霊を受けられない者となりました。この不信仰により、自己中心に生きようとする罪の支配を受ける者となりました。親と子も、友達との間も、人と人との関係だけでなく、国と国との関係も仲良くできなくなりました。人をいじめたり、悪さをしたり、なかには犯罪を犯す人になってしまいました。良心に従って、正しく生きようと努力する人もいますが、神に認められる完全な人になることはできなくなりました。神のみこころに従うことや、自分とおなじように隣人を愛することができない人になってしまいました。神から離れてしまったので、死を恐れる者になりました。死ねばすべておしまいという刹那的な生き方をするようになり、希望にない者になりました。神様はこのようになった人間を憐れみ、救うために、神に逆らう罪人であるわたしたちを罰するのではなく、赦して救うために、わたしたちが受けるべき裁きを、神はわたしたちの身代わりとして御子の負わせたのです。御子イエスは、わたしたちのために十字架にかけられ、死んで、わたしたちの罪を赦し、罪と死に打ち勝ち、復活しました。わたしたちは、イエスの十字架の死と復活にあずって、罪から解放され、神の子とされ、永遠の命を与えられ、神の国を継ぐ者とされたのです。ここに、わたしたちを救うの神の愛が示されました。救い主イエスの誕生は、神がわたしたちに与えてくださった、天使たちも驚く大きな大きなプレゼントです。

 神は遠くに存在する方ではなくなりました。御霊(みたま)の主として、いつもわたしたちと共におられ、わたしたちの苦しみや悩み理解してくださり、助けてくださる方なのです。12月20日の日に、介護施設の個室で洗礼を受けた80歳の御婦人の書いた祈りの言葉をお伝えします。

 「主イエス様、私はあなたを必要とします。私の罪のために十字架にかかられたことを感謝します。今、私の罪からの救い主としてお迎えします。すべてを許してくださり感謝します。永遠の命を与えてくださり感謝します。私をつくりかえてください。神様、洗礼を受けられたことを感謝します。主イエス様、すべてに感謝します。神様、いつもそばにいて、導いて下さい。主の御名(みな)によって祈ります。アーメン。」

 新しく迎える年も、主イエスと結ばれて、つくりかえながら、感謝に満ちた生活をしていきたいと思います。

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