鈴木智香子の『この曲が聴きたい!!』 = A Song A Day =

その日の気分や季節柄に合わせて、ジャンルを問わず、とっておきの音楽をご紹介します。

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【番外編】田舎の洗練、都会の野暮

2017年09月25日 | 日記

今年も大好きな信州の里山に秋が訪れるのね〜なんて遠くの空に思いを馳せている今日この頃。そして大好きな朝ドラもとうとう最終週へと突入…(泣)

この時点で頭の中でグルグルしていたことを、だいぶ前から文章にしておきたいことがありまして。これを何と表現してよいものかどうか、本当に今でも文章にしてどうするのかと思っているくらいなのですが。タイトルは【田舎の洗練、都会の野暮】としました。

そんなことを考えるようにきっかけは、初めて信州の温泉宿に主人と訪れた時のこと。

決して高いお宿ではなかったのですが、お宿の雰囲気とか、家具のしつらえとか、お料理に使われているだしの加減とか…すべての趣味が良いんですよ!都会のお金かかってる、盛りまくりの洗練とは全然違う、控えめだけど、土地に根付いたエネルギーを強く感じさせるシンプルな洗練がそこにあるんです。

でも、これを女将さんとかは「田舎の食べ物ですのでお口に合うかどうか…」なんて、ものすごく奥ゆかしいわけですよ。いやいやこれを洗練と言わずしてなんというのか?

私、その時思いました。

日本では確実に東京=都会=洗練されている

地方(京都除く)=田舎=洗練されてない

みたいなざっくり構図が出来上がってしまってるけど、信州の人里離れた温泉宿だって、こんなに洗練されているじゃないかと!もーガッデム中央集権主義だなと!

で、私はそれを『田舎の洗練』と心の中で呼ぶようになったんですけど。

その一方で、今の朝ドラ観てて思うわけです。

50年前の東京という設定でドラマが展開していったわけですが、このヒロインのような境遇の当時の若い子達がこのまま東京に住み続け、結婚して家族ができる。そして子供ができて、今だったら孫もいるかもしれない。

現在、既に親子3代東京に住んでいることになり、すっかり江戸の人になるわけですよね。子供や孫は東京生まれ東京育ちで、お婆ちゃんの方言を頭の片隅に置きながら、スカして標準語なんか話してるんだろうなって(怒)。

しかし、ずっと東京に住んでる=他の土地を知らない、逆にそれって田舎もんてことなんじゃないのぉ?三河の田舎もんのアタイとそう大して変わんないじゃん(笑)なんてドス黒いことを考えてました。

で、東京という都市を洗練させているのは結局、地元と都会の両方を知っている地方出身者と、いなせな真性江戸っ子のコラボだろ!という結論に達しました。参勤交代やってる時代から、江戸は地方のいいところを吸い上げて来た歴史があるからな(笑)

そういえば、20代の頃、東京タワーに上ったことがあります。修学旅行でも行ったことがあるんですけど、その時にもちょっと思ったかな。おのぼりさんな自分達の立場をめっちゃ棚に上げて、うわダセェ!って(笑)建物にではなく、その中身に。

こんな都会の中心で、唐突にナンシー・シナトラのロウ人形てどういうこと?ベレー帽かぶったおじさんが常駐してる似顔絵コーナーって?そして、全体の内装が、昭和40年代あたりからアップデートされてないレトロ感が満載。もしかして、中心地にいるからって怠けてんじゃないのか?って思ったものです。(…しかし後になって、あんなものからこんなものまで何でもある、逆にこれが都会って意味なんだって納得しましたケド(笑))

で、話を元に戻します。『洗練て、一体何だろう?』ってことなんですけど。

確かに地方でも野暮はいっぱいあります。一番感じるのは、身内受け、内弁慶、で特に名古屋は東京への劣等感が根深い、ってこと。

勝手にローカルルールを作ってしまい、排他的になっていく。いざ外のメジャーな世界と交わるチャンスがあっても、そのルールに慣れきっているので全く対応ができない。ちょうど草野球とプロ野球の違いでしょうか。ウチで試合やるときは、ストライク4で1アウトだよ!っていうのがまかり通ってるみたいな(笑)

そしてもっとひどいのが、そのプロ野球をスタジアムでほんの数回観戦しただけの人が、フォームとかハンドサインとか表面的に真似して、とんでもなくデフォルメされたものが拡がってしまうこと。「スタジアムではこういう流儀なんだよ(カッコいいだろ)」、「ふーん、それがプロ野球のやり方なんだ」って、それを信じちゃった人がそのデフォルメを真似ちゃって、草野球のグラウンドで堂々と披露しちゃうところ。その結果、本物のプロ野球とかけ離れ過ぎの、目も当てられない状態になってしまう、という、地方の野暮を何度も見たことがあります(野球ってのはあくまで比喩で使わせていただきました)。

また、名古屋では何か企画を立てたり、建設物を建てたりすると大抵東京のものを取り入れてしまい、地元を使わない。むしろ地元色を消そうとする、と感じる事もありまして、こいつも野暮、ですね(苦笑)。名古屋駅のビル群の中の1つでも、てっぺんにシャチホコつけてみろや、って(笑)ホントは地元に誇り持ててないんじゃないのか?って悲しくなります。

そこで思うのですが、どこに住んでいようと関係なく、おらが村に誇りを持ち、地域に根付きつつ心を外に向けてオープンにしている状態が、一番『洗練されてる』ってことなんじゃないかと思いました。そして洗練は、その文字の意味する通り『洗われて(そぎ落とされて)、練られ』ていなければならない。それは沢山の事例(人や出来事)に触れることではないかと。

そう言う意味で、人里離れた信州の温泉旅館、いろんな場所から宿泊客がやってきて、リピーターまでいる。で、そんなお客さん達に(海はないから)マグロのお刺身なんて出さずに、相変わらずお庭で採れたばかりのナメコとか朝食のお味噌汁に入れて出してる。これが本当の洗練なんじゃないかと思うのです。

で、私もそうありたいなと(笑)ま、そういうことが言いたかったの。


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アル・クーパー 『ジョリー』

2017年09月08日 | 日記

お久しぶりです!何してたかっていうと、この半年覚えてない…何か仕事に追われてたのは覚えてるんだけど(歌じゃなく事務仕事系ね 笑)

職業柄、色んな音楽を一般リスナーの皆さんより少しだけ注意深く聴いてきて、それでも初耳の曲ってのがあって、出逢った瞬間この歳で果たして感動できるかな、って不安がいつもあるんだけど、この曲聴いてみて、ちょい幸せな気分になって自分安心したわ。

こんな青くて純粋で、ちょい時代掛かってるけど(ジョリーなんて女の子の名前からして70年代の感じね)、スウィートな曲があったなんて、うっ生きてるうちに聴けてよかった(泣)って思います。

 


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LUCKY TAPES - Peace and Magic

2017年04月06日 | 日記

ホンダCMのBGM『サチモス』あたりから、こういう感じの音楽が耳に引っ掛かるようになりました。

70年代に欧米の『バタ臭』系音楽を取り入れて(パクって)やってみよう、っていう試みが一部のミュージシャンにあったのは当時の作品とか聴いてて凄くわかるんだけど、そのハングリーな標榜の仕方が、「(当時にしては)よく頑張ってたんだよね」って多少の敬意+お疲れ感しか残ってない。

まるでカローラやコロナしか乗ったことがないドライバーが、突然ベンツに乗り換えちゃって運転操作やサイズ感に戸惑いながら走行してるみたいな(笑)

でもそれが今では、若い世代のミュージシャンがこんなに簡単に自分の物にしちゃってる。まるでちょっと手を伸ばしてテーブルの上にある調味料でも取るみたいに、自分の音楽に取り入れちゃってるっていうか既にそれが自分の音楽(笑)。

そりゃそうだよね。生まれた時から、既にふんだんに周囲に溢れてたから。

(40年ほど前、ロックのメロディーは日本語は合わないから英語で歌うべきだの何のかんのと当時の日本のミュージシャン達が喧々囂々(けんけんごうごう)やり合ってた『日本語ロック論争』なんてものがあったなんてことを彼らが知ったら、は?ナニソレ?だろうな(笑))

強烈なスターもいないし、サウンドに際立つ個性や重厚な存在感も感じさせず、特別な主張もなく、魂を揺さぶられることもない。というか、そんなものを狙う演奏をあざ嗤うかのよう。

ただほんの束の間いい気持ちにさせてくれて、気付いたらいつ曲が終わってたかも、タイトルも思い出せないような『行きずり』系サウンド。(バンド名思い出すのものにも歳のせいか凄い時間掛かった)

これが、今の音楽なんだわね〜。いまのところ私のお気に入りはコレ!


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名古屋市公会堂で、ロックコンサートのポスター展

2017年03月30日 | 日記

ご近所の名古屋市公会堂で、ロックコンサートのポスター展が開催されていまして、本日が最終日ということで教室を抜け出して一人出掛けて参りました。

因みに今夜の公会堂は、あの『グリー』、『レリゴー♪』のイディナ・メンゼルが来ます。鶴舞公園は桜もまだなのにお花見モード。イディナも今夜その光景を垣間見て"Whyジャパニ〜ズ??”と思うこと間違いなしでしょう(笑)。

で、ポスター展ですが、もうぉ懐かしすぎて、実際コンサートに行かなかったアーティストのポスターまでバシャバシャ写真撮ってきました(笑)オジー・オズボーンとかリッチー・ブラックモアとかブロンディのデボラ・ハリーとか。名前を口にするだけであの頃が蘇ってきます。

因みに初めてコンサートに行ったアーティストは、恥ずかしいですが83年のリック・スプリングフィールド!完全なルックス目当てでした(笑)その後ユーリズミックスに行った記憶が。どちらもちゃーんとポスターありましたよ。

豊田のド田舎の女子中学生が、なななななんと大都会の名古屋にあるコンサートで、外人の歌手を聴きに行きたいだとぉ?この不良娘がっ!最近変なもの読み始めたと思ったらそういうことかい(『ミュージック・ライフ』のことです)!!と、当時は外タレのロックコンサートは学校、家庭内で相当な物議を醸してました(同時に『たのきんトリオ』とか好きな子達と完っ全に袂を分かつことに…)。もう、まるで映画『沈黙』の迫害に耐える隠れキリシタン状態(泣)。

それでも乙女の祈りは鉄コン筋クリートをも捻じ曲げ、コンサート当日、名古屋市公会堂へと降り立つことができたのでした。

チケット予約受付時間までドキドキしながら電話(注:黒電話です)の前に居座って、震える指で○ドーとか、○ンデーフォークのプレイガイドにダイヤル(注:黒電話です)回したのも懐かしい思い出…(泣)再ダイヤル機能なんかないから、指がつるくらい何度掛けても話中だったりしてね。公衆電話の方が繋がりやすいっていう都市伝説もあったっけなぁ。

でも、今はこんな目と鼻の先に住んでて(笑)こうやって懐かしい目をしてポスター見てる。人生っておかしなものですねぇ。

動画は『What kind of fool am I』、田舎の女子中学生にしては中々見る目があったと今でも思うわ(笑) 

 


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内田修ジャズコレクションを観に行きました。

2017年03月24日 | 日記

先月、岡崎市にある内田修ジャズコレクション、観に行ってきました。

ジャズやってるんだったら、もっと早く観に行けよ!って言われちゃいそうですが、個人的にはこの時期に観に行くことになって良かった。と思ってます。

先輩ミュージシャンが、尊敬と畏敬の念、そして時には懐かしさをこめて『○○さんのプレイはああだった。』、『(ン十年前に)△△さんがこんなこと言ってた。』とよく話には出てたけど名前しか存じ上げなかった、既に他界してしまった『先輩の先輩』にあたる日本人ジャズミュージシャン達の演奏を、内田先生のプライベート録音でようやく聴くことができたのです。

で、聴いてどうなったかっていうと…何だか泣けてきた。

アメリカからやってきたこの音楽に取り憑かれた人たちが、(当時の圧倒的に情報量の少ない中)それを懸命に自分達の手中にしようと満身創痍で闘っているような演奏。それも嘘やうわべの部分だけじゃなく真髄を突き詰めようとしてる。今の私には、先輩の先輩の演奏がそんな風に聴こえてしまいました。うう。

そして数十年もの年月を経て私がそれを聴いているわけだけど。それを最高の音質で録ってくれた内田先生、今更だけど、有難う、勇気づけられました、って言いたくなりました。

自分の進むべき道が分からなくなったら、その都度ここにお参り(?)に来るべきだわ。もうここは内田神社って呼ぶ(笑)!

来るたびにこの音源聴いてたら、探してるものは自分の外ではなく、自分の内にあるってきっと何度も気づかされる筈。

で、他にもウチの主人が尊敬してやまない(生前、レッスンしてもらったことがあるらしい)宮沢昭さんのテナーサックスや、車椅子で演奏していたドラマーの富樫雅彦さん(それでも凄いプレイだったって先輩ミュージシャンが仰ってました)オリジナルのドラムセットが丁寧にディスプレイされているところもウルウルものだったのですが、一番グッときたのが内田先生の生涯年表のコーナーでした。

年表をざっと見渡して思いました。先生のジャズ人生の大半は、才能あるミュージシャン達を発掘、その才能を開花させる機会を惜しみなく提供し、そしてあっけなく見送り続けた人生だったんだ、って。

そして、その主要なミュージシャンたちが逝ってしまった後の人生は、先生の功績がいろんな形で賞賛されることはあっても、先生にとって宝物みたいなミュージシャン達との現在進行形で精力的な交流の時代の大半は過ぎてしまっていたんだと。

自分の庇護の手をすり抜けて、それぞれの定命を全うして逝ってしまう才能達の『今』を録音物として残しておかなければ。そう思ったのかなって。

下の音源は、内田先生が見出したと言われるピアニスト守安祥太郎さん、テナーサックスプレイヤー宮沢昭さんの昭和29年のライブレコーディングの1曲です。

終戦後10年も経ってないのにこのクオリティ!ただただ驚くばかりです!!

戦後の日本にはもう既にこんな凄いミュージシャンがいたんだよ、って若い世代のジャズミュージシャンにもっと知ってほしいなぁ。ってなぜかボーカリストの私が思ってしまいました。


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花・ひらく夢 - 大貫妙子

2017年03月24日 | 日記

また、今年もこの時期にこの曲が聴きたくなってしまう…。

春がきて、夏が来て、秋が来て、冬になって、それでまた春がやって来てくれる。

この繰り返しをずっと生きていて、また春の再来を待ち望んでしまう。

私までも新しく再生できるような気がしてしまう、毎年1個ずつ歳食ってるってのに。(笑)

とにかく、エエ季節や〜。

願わくば、春の季節に生まれたかったなぁ。


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Charlie Wilson First Name Charlie, Last Name Wilson

2017年02月24日 | 日記

定期的にやってくる、『コッテコテのブラックミュージックが聴きたくなる』病(笑)

またその病を助長してくれそうな、恰好の素材を見つけてしまったわ…。

こういうの聴いて決してラジオ体操したくなる人はいないと思うの(笑)。

ワタシは、あくまでスロウダウンの為に、イヤホンでどっぷり聴く派です。


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マーク・ウィンクラー  Hip To Your Tricks

2017年02月21日 | 日記

昨日に引き続き、アーティストの名前間違えて記憶してて長いこと出逢えなかった曲パート2。

マーク・ホイットフィールドはジャズギタリストだってば!!(Mark W…までは合ってたんだが)

1982年の作品。この頃のロサンゼルスはホントこんな感じだったろうなぁ。って豊田の田舎娘の妄想を満たすのに充分なサウンドでした(笑)

実際行ってみたら、行かなきゃよかったって思ったけど。


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ゲイリー・クラーク 『Free Floatin' フリーフローティン』

2017年02月20日 | 日記

ラジオでこの曲がいきなり耳に飛び込んできて、何てキレイなメロディーなんだ、って一瞬で感動して、即捕獲しようと必死にタイトルとアーティスト名を聴き取ったのはいいのですが、アーティスト名を間違って記憶していたため、20年以上この曲に再会する事ができませんでした(笑)ゲイリートーマスって誰よ?サックス吹きやんけ。ゲイリー・クラークだってば。痛恨のミス。

おまけに最近、ゲイリー・クラークJR.っつうブルースギタリストもいて、名前だけでググってもこの人がトップに出てきちゃう。

しかし、正しい名前と曲名とを一緒にググってみると…いたいた!ワタシみたいに、何十年経ってもこのアーティストが好きな人が!(皆さんマニアック…)

ちゃんと記事にして紹介してくれてる、有難いわぁ。

そうですよね。この人ホント今聴いても最高ですよね!

私もYouTubeで改めて聴いてみて、あの時の感動、全然色褪せてなかった!良かったぁ。

というわけで、早速○マゾンでCD購入手続きしました。

 

もう、ゼッタイ離さないよ(笑)

音楽を『捕獲』し、『所有する』この感じ、分かるかなぁ???


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2017 Grammys The Weeknd ft Daft Punk-I Feel It Coming

2017年02月14日 | 日記

今年は珍しくグラミー賞の授賞式、ガチで観てみました。3時間以上は長かったぅ。

どうせ流行りもんのアーティストしか(それも誰が誰だかわかんない)出ないだろうってだんだん観なくなったの、いつからだったかな?

しかしヴィジュアルのネタがせいぜいジャケ写とMTVくらいだった時代、やはりメジャーなメディアはラジオやCDでした。ところが、グラミー授賞式では、あの人やあの人が、うわ、動いて歌ってるよ〜!ってなるんです。

よっしゃ、一挙手一投足を逃すものかっ!と、田舎の女子高生が世界の最先端のトレンド(音楽もファッションも)を目の当たりにして、ずっとゾクゾクしてた(笑)そんな衣裳、豊田の駅前には売ってねーよ、って軽く失望しながら(笑)。

しかし、毎年観ているうちに、ジャネットジャクソンの辺りからだったか、いつのまにかグラミー賞のアトラクションが歌ってるのか踊ってるのか分かんなくなってきて、とうとうメロディーが印象に残らなくなってきた。そしてそのあたりから、本当のスターじゃなくて『小物』が受賞するようになった。ってちょっと言い過ぎかな。

つまり、その時代に大衆から求められて持ち上がっていくスターじゃなくて、スターとして売るために作られたスターっていうのかな。とにかくものすごい人為的操作が見えてしまう『スター』。

で、今回のグラミー賞ですが、まあ相変わらずのゴリ押し感が続いてるな、って思った。ここはCDセールスやコンサートの観客動員数の営業成績発表の場、みたいな。保険会社のインセンティブ旅行かっての(笑)。そしてノミネートされたアーティスト達も、そんな世界の大舞台でパフォーマンスしてるっていうのに、尊敬に値するプロ意識はすごい感じるけど、突き抜けたオーラがまるでない(笑)。ベロベロに酔っ払った上、娼婦を連れ立って壇上に上がったハードロックグループが懐かしい(笑)

だけど、一つだけ今もあの頃と変わってない事がありました。そ、れ、は、『カントリーミュージック部門』!!!おおお抜群の安定感!!相変わらずのマッチョイズム全開!!!そして、人間の生声(なまごえ)勝負的なところがまだ生きてたような気がしました。日本○コード大賞も、演歌部門とかパフォーマンス部門とかジャンル別に分ければいいのに、って思った(笑)

で、結論なんですけど、時代が作る本当のスターってほんの一握りなんだなって。さすがにレディ・ガガやビヨンセは今の時代のスターだなと感じたけど、他のアーティストは、まあお雛様が近いんで例えてみるけど、五人囃子かな、って。で、最上段に鎮座するお雛様は今年はアデルに決定っていうことで、ガガちゃんは今年は三人官女。ってなるとお内裏様オブザイヤーは、今年はうーん、いなかったな。ブルーノ・マーズ、来年来るかな?

下の映像は、え、マイケル・ジャクソンの再来って言われてるの?そんなん初めて知ったわ、って人(笑)ほんっとに頭の中にメロディー残んないわ〜。この路線だったらアル・ジャロウ系目指してみたら?って勝手な事言ってみる(笑)

は?ザ・週末って何だよ〜アンタみたいな(まだまだ)うっすいキャラは本名で勝負しろよ〜(笑)エイベル・テスファイ(本名)、ちっとも悪くないよ。


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