barayuka雑記

心の整理、ひとりごと

ある人のブログより

2016-10-19 12:08:25 | 日記
少し前、Twitterで辛い気持ちを吐き出してたら、声をかけてくれた人がいました。

私はTwitterは確か2011年くらいから使ってて、人との交流というよりは完全に独り言や普段言えないことを言語化したり吐き出したりするのに使ってました。

交流しだしたら、リアルを生きられない気がして、あえて交流しませんでした。タイムラインの人達がやりとりしてても、多分そちら側から見てても、私のつぶやきには壁があっただろうと思います。

言葉は選んで前向きなことやどこか見られてることを意識した言葉を使っていて、でも、どうにもならなくなったとき、本当の自分を出そうと思いました。

仕事をしなければといいながら、本当は全然気持ちがついていってなくて、前向きなフリをしていたこと。いい歳して、家族との関係もうまくやれないことが恥ずかしかったこと。でもそれを、恥ずかしかった、と言うのではなく、私は親の悪口をタイムラインに流しました。多分、それ自体どこか壊れていて、自傷だったと思います。

それから、病院のスタッフのことで苦しんでること、それ自体はずっと前から呟いてたけど、私の中では到底整理しきれない気持ちでした。
好きなのか、憎んでるのか、信じてるのか、疑ってるのか、色んな気持ちが入り交じっていました。

そのとき、声をかけてくれた人は、私の矛盾した気持ちをそのままおかしくない、と認めてくれました。

タイムラインで普段は交流しない、しても表面的なやり取りをしない私だったけど、その時はなんとなく縋るような気持ちでやり取りをしました。
「変にもがくと自爆する」自分にはその言葉の意味を痛いほど痛感していたので、そんなふうにアドバイスしてくれる人がいたことに救われ、ありがたく思いました。

数日後、彼女がタイムラインにブログ更新のツイートをしているのを発見してブログを読んでみました。自分とは全く違う酷い虐待をされてきた経験を持った人だったことがわかり、でも、それだけでなく、それを人と分かちあって語りかけるような文章を書かれてることに、感じるものがありました。

私は自分の世界に閉じこもって、誰とも交流しないでひとりで抱えていた。その人は、虐待を受けた人もそうでない人もコメント欄にコメントして欲しいと書いていて、私はそれを受けて感じたことをコメントに残しました。

そこに、人の体温のようなものがある気がしました。

タイムラインで、本当は何もやりたくない自分を少しずつ出し始め、コンタクトレンズを入れられたので誰かほめてくださいと言ってみたら、何人かの人がお気に入りを押してくれました。勇気を出して少し外に向いてみたら誰かが見ていてくれたことがわかって、それが思いもかけず温かい気持ちにさせてくれました。

なので私も、誰かに向けての記事を書いてみることにしました。どうせ誰にもわからないと心を閉ざすのではなく、誰かによんでほしい、そんな気持ちで、ブログを書いてみようと思いました。
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