barayuka雑記

人生に迷う人。心の整理、ひとりごとなど。

親戚のおばちゃんの話

2017-06-09 16:04:49 | 日記
親戚のおばちゃんがいつものように家にお米をとりにきた。

おばちゃんは父の姉に当たる人で、娘と息子(要するに私からみたら従姉弟)が一人ずついる。弟の方に孫ができて、おばあちゃんでもある。

旦那さんを早くに亡くして、女手ひとりで2人を育てるのは大変だったと思うけど、そのお陰もあって、とてもたくましく、私の実家からは少し離れたところに住んでいたけど、地域のリーダー的な立場らしく、ソフトボールのチームを作ったり、みんなでガーデニングを楽しんだりしてリーダーシップを発揮していた。今はさすがにソフトボールはしていないけど、ガーデニングは声がかかって今でも毎年コンテストに出品しているそうだ。さすがに最近は体がしんどいらしくて、仕方なく、みたいな言い方をしているけど。


そんなおばちゃんだけど、私が子供の時は、印象がキツくて怖い人だった。ハッキリものを言う。悪口も言う。今思えばそりゃ苦労もして余裕もなかったのかもしれないけど、ある時期、祖父の介護の手伝いをしに、実家に通っていたときがあり、しょっちゅう家に出入りしていた。
私の家は両親が共働きだったので、普段からあんまりきちんと掃除や片付けをしている家じゃなかった。おばちゃんはそのことにちょっと文句をいいながら、もとは自分の実家でもあるので自分の好きに掃除や片付けをしていた。

私は子供の頃、ぬいぐるみを集めるのが趣味だった。沢山あって、水族館で買ってもらったものや、欲しがって買ってもらったものや、私がコレクションしてる事を知ってプレゼントしてもらったものや、一つ一つに思い出があって、名前がついていた。自分の中でストーリーがあって、並び方も決まっていた。

ある日、おばちゃんが、私が学校にいっている間に、それをまとめて捨ててしまった。気がついておばちゃんにきいてみると、いつまでもぬいぐるみみたいなの持ってたらアカン、みたいな理由だった。私は感受性が強い子供で、鈍感な母にはそのフォローなど気づきもしなくて、父はナイーブで、両親と精神的な距離があまり近くなかった。だから、誰かが私のためにプレゼントしてくれたぬいぐるみが、その思い出含め愛着対象だったのだ。

私はすごくショックだった。散らかしてた、ということもなく、ちゃんと並べてあったのだ。いくら親戚といえど、勝手に出入りしている人に、自分の大切な物を、それをくれた人の思いまで踏みにじって捨てる権利なんてどこにあるんだと思って、断固許せなかった。
怖かったけどおばちゃんに言ってみてもけんもホロロだったので、これも勇気を出して母に不満を訴えてみた。だけど、母の反応は私の気持ちを察してくれるでも理解してくれるでも受け止めてくれるでもなく、まぁ仕方ないみたいな感じだった。
家の人なのに、家の外の人が、家族の大事なものを捨ててしまったのに、なんで怒ってくれないの?と、私は更にショックを受けた。話さなければ良かった、とすら思った。そして心の中で、ひたすら捨てられたぬいぐるみに謝罪し続けた。私のせいで捨てられちゃった、ごめんね、ごめんね、と。

そして私は怒りから、ひとりででも怖いおばちゃんに反抗してやる、と思った。おばちゃんが来ていたのはおじいちゃんの介護のためだった。おばちゃんが介護に来てくれてるから両親が文句を言えないんだ、と理解した私は(今思うとそういう事じゃなかった気もするが)おじいちゃんの介護を私がやってやる、と思い、オムツを替えたりしてみた。だけど、すぐにそれがとても大変な事だと思い、意地を通して続けることは出来なかった。

それからしばらくはおばちゃんのことが嫌いだったと思う。私の家は田舎の農家で、襖を外せば冠婚葬祭が家でとりおこなえるようになっている居間がある家で、両親、姉、祖父、祖母、曾祖母も一緒に住んでいて、餅つきや法事の時は親戚の人が集まる家だった。そんな法事の時、ちょっと性格のキツイおばちゃんは、大伯母さんと過去に何かあったのか、仲間はずれにしたりそういう意地悪さもあり、そういうところも嫌いだった。

でも、おばちゃんは法事の時や餅つきの時、誰よりも頼りになる人だった。仕切り屋で、パッパッと物を言うおばちゃんがいてくれてうまく回るようなところがいっぱいあった。
そして、キツイところはあっても、場を盛り上げる人でもあった。そういう明るさは、苦労を笑い飛ばすユーモアが滲んでいて、やっぱりそこには、キツイところがあっても、そんなふうに出来るのは並大抵なことではないと思わせるところがあった。
親戚の中にだらしない、酔うとセクハラ発言をするおっさんがいたけど、そういう人をいなすのも得意だった。まぁまぁ、メロン食べ、と言って矛先をかえ、場の笑いに変えていた。

ぬいぐるみ事件よりちょっと私が大人になったとき、おばちゃんも少し落ち着いて、相変わらず仕切り屋を発揮しながら、時々疲れた顔を見せるようになった。引っ張る人として認識されてるからみんな頼りにするし、だけどおばちゃんは甘えるところがないんだと思った。

みんなでケーキを食べようとしてるとき、私そんなんいらんわ、みたいに軽くいって横を向いて煙草を吸い始めたとき、私はわざと子供みたいに馬鹿っぽく、「おばちゃんこれおいしいわ。食べた方がいいで」と言うと、「そ~お?」と嬉しそうに笑ってケーキを食べてくれた。おばちゃんは苦労をしてきて、なんだかんだ人の気持ちに本当はとても敏感な人で、そのことによって、後々、両親よりも、私の気持ちにいちばん敏感に寄り添ってくれるようになった。

色んなことがあって、誰にも言えなくて、人生が滞ってしまった私に対して、腫れ物に触るようにはしないこと。笑い飛ばしてくれること。たまには黙って横に座ってくれること。私みたいな人でも小さなことで頼りにして、私を役に立たせてくれること。

私は人生のレールを外れたけど、そのお陰で学べた優しさだと思うので、大切にしたいと思う。


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