barayuka雑記

人生に迷う人。心の整理、ひとりごとなど。

枠組みと言葉

2017-12-07 09:13:13 | 日記
壊れた最低限の枠組みのかけらを拾い集める。
私には枠組みがないからメタな視点が持てない。
感覚でわかっていても、それを言葉にできるかできないかには大きな違いがあると思った。

わかってるんだ。でも、言葉で説明されたとき、自分にはやっぱり足りないものがあるんだなと思った。悔しいのじゃなく、そんな風に私も言葉にできたらいいのにと思った。
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たったひとつの賭けだった

2017-12-04 04:22:48 | 日記
私にはもともと、たったひとつの賭けだった。

立ち止まってはいけなかった。立ち止まったら動けなくなってしまうから。深く考えなかった。直感的にそれを選んでいた。

一度それを疑った。でも疑わなくてよかったのかもしれない。

結局それしかないのかもしれない。

他の人みたいになれなくても、かっこ悪くてもみっともなくても、私にはそれしかなかったのかもしれない。
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選ばれないトラウマ

2017-12-03 08:24:04 | 日記
昨日父が、綾瀬はるか主演の『ホタルノヒカリ』の映画をみていた。以前ドラマでやってたのを何回かはみたことあって、干物女、という言葉も覚えていた。ただ年齢で言えば、干物女ってわたしよりひとまわり歳下くらいのときに使われた言葉だと思うのだけど…。

ストーリーを説明するのは、ネタバレどうこうとかいう理由ではなくあんまり好きではないのだけど、主人公は干物女ながら理解ある上司と何だかんだを経て結婚しており、新婚旅行に行った先で出会った干物女らしき女性と偶然出会う。
でも彼女にはかつては結婚をしていたけど、その後相手を喪う体験をしていたことが徐々に明らかになっていく。コメディなんだけど喪失の傷を抱えて生きる意味がわからない、そこはみるひとによってはただのドラマなんだろうけど、その傷が少しでも分かる人にとっては、「ほっておけない」と主人公たちが彼女を助けようとすったもんだするくだりは、心を動かすものがあった。
綺麗事のようなドラマが必要なのはこういう作用があるからなんだと自分は思う。

喪失のトラウマ、というのは、離婚や死別というものに限らず、人に裏切られるとか、夢を失うとか、思い通りにいかない現実に共通した痛みというのはたくさんあると思う。喪失という言葉でなく、トラウマという意味では、心の痛みには全て繋がってるようなものがあり、そこに共通して見え隠れするのは多分人との信頼や繋がりなんだろう。繋がりがあるから裏切りや喪失がうまれ、また繋がりを取り戻す、救われる、希望を取り戻す、ということにも繋がる。

映画は最後までみれなくて、傷にふれて泣いてるのを知られたくなくて、席をたってしまったのだけど、少しの動いた心から解放されてきたものは、傷ついたために繰り返してきた、遠慮することだったり、自分は選ばれない、というストーリーだった。選ばれないトラウマ。
敗者、という立場を一方的に背負わされ、惨めという眼差しを向けられ、慰めをかけられ、幸せの定義なんて何かわからないのに、 笑顔でいても目標を持っても痛々しくみられたり、そうはいっても自分がやっぱりどこかで強がってるように思えたり、どんどん自分がわからなくなっていく。素直にもなれなくなっていく。


追記

何も喪っていないのかもしれない。
諦めなければ。
それでも人には嘆く時期も自暴自棄になる時期も、その時は必要なのかもしれない。結果的には。

※この記事は一時下書き保存して時間差で4日に投稿しました。
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まとまらない気持ち

2017-11-28 00:32:20 | 日記
まとまらない気持ち、いっぱい

言葉にできないことばかり。

納得いかなかったり、不満だったり、不安だったり、背中にこびりついてるけど、どれも抑圧されてて、やるせない、と言ったらいいのか。

安心したい。安心してこの気持ちを誰かにこぼしてしまいたい。そうして、大丈夫だとわかったらいいのに。


話を聴いてくれた人がいた。全部は話せないし、それでも迷惑だったかもしれないけど、時間をとってくれて、丁寧に対処してくれて、少し心がほぐれた。ありがたかった。
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悲しいのは

2017-11-25 03:58:29 | 日記
悲しい、のは悪いことじゃない。
くっきりした悲しみは自分のことをわからせてくれるから。
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