むかわの阿呆演劇日誌

演劇についての劇日誌やつれづれの芝居生活について

唐組「夕坂童子」(08.4.26(土)) 大阪精華小グラウンド・特設紅テント編集する

2008年04月27日 18時28分10秒 | Weblog
来年、唐組が関西でみれるのか。そんな不安もいだきつつ、その一期一会に帰ろうとひとりで早くから並び(出ている役者で丸山厚人さんが元未知座小劇場の息子さんとうこともあり、そのルートから簡単に入れるということもあったが、好きといえる芝居を自ら並んでみる。そんな当たり前のことへもどったのだ。)
 整理券交換は1時からということで、昨日も書いたように午前10時30分ぐらいから、並びはじめた。かつてはその時間では京都公演でも10人ぐらい並んでいたのに、これまた娯楽が増えたのか。どの劇場でもそういう人をみかけなくなった。でも、そんなことにめげず、天気もよく、大阪制作の人に電話して確認して並ぶ。しばらくして、劇団員のひともあらわれてあいさつをしてくれる。
 そしたら、きのうもかいたように、二番手の方がこられ、この方も京都からきたという。話しているうちに、芝居関係の方でなんと西部講堂で芝居もしたり、昨年のパレスチナキャラバンの京都受け入れをしているひとで、さらに話していくと世話になって知っているひとたちと友人の方であり、現在は物書きのひとでした。2時間30分はあっという間で、とても不思議な縁でした。そういえば、かつて、第三舞台などの前売りで並んで、知り合いになった方もいまもつながっているなあと思う。
 芝居をやるひとはあまり観客をしないひとが多いが私は芝居観客でもあり、それとは別に芝居創作者である。それは相反しないし、別の視線である。

 まあ、昨日も書いたが昔、芝居にでてもらった仲間が吉本新喜劇にはいっていて偶然出会う。

 不思議な出会い。

 それは芝居もそうだった。テントのかぶりつきで、みた鶯の鳴かない鶯谷、谷中。そこに夕日差し込む坂があり、その場をめぐるひとびとがあらわれててくる。
 花やしきのおばけやしきに自分の影のわからなさをもちながらさまよい、朝顔にひかれここにきた奥谷六郎。かれは下町にしみつきながら、夕日差すこの地、朝顔を持ち出す。
 彼にひきだされるように、駅前のパーマ屋につとめる天真爛漫な谷朝子。
 切ない思い茨をわたりつづける蜜蜂マーヤ店を丘に売り、いとしいはかなさを漂わせる風間夕子。
 そして、この入谷坂本商店街を仕切るたきつけ、〈夕日にかざす手袋〉を仕掛ける男、丘公助。
 朝子の兄で入谷坂に夕陽に蝋の手袋をつくろうとする谷影三郎。

 それらのものたちは日々をぬけだし、せつなのおもいのその一瞬に
、それは夕暮れが逢う間が時とよばれるように、奥谷六郎というひとをとおして、花やしきのおばけやしきをとおるがように、下町のからだの匂いがいきる想いかがやきのごとく、さかしまになってせつなさとともにであう。

 唐は女になりセーラー服をきて、情夜涙子として、より幻のおかま(男と女の重なり者)として軽妙に、導き、いざなう。

 今回は珍しく1時間30分であったが、それはもはや、こんな想い想われにこころゆれふれるものに、出会うときは身近な(短な)ときにしかないものかもしれない。ことばからことばではなく、からだからことば、そしてものからまぼろしのはなが咲き見えてくる。熱いものは刹那をとおりぬけ、別世界へとはいっていくのだ。

 時(刻)の針に逆らいながら
 いつも左に巻いていく
 その蔦は
 おれの櫂
 だけど
 おれにもわからない
 長い眠りの
 闇の奥
 「それで咲くのは一刻なんて!」
 その長いトンネルで
 いったい、どんな夢をみたと
 いうのか
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