むぎの城さんぽ

日本100名城を巡る旅と日本城郭検定1級合格を目指してます。近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

高山城(岐阜県)

2016年10月19日 08時02分21秒 | 北陸・東海地方
築城者 金森長近
築城年代 1588年(天正16年)

場所 岐阜県高山市

織田信長の安土城に影響を受けた城。

金森長近が飛騨を制圧、4代続くが出羽上山に移されると飛騨は幕府の領地となる。
高山城の管理は加賀金沢藩に任されたのだが、幕命により取り壊しが決定された。
金沢藩主前田綱紀によって取り壊しが命じられ、わずか60日で建物だけでなく曲輪、土塁、石垣までも
すべて破壊されてしまった。



金森長近公銅像

二の丸にある銅像。
ここは城山公園になっていて、駐車場とトイレが完備されています。



駐車場にある土手に階段がふたつありました。
その先に続く道はないのですが何かの名残なのでしょうか。


それではいざ、登山!

今回は大手道ではなく、搦手側からの道を登って本丸を目指してみました。
公園と聞いていたので本丸まで車で行けるのかと思っていたら、車で行けるのは二の丸の公園まで。
二の丸から本丸まではしっかり山道です。(疲れた~)


中段屋形




さらに登る。道は整備されているが体力が無いのでとても疲れます。
蛇も居るので踏まないように注意しましょう!

水手門

ここには井戸に行く門があったようです。



ようやく本丸へ到着。
ここまで登って来た頃には日が暮れはじめてしまい、辺りは薄暗くなってきました。
早く帰らないとヤバいかな^^;とちょっぴり焦り出す。


搦手之門

ここには良く見ると足元に礎石と思われる石が地面に二か所埋まっています。


門の礎石

柱を立てたであろう溝がはっきり残っています。


本殿櫓



拾間櫓

標柱が各所跡にあるのですが櫓が以外に多い。




玄関の石垣

この石垣の上には使者の間が建てられてた。
現在残っている本格的な石垣(復元)が見られるのはここと二の丸のみとなってしまった。
道中、崩れてばらばらになった元石垣であったであろう石もあります。


使者の間玄関

本丸屋形の入口で玄関をくぐると石垣がある。


使者の間と玄関

ここには門が設置されていたようだ。


天守跡

ここにはかつて高石垣の天守台の上に、安土城を思わせる望楼型の天守があったとされる。


本丸屋形平面図

この想定図を見ると高い天守は無く、御殿のような造りであったことがわかる。


本丸屋形

実際山の上で生活したとすれば、信長の安土城のような発想ですね。
安土城ほどではないのですが山のてっぺんで生活するって大変だと思うのですが
昔の人はすごいなあと思う。


風呂屋

お風呂もあったんですね。


大広間




廃城後は城下にある高山陣屋が政務一切を執り行うよになりました。
飛騨が幕府の直轄地になり、役所が置かれ高山城は「高山陣屋」へその役目を変えていきました。




表から行かず、裏から行ったので急な坂道だったのか、とにかく疲れました。(この程度で?と思われるかも)
しかし夕方から登り始め、二の丸駐車場に戻ってくる頃には足元が見えなくなりそうなくらい暗くなっていました。
早朝の城さんぽもできなくなり夕方も油断してるとすぐ日が暮れてしまう。
そんな季節になってきたんですね。



平成28年10月16日 登城
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