むぎの城さんぽ

日本100名城&続日本100名城を巡る旅と日本城郭検定1級合格を目指してます。近頃は山城歩きもエンジョイしてます!

堀田佐野城(栃木県)

2017年04月20日 06時35分48秒 | 100名城以外の城
堀田佐野城(ほったさのじょう)
別名 植野城(うえのじょう)
構造 平城
築城者 堀田正高
築城年代 1614年(貞享元年)
指定史跡 市指定史跡
場所 佐野市植下町
【 地図 】


植野城は元々陣屋で、1829年(文政12年)に城主であった掘田正敦が寛政の改革での功績により
陣屋が城主格に格上げになったので、城主格とされました。
その後堀田家は明治2年の廃藩置県まで存続し、廃藩置県により佐野県知事となりました。
同年11月には栃木県が成立したことで県知事としての役割はわずか4ヶ月でした。
版籍奉還のため城は廃城となり、建物は大手門、裏門、中門が移築され残っているのみです。





佐野城城郭図

黒御影石で造られた縄張り図。
この辺りが御殿にあたり、本丸付近になります。


佐野城墟碑

墟碑の碑文は旧家老西村茂樹が書いたという。


駐車場

公園に設置された駐車場。3台分の駐車スペースがあります。




庭園を飾る公園の門。
現在本物の大手門は堀田家の菩提寺「東光寺」に移築されています。
そして中門、裏門は民家に移築されています。



整備されたばかりのきれいな公園です。





御泉水
実際の御泉水はもっと東側にあったようですが、
形状を保全・継承しているそうです。


東屋




武士長屋と庭園があったであろう場所です。


堀田稲荷神社

鬼門除けのために建てられたという神社があります。



ここは築城当時からあるものと思われ、土塁とともに残されています。



大手道はこの方向にあったと思われるのですが…よくわかりません。


黒御影石で出来た城郭図があるのですが、現在地が記してないので見てもよくわからない。
稲荷神社が当時から同じ位置であったとして考えてみて、本丸とされる民家横の城祉碑のある場所
をあてはめて城郭図を見ると益々位置関係がわからなくなる。
私の理解力が足りないのでしょうか…。



平成29年4月9日登城
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