トーキング・マイノリティ

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世界を震撼させた日本人テロリスト その②

2017-06-29 21:40:01 | 世相(外国)

その①の続き
 逮捕された岡本公三はイスラエル当局の尋問に対し、こう供述していたという。
映画『栄光への脱出』(原題:Exodus)を観て感動したことがあり、イスラエルの民族主義には好意を抱いている…」
 これはイスラエルの建国ドラマを描いた歴史映画であり、明らかに親イスラエルの立場をとる作品なのだ。ロッド空港乱射事件の実行犯の口から、このような供述内容が出たとすれば、イスラエル当局ならずとも混乱するはず。
 最大の犠牲者を出したのは聖地巡礼に来たプエルトリコ人だったにせよ、イスラエル人8人が死んでいる。こんな人を食った供述をイスラエル当局が鵜呑みにするはずもなく、陳述において岡本は民間人を殺害したことに謝罪しなかった。

 イスラエル政府は当初死刑を検討していたが、最終的に終身刑を求刑、判決確定後に岡本は服役する。岡本の親はイスラエル政府に対し、息子への死刑を求めたともいわれるが、結局は終身刑となった。これだけ見れば、イスラエル・シンパのみならず日本のリベラル派は、イスラエルの人権意識の高さを称えるかもしれない。
 そのまま岡本は死ぬまで監獄で過ごすはずだったが、1985年、イスラエルとPFLP-GCパレスチナ解放人民戦線の分派組織)との捕虜交換により釈放される。釈放後は日本赤軍の本拠地のあるレバノンに戻っている。

 この釈放からも死刑にしなかった本当の理由が伺えよう。そもそもユダヤ人が異教徒にそれほど人権主義があるとは到底思えず、捕虜交換の駒に利用したのだから、改めてユダヤ人の強かさを思い知らされた。
 服役中に岡本は高さ2m、奥行き3mほどの狭苦しい独房に収容されていたという説もある。例えこれが虚報だったとしても、パレスチナ人捕虜への虐待で悪名高いイスラエルの治安機関が、この日本人テロリストを人道的に扱ったとは考えにくい。服役で精神疾患となり、釈放後の記者会見では発語などに障害を負ったと見なされた。

 今年4月下旬、岡本は潜伏先のレバノンの首都ベイルートで毎日新聞の取材に応じており、「一度は(日本に)帰りたいが、普通には暮らせないだろうから帰国にこだわりはない」と言っている。さらにこう語ったそうだ。
事件はテロではなく、PELFと共同で起こした武装闘争だった。武装闘争は今も昔も最高のプロパガンダになる
 つまり、多数の人命を奪った行為を武装闘争と未だに強弁しているのだ。「テロリストは地獄の果てまで追いつめろ!」で、ブログ主が憤慨して書いた内容は、多くの日本人が共有する想いだろう。
この凶悪犯罪者は何寝言言ってるんでしょう?イスラエル、テルアビブ空港で一般市民を銃乱射で無差別に虐殺したくせに、のうのうと今まで生きているなど言語道断。完全にテロリストですよ。毎日新聞よ、なぜ取材できるんだ?お前らはテロ支援者か?

 但し、日本のマスコミによる岡本への取材は今回が初めてではなく、wikiに載っているだけで他に4回もある。2000年3月、2002年テレ朝「ザ・スクープ」での独占取材、2003年の共同通信など。共同通信は昨年5月14日にも岡本への取材を行っていて、毎日新聞だけが支援者ではない。
 インタビューで岡本は、「日本に帰って昔の友人たちに会いたい」(2003年)、死者の多くがプエルトリコ人だったことに「犠牲者には哀悼の意を表したい」(2016年)と語っていたこともあった。同時に「まだ事件当時の24歳のままの気持ちである」(2002年)とも言い、現在でも精神は事件当時の24歳のままで止まっているのだ。
 1947年12月7日生まれの岡本は今年70歳を迎える。事件当時、岡本の顔写真を見た私の母は、「こんな、めんこい(宮城の方言で可愛いの意)兄ちゃんが…」と言っていた。

 岡本の次兄・岡本武よど号グループのメンバーで、岡本はこの兄を非常に尊敬していたという。だが、兄は北朝鮮で不審な死を遂げている。よど号グループから支援者に対し、岡本が土砂崩れによって1988年に妻と共に事故死したと発表されたが、北朝鮮を取材しているジャーナリストは別の説を述べている。
 1980年代末に漁船を奪取、北朝鮮から脱出を図ったものの捕らえられ、強制収容所に送られ死亡したと言うのだ。真相は未だ謎にせよ、土砂崩れで妻と共に事故死など、全く信用できない。

 興味深いことにwikiには、ロッド空港乱射事件への「北朝鮮の関与」が載っている。2009年、イスラエルの人権団体「シュラト・ハディン」が、北朝鮮が日本赤軍への支援を行ったとしてプエルトリコの連邦裁判所に対し、北朝鮮を相手取り遺族への総額3,000万ドルの補償を要求する訴訟を起こしたとか。
 裁判の結果は記載されておらず、仮に補償が全額認められたとしても、北朝鮮が払うはずもない。逮捕前、重信房子は何度も中国に出入国を繰り返していることからも、日本赤軍は中共からの支援も受けていた。ちなみに日本政府は、乱射事件犠牲者に100万ドルの賠償金を支払っている。
その③に続く

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