トーキング・マイノリティ

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酒を愛したムスリム詩人 その②

2007-02-17 20:26:11 | 読書/中東史
その①の続き
 ペルシア人のオマル・ハイヤームはイスラム以前の古代ペルシア王朝に思いを馳せている。サーサーン朝(226-642年)の首都だったクテシフォン(現イラク)の廃墟に立って詠んだ詩は胸を打つものがある。

天にそびえて宮殿は立っていた。ああ、その昔帝王が出御の玉座、名残の天蓋で数珠かけ鳩が、何処(クークー)、何処(クークー)とばかり鳴いていた。

バハラームが酒盃を手にした宮居は狐の巣、鹿のすみかと成り果てた。命の限り野驢を射たバハラームも、野驢に踏みしだかれる身とはてた。

  バハラームとはサーサーン朝のバハラーム5世(在位420-438年)であり、夫人を伴って野驢(グール)狩りをしたことで知られ、バハラーム・グールと あだ名された。サーサーン朝時代の后は後宮に閉じ込められているばかりでなく、夫と共に狩りや乗馬を楽しんでいたのだ。ハイヤームの古の王朝への感懐は、芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」「五月雨を降り残してや光堂(中尊寺金色堂を指す)」とも通じるところがある。

 オマル・ハイヤームの生きたセルジューク朝は乱世であり、学問研究が困難な時代でもあった。彼はそれを嘆いてこう記している。
「我々は多くの学者たちが落伍するのを目撃した。今は彼らも、その困難の大なるかわりにその数の極めて少ないものに減じてしまい、しかもその少数をもって困難な生活を省みず真理の探求と学的研究とに従事してきたのである。
 し かるに現在の知識人の大部分は真理を虚偽にすり替え、ごまかしと見栄えとを排撃しようともしない。彼らは自らの有する僅かばかりの知識を利己的な卑しい目 的のために利用している。そしてもしここに、真理の探究と正義への愛において立派な人間があって、虚偽を払いのけ、ごまかしを捨てようと努めるとすれば、 彼は嘲笑と憎悪の的になるのである

 これは何もハイヤームの生きた時代ばかりではなく、平和なはずの現代日本の学会においても五十歩百歩ではないか。真摯な学者こそ、いつの時代も嘲笑と憎悪の的になるのかもしれない。
 乱世での限りある命。それゆえ、ハイヤームは諦観と現世を謳歌する詩を書き連ねる。決して短絡的な刹那主義、快楽主義に逃避していたのではない。

善悪は人に生れついた天性、苦楽は各自与えられた天命。しかし天輪を恨むな、理性の目に見れば、彼もまたわれらとあわれは同じ。

戸惑うて我らをのせてはめぐる宇宙は、例えてみれば幻の走馬燈だ。日の燈火を中にしてめぐるは空の輪台、我らはその上を走りすぎる影絵だ。

ないものにも掌の中の風があり、あるものには崩壊と不足しかない。ないかと思えば、すべてのものがあり、あるかと見れば、すべてのものがない。

さあ、起きて、嘆くなよ、君、行く世の悲しみを。楽しみのうちにすごそう、一瞬(ひととき)を。世にたとえ信義というものがあろうとも、君の番が来るのはいつか判らぬぞ。

 陳舜臣氏の小説『桃源郷』にオマル・ハイヤームが登場する。この作品ではハイヤームは実はマニ教徒であり、迫害を避けるためイスラム神秘主義者を装っていたとの設定になっている。マニ教徒というのはおそらく陳氏の創作だと思うが、陳氏もハイヤームの詩の翻訳を試みているから、お気に入りの詩人なのは確かだろう。

■参考:「ルバイヤート」岩波文庫

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6 コメント

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がなくちゃあ (セリ摘み王キモト)
2007-02-19 22:10:48
最近の新聞にてパキスタンの酒販売店の記事がありました。





これは当然、国民の為でなく外国人の為で記事の写真はパチンコの景品交換所みたいな感じです。





これも当然なんですが酒類を購入するには許可証が必要だそうです。





しかし、この販売店には人が途絶える事なくしかもいかにも現地民みたいな人ばかり。





更にこの販売店には毎日の様に大量の酒類が入荷する事だそうです。





別の話で少し昔の事なんですがサウジアラビアではよく道路ではうち捨てられた車をよく見るというのです。





これは飲酒運転で事故を起したドライバーが乗り捨てていった物だというのです。





僕も酒無しの人生は考えられません(*^_^*)。
下戸には分からない世界? (スポンジ頭)
2007-02-19 22:36:54
こんばんは。

はるか昔オマル・ハイヤームの詩を岩波文庫で読んだことがありますが、人生の諦念に満ちていたような記憶があります。クテシフォンの廃墟の遺跡を詠んだ詩は杜甫の「春望」にも似通ったところがあると思います。大国であっても唐もイランも過酷な歴史を辿ってますね。

しかし、私は下戸なのでいわゆる酒の旨さと言うものが分かりません。相当甘いカクテルやワインなら少しはいけますが、普通の人から見ればおそらくジュースを酒と称しているようなものでしょう。オマル・ハイヤームの世界は私に無縁なようです(苦笑)。
酒か飲める~ (mugi)
2007-02-20 21:23:49
>キモトさん
ムガル帝国時代のインドは結構ヒンドゥー、ムスリム共々酒を飲んでいたそうですよ。
酒に薬草のエキスを混ぜて、これは酒でなく薬である、と屁理屈をつけて、飲酒したバラモンもあったとか。
本格的な禁酒がはじまったのは、むしろ英国支配時代だったそうです。英国人と我々は違う、と強調するために。

厳格なワッハーブ派が国教となっているサウジも、実態はどうなっているのやら。
断酒はとても… (mugi)
2007-02-20 21:24:59
こんばんは、スポンジ頭さん。

ムスリムにもオマル・ハイヤームのような文化人がいたのは興味深いです。教条主義的な神学者よりも、酒飲み詩人の方が深く人間や人生を語っています。

私は酒豪には程遠いのに酒好きなので、オマル・ハイヤームのように酒を讃える詩を見ると、すぐ共感してしまいます(笑)。
二日酔いの時は、飲みすぎたのを悔やむのですが、それでも断酒など考えられません。
酒酔い人の戯言 (Mars)
2007-02-21 00:00:35
こんばんは、mugiさん。

酒は人類の最大の友とも、百薬の長とも言いますが、過ぎたるはなお及ばざるが如し、です。
私も二日酔いで、出社するのが大変辛い時は、禁酒を誓うのですが、帰宅時には、、、(汗)。
上手に、長く、付き合いたいものですね。

私はついつい、浴びるほど(?)酒を所望しますが、酒に酔っているのかどうかまでは分かりません。
また、お酒は、時に気分をハイにしますが、落ち込んでいる気持ちを、よりブルーにも、ブラックにもさせてしまいます。
だからこそ、何も言わない液体に、思いを託すものかもしれませんね。
(酒に流される、弱い自分を、時に責め、時に許してもらう。そんなものかもしれません。)

他人との繋がりでも、酒のあるなしで、態度が変わる事も多々あります。
臆病な私なぞは、お酒の力を借りなければできないことも、多々あるようで(汗)。

今回のエントリーとは全く関係のないことばかりで、大変、申し訳ないです。

追伸、
最近のmugiさんがお好きなリキュールは何でしょうか?
私の場合、最近は特に、ウィスキーを飲むことが多いです(宮城にも某メーカーのウィスキー工場もあるとか。ここ千葉にも、某メーカーの千葉限定ブレンド・ウィスキーも発売されていましたが。)。

カクテルも美味しいですが、ジントニック、マティーニ、XYZ、カシスオレンジ、モスコミュール、カルアミルク等、色々ありすぎて目移りしますが、mugiさんはどのようなのがお好みでしょうか??
(私がお酒を飲み始めた時は、バイオレット・フィズが好きでした。某映画で出てきました、ヴェスパーも、一度は呑んでみたいものです。)
禁酒法 (mugi)
2007-02-21 21:31:30
こんばんは、Marsさん。

昔、アメリカで良心的な動機から禁酒法が出来ましたが、その結果は分かってます。
イスラムでいかに禁酒の戒律があっても、酒を飲むムスリムは現に絶えない。これ程人間社会にマッチしない戒律もないですね。マッチしないから、ますます理想に合わせようとして、戒律でがんじがらめにする悪循環。

ムガル朝の開祖バーブルもムスリムの癖に大の酒飲みで、「酒を飲んだ事のない者に、酒の良さなど分からない」と言ってます。このような人物の方が好感が持てますね。ひたすら信仰に明け暮れるだけの人生は味気ない。

好きなリキュールは何?、と問われましても、迷いますね(笑)。
どれも美味しいし、それぞれ味が違う。逆に嫌いな種類は?、と言われても、思い浮かばない。
昔はカルアミルクをよく飲んでましたが、最近はジントニックになってきました。こんな事を書くと、また飲みたくなります、、、

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