トーキング・マイノリティ

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ペルシア帝国-専制君主国家の実態

2007-04-03 21:19:10 | 読書/中東史
 ベストセラー『ローマ人の物語』では、ローマと世界の覇権を争ったペルシアを、著者の塩野七生氏はよく「専制君主国家」 と表現している。私の手元にある国語辞典(小学館)で「専制君主」を引くと、「自分の考えだけで政治をとる君主」とある。『ローマ人~』の読者の中には元 老院の意見を無視できないローマ皇帝と違い、ペルシアは文字通りの専制君主国家と思われた方も少なくないかもしれない。しかし、ペルシアの実態は必ずしも そうではなかった。

 職業聖職者や経典のなかったローマの宗教と異なり、ペルシア帝国はゾロアスター教が国家原理だった。この民族宗教は 神の前の平等は説いておらず、僧侶、王侯貴族、平民という階級制から成り立つ。ペルシア皇帝といえど神ではなく、最高神アフラ・マズダー神から地上の統治 を任された存在であり、神聖視されても神格化とは意味合いが異なる。
 さらにペルシアは貴族勢力がかなり強かった。イスラム化した現代でもイラン (ペルシア)は家柄や伝統を非常に重んじる気風があるので、特にイスラム以前は血統が尊ばれた。大貴族となれば一種自治領君主のような勢力を持つほどなの で、皇帝でも貴族の意向は無視できなかったのだ。

 貴族よりペルシア皇帝に対抗する勢力を持つのがゾロアスター教の聖職者たちだった。ゾ ロアスター教の教義上、神官は王侯に君臨し、神官の優位性を説いている。喪に服する際も、王侯より僧侶の方が期間が長いこともしばしばだった。インドのバ ラモンもクシャトリアより尊い階級であり、「例え百歳のクシャトリアでも、十歳のバラモンに接する時は自分の父親に対するのと同じように振舞うように」と 説くほど尊大だったが、ゾロアスター教も似たようなところがあった。
 ゾロアスター教の高位聖職者となると、皇帝に助言というより、正しき行いに君主を導くのが使命と宗教人特有の考えをしているため、貴族より遥かに厄介だった。

  ペルシア皇帝でも英明な君主なら、聖職者や大貴族の介入を阻止することも出来た。キリスト教をもっと弾圧するよう迫るゾロアスター教の僧侶に対し、きっぱ りはねつける皇帝もいる。しかし、英明な君主など何処の国の王朝でも至って少ない。凡庸な皇帝となれば神官や貴族に操られ、到底「自分の考えだけで政治を とる」ことなど望めない。これが専制君主国家ペルシアの内情である。

 先月の記事「アペルタ」でも触れたが、「バカの一つ覚えのように」軍事示威行為を繰り返すパルティアを 塩野氏は辛口に書いている。ローマ側から見ればバカかもしれないが、ペルシアの立場からすれば聖地奪還目的もあるのだ。ならば狂信に取りつかれていたと思 いきや、パルティア時代のペルシアは宗教にかなり寛容であり、国内には様々な宗教が共存していた。ユダヤ教徒でさえも、この時代は何とペルシアで布教して いたのだから、もしかするとローマより宗教に寛容だったかもしれない。

 サーサーン朝となるとゾロアスター教が国教とされたため、前王朝のような宗教の寛容は失われる。それでもキリスト教化したローマよりは寛容だった。異端とされたネストリウス派もローマへの牽制の目的もあるが、亡命を受け入れている。だが、ネストリウス派は亡命先でも狂信からゾロアスター教の祭司を殺害したり、寺院を破壊するなどの宗教テロを行ったため、受入国の怒りをかう。
 サーサーン朝がキリスト教徒をしばしば迫害したのは事実だが、ネストリウス派に限らず、キリスト教徒はかなり戦闘的で、ローマと連動して反社会的行為を働くこともあったのだ。

  またサーサーン朝は、異教的学問の排斥が進んだ東ローマ帝国からの多くの学者の移住も許し、彼らに学問の場を与えた。このため、ギリシア、ラテン語の文献 が多数翻訳され、その後古代西欧の学問はイスラムに引き継がれる。21世紀でもギリシア・ローマ時代の英知が残っているのは、サーサーン朝の功績も大き い。

 塩野氏はオリエント式が進んだローマで、性格もハッキリせず、温和なタイプの女が増えたと書いているが、12世紀に書かれたロマンス「ホスローとシーリーン」(東洋文庫、ニザーミー著)などを見ると、結構性格もハッキリしたペルシアの女が登場する。恋人と共に乗馬やポロを楽しみ(ポロはペルシア発祥)、男にあけすけモノを言う。東洋の女イコール従順というのは、やはり西欧男の今でも続く幻想のようだ。

  以上の記事は無名の一ブロガーから塩野氏への、ささやかな反論。『ローマ人の物語』で、専制君主国と断定されたペルシアの実態が分かっていただければ、幸 いである。専制君主体制イコール抑圧国家というのは、西欧の偏見と愚にもつかぬマルクス史観の影響があるのだから。 

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2 コメント

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勉強になる異論 (田舎のダンディ)
2007-04-04 10:03:17
なるほど、節度ある反論という訳ですね。

確かに、日本人は、ローマの歴史に関心はあるし、好きといってもいい。それを増幅させた塩野七生氏への評価も高い。しかし、異見・異論があってしかるべきですね。勉強になりました。

>専制君主体制イコール抑圧国家というのは、西欧の偏見と愚にもつかぬマルクス史観の影響があるのだから。

民主的でなければすべて駄目と思っている左翼の方も多いですが、逆に人類の歴史を貶めています。人類も色々あってここまで来たが、これからどこへ行くのかは分かりません。古代の、神近き人の君臨の方が優れている面もあります。私は、本当はそう思っています。
異論 (mugi)
2007-04-04 22:00:10
>田舎のダンディさん
西洋史に関して私の知識は教科書と塩野本くらいの程度ですが、いかに「ローマ人の物語」にしてもペルシアの表現には異議を唱えたくなる面がありました。塩野氏は「何故キリスト教徒でもない日本の学者は、キリスト教徒の書くローマ史を鵜呑みにしたのだろう」と雑誌のインタビューで仰られてましたが、それならキリスト教徒の書いたペルシアも正確とはならない、となります。

左翼の方の歴史観はどうしようもない。人間性が全く見えないから、節度のある反論などまず出来ない。彼らは異論を出されただけで、すぐナーバスに“批判”と被害妄想に受け取るのです。

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