その一、その二の続き
いささかでもキリスト教の知識のある方なら、イエス誕生時に遠方からベツレヘムを訪問した「東方の三博士」を知っているだろう。邦訳では “博士”又は“賢者”とされているが、原語ではギリシア語の複数形「マーゴイ」、つまりラテン語のマギであり、ゾロアスター教の祭司階級の呼称なのだ。「東方の三博士」物語は教祖誕生にまつわる神話が伝説化したのは間違いないだろう。ちなみにイスラムにも似たような物語があり、 ムハンマドの元を訪れ祝福したキリスト教徒の伝承もある。
クリスマスシーズンの際、欧米諸国では子供達によるイエス誕生の劇がよく催されるそうで、「東方の三博士」役には欧米在住の ゾロアスター教徒の子供が当てられるらしい。ゾロアスター教徒の子供たちがそれをどう感じているのかは不明だが、重要な役どころなので 結構喜んでいるのかもしれない。私自身、カトリック系の私立幼稚園児だった頃、この劇を楽しんで見ていた。異教の聖職者たちが、 生まれたばかりのイエスにひれ伏すという芝居を。
既存宗教の賢人が新興宗教の開祖を祝福するという話こそ、後者の権威付け目的のために創作された物語の典型ではないだろうか?釈迦の誕生にも噴飯モノのエピソードに事欠かず、生まれたばかりの赤子が7歩も歩いたの話を信じている日本人仏教徒はいるのだろうか。あらゆる新興宗教も突然変異的に発生したのではなく、クッキングホイルさんの言葉を借りれば、「先輩宗教から多くの要素を取り入れている」のだ。
ただ、宗教というものは異教からの影響や要素を認めたがらず、己の信仰こそ第一であり、絶対視する特徴を持つ。実は大乗こと北伝仏教もゾロアスター教の影響を受けており、観音菩薩や大日如来などはゾロアスター教の女神アナーヒターや最高神アフラ・マズダーとの関連性を指摘する学者もいる。阿弥陀仏の原名アミターバ(無限の光をもつもの)から、ゾロアスター教の光明神と結び付くと考える研究者も。
しかし、日本の仏教学者には何故かゾロアスター教の影響を指摘しない傾向がある。著名な宗教評論家ひろさちや氏もエッセイで 「チンワト橋」に言及しても、大乗仏教へのゾロアスター教の影響は書いていなかった。ゾロアスター教の死後の世界に登場するのがチンワト橋で、死者は必ず渡らねばならない橋。善人はこの橋を渡り天国に向かうが、悪人は落とされて地獄行きとなる。
つまり、ひろさちや氏はゾロアスター教の知識があったにも拘らず、仏教への影響を黙殺していたのだ。既に江戸時代の学者・富永仲基さえ、大乗仏教は全て後世の人間の創作であり釈迦の説いた仏教ではないと、大乗非仏説を唱えている。多くの日本人仏教徒が口にする 南無阿弥陀仏も、阿弥陀仏に帰依するという意で、釈迦は南無阿弥陀仏と唱えよとは一言も言っていない。
ゾロアスター教の終末論は、内容的にもユダヤ・キリスト教の終末論と類似したところがあるが、前者が古いのは書くまでもない。元から他の神を否定することで成り立つ一神教ゆえ、異教の影響など絶対認められないだろう。近代に訪印したキリスト教宣教師はパールシーにも布教を開始、説教の他にもパンフレット、日刊新聞という新しい媒体による論文を通じ、ゾロアスター教を攻撃する。聖書の一節からも、宣教師が布教に血道をあげるのは正しいことなのだ。
−信じてバプテスマ(洗礼)を受ける者は救われる。しかし、不信仰の者は罪に定められる。(マルコによる福音書16-16)
クッキングホイルさんのブログコメントで、初めて知り、愕然としたことがある。次はその一文。「第二バチカン公会議(1962-65年)までは、 カトリック教会は信徒が聖書を読むことを禁じていました」(2011-12-23(金)19:57)
その理由を、「聖書をしっかりと読むと、神が御伽噺であることが露見してしまうからです」と書いていたのは大いに納得。他宗教でも聖職者は平信徒には「知らしむべからず」の姿勢をとっていたし、特権的地位を維持するため情報や知識を独占する意図もあったはず。
新興宗教とは既成宗教への改革、革命から成立しており、母体となったり影響を受けた先輩宗教を否定することから始まる。それがイデオロギーと化し、違いを強調することで発展、拡大する。ザラスシュトラやイエスも宗教改革者でもあったし、宗教が必要とされる限り、似た様な人物は人類史に幾度も登場するのだ。
◆関連記事:「パールシーと西欧の衝撃」
「日本で受けないキリスト教」
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おしゃかさんが「火が人を清らかにするのであれば、鍛冶屋が一番清らかなのか」と護摩を批判しているのにも関わらず、実際には「密教」があって仏教だと自称していますね。
友人に真言宗の僧侶がいますのでこの点聞いてみたのですが、仏教は必ずしも釈迦の後継者というだけではない、という説明を聞いて、認識を新たにしたことを思い出します。
「聖書」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9B%B8
によりますと、
かつては書物自体が高価で貴重品だったこと、民衆に教典の内容が知れわたることを教会/聖職者が忌避したため、聖書は一部の聖職者だけの物だったが、15世紀中頃にグーテンベルクが活版印刷による聖書を出版して以降、一般にも広く読まれる様になった。
となっていました。調査不足のまま記事に書いてしまいましてご迷惑をおかけいたしました。
こちらこそ貴方の記事を勝手に引用してしまい、失礼致しました。ただ、学生時代にライトに宗教学をかじった程度の異教徒には、到底宗派の教義や方針のことまでは分からず、何時もながら貴方の記事は大変参考になります。これからも貴方の記事に期待しております。
釈迦に最後の食事の布施をしたのも、鍛冶屋と伝えられています。古代に限らず中世になっても、インドでは鍛冶屋のような職業は蔑まれており、そこがカースト制の理不尽な処ですが…
「密教」を釈迦が知れば、これは「仏教」ではないというはずです。仏教に限らず開祖が言わなかったことを言ったとまで捏造、教典に書くのが聖職者。結局は権力のある聖職者が唱えたことが、正しい「神の言葉」となっていくのが宗教なのでしょう。
「イスラム教、キリスト教、仏教などの世界宗教は、どれも教祖が嘆く状態にある」といったトルコ史研究者もいました。
「カトリックは第二バチカン公会議まで平信徒が聖書を読むことを禁じていた」のは、間違いだったのですか??確かに「活版印刷による聖書を出版して以降、一般にも広く読まれる様になった」のは事実でしょう。
しかし、15世紀はもちろん近代にいたるまで西欧の識字率はさほど高くはなかったはず。神父にとって民衆が無知蒙昧であった方が望ましいし、
平信者が教典を読むのを好まないのは他宗教も同じでした。ゾロアスター教やヒンドゥー教も事情は似ており、聖職者は説教と儀式で信者を支配していたのです。下手に知恵を付けられたら、一般信者を導けなくなりますから。
カトリックだったか、信者が聖書を読むのに不快感を表した聖職者がいたという、クリスチャンの書込みを見たことがあります。理由は「刺激が強すぎる」からで、十分な宗教知識のない者が読むのは害があるとのこと。
もちろん教会や聖職者にもよると思いますが、平信者が聖書に通じ、「玄人はだし」になれば困るのは聖職者。そのためヒエラルキーを利用し、平信徒が聖書を読むのを妨害したことは十分考えられるのではないでしょうか?「素人は口を出すな!」という姿勢は聖職者に限らない。この駄ブログのキリスト教批判に対し、「素人が…」とコメントしてきた者がいた。もっとも、その者も素人なのは明らかだし、教養水準もお粗末でしたが。
ただ、いくら禁じても、見たがる者がいるのは人間社会。逆に禁じられると見たくなるものです。「巨大虎猫」さんは学生時代、「人間の書いた本」を読んでいるとしてキリスト者学生会(KGK)の会員につるし上げられたそうですね。
しかし、彼が聖書だけを見ていたとしても、その解釈は信者同士でも異なってきます。そこで主事者が、「クリスチャンのグループには聖霊の導きがある」「みんなで祈って出た結論に従わないようでは困る」と圧力をかける。完全な全体主義体制ですが、それも聖霊の導きとなるのしょうね。
それでそう発言したのですが、昨日念のためと思って検索してみたところ、「第二バチカンまでは禁じられていた」ということを確認することができませんでした。それで、訂正に及んだわけです。「神社の鳥居をくぐることが禁じられていたので、友達と神社で遊ぶときは鳥居の横をすり抜けて境内に入った」という話も記憶にあって、混同しているような気もするんですよ・・・
もし、確たる証拠がみつかりましたら再度訂正することにいたします。よろしくお願いいたします。
貴方の子供時代のお話は興味深いですね。聖書を読むのを禁じられていたカトリックの老人が、こっそり盗み見したということでしたか。カトリック信者はもちろん聖職者も様々だし、ある教区では禁じられていても、他ではOKだったという可能性もあります。
位階制の強いカトリックだし、仮にローマ法王が平信者が聖書を読むのを禁じていれば、禁止命は徹底されたと思います。バチカンではカトリック信者が読むに相応しくない書物のリストを作成しているそうです。その中にはマキアヴェッリの著作も含まれており、冷戦時代は共産主義関連の本を見ることを禁止していたとか。。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/4c2ba0c2d025842540957fd079df2931
そもそもカトリック教会で、聖書を読んで闊達に議論する場があること自体、考えられないのではないでしょうか?書物を読んだ感想や解釈は十人十色なので、教義を統一しないと宗派を維持できません。聖書に通じている平信徒と聖職者が議論することなど、ありえないはず。
先に貴方が紹介されたとおり、15世紀中頃の活版印刷による聖書を出版以降、一般にも広く読まれる様になった影響は大きい。16世紀の宗教改革も活版印刷がなければ、さらに遅れたと思います。
たとえ貴方の記憶違いだったとしても、ブログは興味深い話ばかりだし、今後のご健筆をお祈り致しております。
そういわれて見れば、第二バチカンまではカトリックの聖書はラテン語(ウルガタ)しかなかったわけですよね。
それにしてもなんでも調べてから書かなくてはだめですね。これからは想像でかくときはそのように説明しようと思いました。
平信者の殆どはラテン語(ウルガタ)など理解できなかったはず。ラテン語を修得した知識人なら、聖書の記述を鵜呑みにはしないでしょう。リリィさんのコメント通り、「聖書よりも公教要理を重要視は、今でも変わりません」状態とは。
実は、プロテスタント教会では、幼稚園児の教会学校で大人と同じ聖書をテキストとして使うのですが、これって、聖書の内容をパターン化して頭に刷り込む良い方法なんじゃないかと思いました。
幼稚園児が聖書を理解できるはずが無い、でも、ここに書いてあるこのことの本当の意味はこうなんだよ、と刷り込めば、聖書のその箇所を読んでも刷り込まれた以外の意味には読み取れなくなる、これは恐ろしいことですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E8%A8%B3%E8%81%96%E6%9B%B8
私は、この「ラゲ訳」(カトリックの文語訳聖書)を持っていました。解説が面白かったです。例えば、イエス様がパンと魚を多数の人々に食べさせた話は、「実際に食事をさせて空腹を満たしたのではなく、聖霊で満たしたことの例え話」というようなことが書いてあったような気がします。(うろ覚えです。もしかしたら、エックハルトあたりの本に書いてあったことかもしれません。)
確かカトリックでは、聖職者の指導なしに個人で勝手に聖書を読み進めることが禁止されていたはずです。平信徒が聖書を読むこと自体が禁止されていた訳ではないはずです。
http://mukaiyama.ac.jp/access
他の町は不明ですが、仙台でも幼稚園はキリスト教系が多いですね。私の幼稚園時代は聖書をテキストとして使うことはありませんでした。園長や先生も優しい人たちばかりだったので、楽しかったです。おそらく多くの園児は非クリスチャンだったと思います。
幼稚園にもよるでしょうけど、お話にみるプロテスタント系のやり方は恐ろしい。これぞ本物の洗脳でしょう。
カトリックの日本語訳聖書は、新約ならば第2バチカン公会議以前にもあったのですか!教えて頂き有難うございました。
貴方の持っていた聖書の解説も面白いですね。イエスがパンと魚を多数の人々に食べさせたという有名な奇跡話も、「聖霊で満たしたことの例え話」とは。この解釈の方が自然ですね。
それにしても、聖職者の指導なしに個人が勝手に聖書を読み進めることを禁止していたのがカトリックですか…中には盗み読みした平信者もいたかもしれませんが、プロテスタントでは比較的個人が自由に聖書を読めた?
言い方が悪かったようで伝わらなかったようです。再度説明させていただきますね。
大人と同じ聖書を使っていた、というのは幼稚園のカリキュラムのことではなくて、幼稚園が所属する教会の主日礼拝の前に行われる教会学校での聖書教育において、でのことでした。僕が行っていた幼稚園は、日本基督教団の「長老派」というグループに所属する幼稚園でした。家庭が所属していた教派とは異なる教派の教会の幼稚園だったのですが、家から近かったこともあってこの幼稚園にしたのだろうと思います。また、その続きで礼拝にも参加していたのだろうと思います。
長老派という教派は「カルヴァン派」の系統で、プロテスタントの中では厳しい戒律を保持している教派です。それで、「聖書のみ」を厳格に守るために、幼稚園児であっても「聖書物語」のようなものは使ってはならない、という考えかただったのかもしれません。
キリスト教系幼稚園も様々にせよ、幼稚園によっては日曜礼拝をするところも少なくないのでしょうか??既に幼稚園の頃から聖書教育を施すとは、巨大虎猫さんの言葉を借りれば、さすがキリスト狂育!
拙ブログにコメントしてきたカトリック信者も、日曜礼拝に行ったことを得意げに書いていましたが、信仰の誇示のようで嫌味でしたね。「あなたのために祈りました」などと言われると、ゾッとします。「はよ、この不届きな異教徒が真の宗教に帰依するように」とでも祈ったのやら。
私が通った幼稚園も単に家から近いという理由だったし、両親は殆ど宗教に無関心で、まして親キリスト教ではありません。そういえば仙台市の幼稚園で、キリスト系が数では他宗教を圧倒しているような。これも明治以降の欧米諸国の宣教活動の成果ではないでしょうか?
近代中東にも欧米人宣教師が多数訪れ、方々に学校を開校していました。その目的は書くまでもないでしょう。
僕の行っていた幼稚園は、本体が長老派の教会だったのです。逆に言えば教会が経営している幼稚園に通っていた、ということですね。
で、その教会が毎週日曜日に行う礼拝式の直前に行われていた教会学校の幼稚園のクラスに参加していたわけです。僕の場合、毎週ではなくて、何か行事があるような場合に限って参加していたと記憶しています。
ところで「あなたのために祈ります」というのはキリスト教徒のよく使う強迫手段です。意味は「私は神をコントロールして君にダメージを与えることができるんだよ」という意味です。いわゆる「オカルト」ですよね。
コメントのタイトルに成る程と想いました。私の通っていた幼稚園もたぶん同じだったのでしょう。もっとも私の通園時代、日曜日に礼拝式は行われていませんでしたが。
「あなたのために祈ります」というのは強迫手段だったのですか??初めて知りました。教えて頂き、参考になります。気色悪いですね。どうりで親しくもないのに、「あなたのために祈ります」と書いていた訳だった。
私のような不信仰者からすれば、「私は神をコントロールして云々」など、それこそ神も恐れぬ思い上がりにしかみえないのですが…