トーキング・マイノリティ

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アウトサイダー/陰謀の中の人生 その③

2017-08-15 22:40:11 | 読書/ノンフィクション

その①その②の続き
「助言」の章で描かれた著者の父親と一日本人との関わりは興味深い。父がマラヤのゴム園で働いていた1935年頃、農園の村ではただ1人の日本人大工がいた。大工は妻子と暮らしていたが、十歳の息子が急性虫垂炎となり、彼の頼みで父は深夜の密林の中をオートバイに子供を乗せ、病院に運んだという。子供は間一髪のところで助かった。
 日本人大工は著者の父に御礼を言い、本来なら大切なものをお返しするのが自国の習慣だが、貧乏な私には差し上げるものが何もない、その代りに助言を差し上げるというのだ。マラヤを出た方がいい、命が惜しかったらマラヤを出ること、というのが助言だった。

 助言に影響されたのか、ともかく1936年に著者の父は帰国した。その5年後、日本軍がマラヤに侵攻、戦争終結時に父の知り合いで日本軍捕虜収容所から生きて帰国した者は皆無だったという。
 これを以って著者は、日本軍はとっさの思い付きでマラヤに侵攻したのではなく、周到な計画に基づきマレー半島を席巻したのだ、と述べる。ゴム農園から、何年も前から潜入していた多数の休眠工作員が出動、シンガポールも工作員たちに導かれた日本軍により陥落した、と著者は書く。

 私にはこの辺りの真相を確認する術はないが、軍の侵攻の前に多数の工作員を目的地に潜入させるという手段は、英国が十八番としていた工作活動である。自国がしているから日本も、と英国人の著者が思うのは当然だが。著者の父も母も戦時中、祖国がドイツに支配される日が来たら、自家用車内に排気ガスを引き込み、自決するつもりでいたというエピソードも見える。

 多くの愛読者なら、著者が短期間にせよBBC勤めをしていたことは既知だろう。辞めたということもあり、著者は辛辣にこの放送協会を非難している。
BBCとは何よりも巨大な官僚組織であり、そのことは3つの欠点を生み出している。1つは無気力な事なかれ主義、もう1つは実力より地位を重んじる体質、そしてもう1つは、そこから生じる順応主義である」(171頁)

 他にもBBCは外務省と英連邦省に奴隷のように奉仕している(179頁)、BBCは国のために放送するのだから、海外特派員は政府が望まないようなリポートをしてはならないという掟がある(197頁)などの文句があった。他国の政府のために放送している日本放送協会に比べ、羨ましいと感じた日本人読者もいたかもしれない。
 意外だったのは英外務省はアラブ贔屓であり、外務官僚は大抵の問題について外国を見下すような態度をとっても、例外的にアラブとイスラム教には肩入れしているとか。この傾向を左翼メディアも踏襲しているのは書くまでもない。

戦争の犬たち』の中では1人を除き、男気溢れる傭兵たちが登場する。だが著者がアフリカで実際に会った傭兵で、好感を持ったのは僅か3人に過ぎなかったそうだ。彼が心底不快に思った英国人傭兵は、ボンネットに髑髏を飾ったランドローバーを乗り回していた。
 それはナイジェリア連邦軍兵士の頭蓋骨で、茹でて肉を落とし、ラジエーター・キャップに針金で取り付けていたそうな。この傭兵はまもなく戦死した。

 英国情報部と中国情報部との協力関係に触れた「敵と味方」という章も興味深い。英国秘密情報部の香港支局長いわく、英国にとっても中国にとっても敵はソ連で、ソ連に何かあれば中国がすぐに教えてくれ、何時も中国の方が情報を掴むのが早いというのだ。香港の平和を保つことは英国にも中国にも利益になり、英国としては中国に機嫌よくしてもらい、ソ連には引っ込んでいてもらうしかない、と。

 処女作『ジャッカルの日』は、居候していた友人の家で書上げたことは知っていたが、何とこれは女友達だったことが本作で書かれていた。但し、結婚したのはモデルの別の女性であり、その最初の妻と別れた翌年、ある女性と再婚している。
 著者が18歳を迎える少し前、スペイン在住の35歳のドイツの伯爵夫人との熱い情事にも触れており、彼女は若い男に色々と教えてくれたという。夫人は交わりの最中、ナチスの党歌を歌う癖があったそうだ。著者の作品には若い男とアバンチュールを楽しむ男爵夫人やダイヤ研磨師の妻が登場しており、後者は35歳である。女体験は作品にも十分に活かされているらしい。

 巻末の翻訳者・黒原敏行氏によるあとがきで、特に私の関心を引いた個所がある。著者があるインタビューで、自分が書いたことにしたい本は何かと訊かれ、“アラビアのロレンス”の『知恵の七柱』を挙げていたそうだ。また一緒に食事したい人物の中にもロレンスを加えている。本書でも3か所でロレンスへの言及があり、改めて著者の思い入れが伺えた。
 フォーサイスは容貌までロレンス(映画ではなく本物)に似ているような気がする、と黒原氏は書いていたが、確かに少し似ているような…尤も私は、クイーンのギタリスト、ブライアン・メイにも似ているように感じる。

 その作品に匹敵するほど、自伝には波乱万丈でも痛快な人生が描かれている。「私の人生は説明不可能なとんでもない幸運に恵まれ続けて来た」というとおり、これほど強運に恵まれた人物は稀かもしれない。

◆関連記事:「アヴェンジャー
 「アフガンの男
 「コブラ

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
非情報通 (Mars)
2017-08-16 12:50:07
こんにちは、mugiさん。

いつの時代も、どんな場所であっても、情報というのは非常に重要ですよね。また今の時代、情報は膨大となり、真贋を見分けるのは難しくなって来ていますね。しかし、いつの時代でも、その情報で一番利益を得た者が犯人であったという事は少なくないのかもしれませんね。
Re:非情報通 (mugi)
2017-08-17 21:19:21
>こんばんは、Marsさん。

 仰る通り何時の時代も情報を制し、それを活かした側が勝利者になります。現代でも欧米、殊に後者の情報力はダントツだし、国際社会への影響力ははかり知れません。

 この自伝には著者が取材でアフリカに行った時、夫人のノートPCが米国情報機関によりハッキングされたことが載っています。日本のメディアは米国は世界中を傍聴していると暴露したスノーデンを持ち上げていますが、そんなことは分りきったこと。何を今更と言いたいですね。