トーキング・マイノリティ

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トリノ・エジプト展

2009-11-22 20:22:19 | 展示会鑑賞
 先日、宮城県美術館の特別展「トリノ・エジプト展」を見に行った。チラシにあるとおり、「世界屈指のコレクション、仙台でついに公開」、充実した展示品ぞろいで、とても良かった。県美術館のHPにはこう紹介されている。

-近代イタリア統一後の最初の首都となり、冬季オリンピックの開催でも知られるイタリア北西部の都市トリノ―。ここに、ロンドンの大英博物館やパリのルーブル美術館などと比肩する世界屈指のエジプトコレクションがあることをご存じでしょうか。トリノ・エジプト博物館は19世紀、ナポレオンのエジプト遠征に従軍し、フランスのエジプト総領事となった外交官でエジプト学者のベルナルディーノ・ドロヴェッティの収集品を中心に創設されました。本展では、同博物館のコレクションを初めて日本で紹介いたします。大型彫像やミイラ、彩色木棺、パピルス文書、ステラ(石碑)など選りすぐりの約120点が一堂に会します。 2メートル級の大型彫像や、死を超えて生き続けようとしたエジプトの人々の生活と祈りの造形の数々をお楽しみください。

 展示物は5部に別けられており、第一章「トリノ・エジプト博物展」、第二章「彫像ギャラリー」、第三章「祈りの軌跡」、第四章「死者の旅立ち」、第五章「再生への道」の順となっていた。出品された中で特にステラ(石碑)の数は多く、パピルスは高価なため、広く使われていたそうだ。ヒエログリフが読めない上、解説もなかったので、石碑にどんな文章が書かれていたのか不明だが、それでも描かれた絵柄から、古代エジプト人の死生観が浮かび上がる。子供が亡き両親や先祖への供養を行い、お神酒やトキの類の鳥を捧げていたことが描かれている。叔父叔母などの親戚も石碑に描かれており、現代の日本人と同じく先祖供養を行っていたことに、とても共感を覚える。オストラコンも何点か展示されており、描かれていることはステラとあまり変わりないようだ。

 古代エジプトは大いなる多神教社会であり、wikiの「エジプト神話」には様々な神々が紹介されている。動物を神格化、それらを神像にした作品が何点も展示されていた。スフィンクスのような人面獣身とは逆に獣面人身という神もある。体は人間でも頭はライオンのセクメト女神の神像も出展されており、解説によれば火を吐く復讐の女神とあったので、まさか日本のゴジラはこの女神から発想を得ていた?雄牛やライオンのような動物は力強さの象徴だが、時代が下ると獰猛なライオンの女神よりも、多産と母性を象徴する猫が好まれるようになったそうだ。古代エジプトらしく猫もミイラとされ、今回の展示品にも猫の棺があった。カバや蛇も神様扱いで、共に女神だった。体型からカバは妊婦の女神とされ、出産の守護神とされたのも面白い。

 チラシに「門外不出のツタンカーメン」の宣伝文句があり、《アメン神とツタンカーメン王の像》は出品の目玉のひとつ。アメン神と少年王の顔立ちはそっくりで、温和な表情が印象的だった。王は右手を神の肩にまわすという親愛のポーズを取っており、後生のひれ伏す存在である唯一絶対神とは異なる古代の神と人間の関係は、非セム族一神教徒の私には微笑ましい。
 上記の画像は作品紹介にプサメティク1世治世(前664-前610頃)の《イビの石製人型棺の蓋》とあり、変性硬砂岩で作られたもの。解説から見ると、イビは王の近くで仕えた高級官僚のように思われる。腕のよい職人を雇える財力もあったようで、この風貌から王様よりも威厳を漂わせている。注文主の求めに応じ、職人が実物より立派に作った可能性もあるが、いかにも権勢のある役人といった様子で、おそらく古代でも官僚は威張りがちだったのかもしれない。エジプトには「役人はナイル川に投げ込まれても、魚をくわえて戻ってくる」という諺があるそうだ。

 王様や役人だけでなく庶民の小像や埋葬品も展示されており、これらの出品もよかった。両親と子供たち、母娘か姉妹と思われる並んだ2人の女性の像など、庶民の家族関係も伺える。新王国時代のピンセットなど、現代のものと殆ど変わらず、古代エジプト人は男女とも体毛を不浄と考えており、ピンセットで脱毛していたとか。現代の極東の某国でもスベスベ肌が好まれるが、日本人より明らかに体毛の濃いエジプト人なら脱毛にも手間がかかったのではないか。
 ステラを奉納する男性像が何点かあったが、何故かそれを捧げた女性像はない。解説にもこれまでステラを奉納する女性像は未発掘とあり、女の誓いは信用が置けず石碑に相応しくないと考えられていたのだろうか。

《男性により再利用された女性の棺》という出品もあった。文字通り女の棺を自分のモノとして使ったとなるが、元の埋葬された女の死体はどうなったのか、他人事ながら気にかかる。
 絵画やレリーフにロータスの文様が多く施されていたのも興味深い。蓮といえば、大抵の日本人は仏教美術を連想するだろうが、古代エジプトでもこの花が使われていたのだ。背景に装飾的に描くだけではなく、大きな蓮を手にしたり、匂いを嗅ぐ人物が登場する。蓮の香はエジプト人も魅了したらしい。

 今回の展示だけでも古代エジプトの工芸品の質の高さが知れる。古代エジプトの神にベス神がおり、ずんぐりして醜い男の姿で表されているが、職人の守り神でもあった。高度な技法の偶像をつくり、そのような職人に守護神の加護を認めた古代世界の宗教観は、日本人には馴染み深いものだろう。

◆関連記事:「ミイラのつくり方
 「吉村作治の早大エジプト発掘40年展

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