トーキング・マイノリティ

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独裁者と小さな孫 14/モフセン・マフマルバフ 監督

2016-03-18 22:10:09 | 映画

 河北新報の文化面で取り上げられていたため、この映画を見るのは迷いがあった。大体、河北で取り上げられるのはつまらない作品が多いし、リベラル気取りの左派文化人が称賛しそうな映画が中心なのだ。それでも見に行ったのは監督が『カンダハール』のモフセン・マフマルバフだったから。映画のチラシにあったストーリーはこうだった。
独裁政権に支配される国。ある日、クーデターが起こり、老いた独裁者は幼い孫と共に逃亡を余儀なくされる。彼は多くの罪なき国民を政権維持のために処刑してきた冷酷な男だった。変装で素性を隠しながら、独裁者と孫は海を目指す。2人が逃亡の旅で目の当たりにする驚きの光景とは…。自らの過去の罪に追われる独裁者と孫の衝撃的な結末とは――

 この作品の制作国は、英・仏・独に加えグルジア(ジョージア)なのだ。そして映画では全編グルジア語が使われている。とはいえ、グルジアが舞台の映画ではなく、架空の国という設定。何故グルジアが制作国に加わっているのか不明だが、映画で最も印象的だったのは、とにかく軍人が粗暴だったこと。兵士たちは規律を失い、民間人に略奪と暴行を働く。途中で出会った新婚カップルを襲い、新婦を集団暴行したり、カネも払わず娼婦を抱く兵士などが登場する。そしてwikiには詳しいストーリーが載っている

 河北がこの作品を持ち上げていたのも当然だ。軍隊を持つと民間人は大変なことになるのですよ、とでも言いたいのやら。マフマルバフ監督へのインタビューが載っているサイトもあり、日本人へのメッセージをここから引用したい。
今こそ、この映画は日本で見られるべきと思います。なぜなら日本の平和とデモクラシーは危険と向き合っています安保法案の集団自衛権について通してしまったことに沈黙を続けていけば、どんどんいろいろな法案が通ります。いままで私達が知っている芸術や文化や技術がアジア一番高い日本は、このままでは全ての産業が軍のためになりますし、文化人だった日本人も銃を手にして戦争に行かなければいけなくなり、少しずつ文化施設が閉じていく。だから、この映画を見て、描かれている人々を見て欲しいです

 チラシには映画提供がシンカ朝日新聞、NHKエンタープライズとあり、監督の発言もこれで納得した。私は映画を見る時、出来るだけ前情報をチェックしないようにしている。興味がそがれることもあり、先入観の無い状態で鑑賞したいと思っているからだが、これで時々失敗することがある。今回はまさにそうだったし、朝日新聞のようなメディアがマフマルバフの主張を最大限に利用する意図があるのは明らかだ。
 十代半ば頃のマフマルバフ監督はイスラム主義に傾倒したそうだが、その後は政治活動から遠ざかり、映画制作に携わるようになる。祖国イランを離れ、事実上の亡命生活を送る監督だが、たとえ検閲の無い国であっても、出資者の意向を無視できないのが映画人なのだ。

 常に小さな孫と一緒にいるため、主人公には冷酷な独裁者どころか、孫思いの平凡な老人という印象が強い。特に孫に扮した子役ダチ・オルヴェラシュヴィリが愛らしく、重いテーマを子役の可愛らしさで見せてしまう作品だった。ただ、孫を命がけで守ろうとする独裁者はいるのだろうか?平気で大量虐殺をするほどの男なら、血の繋がった孫さえ見捨てそうにも思えるが…

 そしてラストは尻すぼみになった感がある。革命軍と民衆に捕えられた老独裁者が結局どうなったのか、映画では明らかにされず、観客に想像させる結末になっている。かつては大統領により投獄された政治犯が、大統領の軍隊として圧政に加担していた兵士たち並びに、体制に迎合・独裁者を称賛していた民衆の責任を問うシーンがある。全体の責任を問う姿勢は、責任の所在がないということにも繋がり、結局はまた似た様な独裁者が生まれることになるだろう。

 大統領に家族を殺され、小さな孫の処刑を求める者がいる一方、子供に罪はないと庇うのが政治犯。孫は助けられ、海岸で政治犯の奏でるギターに合わせ、孫がダンスを踊るシーンで幕となる。政治犯の人道的な主張は人間の良心の結晶だが、その分リアリティを欠いた印象を受けた。
 政治犯がいかに人道主義を訴えても、集団ヒステリーを起こしている群衆を抑えるのは難しいはず。むしろ復讐に駆られた群集心理により、孫諸とも大統領は虐殺され、政治犯も巻き添えを食って殺害される確率が高い。しかし、幼い子供が殺され、死体が損壊されるシーンはいかに映画でも救いようがない。そのため監督は、作品を寓話に仕上げたのかもしれない。

 とにかくマフマルバフ監督の下らないメッセージには失望されられた。チベットがいい例だが、軍隊はもちろん安保法案や集団自衛権もない国は芸術や文化、技術も消滅してしまう。「歴史は、弱った民族の文化や伝統を抹殺しながら続いていく」というブログ記事があるが、これは哀しいことに人類史の原則でもあるのは否定できない。私がマフマルバフの映画を見ることは、もうないだろう。



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2 コメント

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朝日だから… (のらくろ)
2016-03-20 11:43:40
>「今こそ、この映画は日本で見られるべきと思います。なぜなら日本の平和とデモクラシーは危険と向き合っています。安保法案の集団自衛権について通してしまったことに沈黙を続けていけば、どんどんいろいろな法案が通ります。いままで私達が知っている芸術や文化や技術がアジア一番高い日本は、このままでは全ての産業が軍のためになりますし、文化人だった日本人も銃を手にして戦争に行かなければいけなくなり、少しずつ文化施設が閉じていく。だから、この映画を見て、描かれている人々を見て欲しいです」

元サイトは朝日ではないにせよ、マフマルバフ監督とやらが「安保法案の集団自衛権」について正確に理解していたなどとは考えにくい。取材記者のバイアスがかかった「定義」に対する反射的回答だったのではないか。まあ、一旦自分の口から出た言葉は取り消せないことぐらい表現者として自覚し、責任を取ってもらうべきではある。

さて、
>映画で最も印象的だったのは、とにかく軍人が粗暴だったこと。兵士たちは規律を失い、民間人に略奪と暴行を働く。途中で出会った新婚カップルを襲い、新婦を集団暴行したり、カネも払わず娼婦を抱く兵士などが登場する。

グルジアが一枚噛んでいるのだから、他の中央アジア諸国を含め、駐留ロシア兵はそんなものだろう。だが、かれこれ2年前になるが、仙台勤務中のとある初夏の週末、これとはま逆の光景に出くわしたことをカキコする。

多分、おととしのことだったと思う。仙台勤務が2年目で、、3年目はないはずと自覚していたので、レイクサイド巡りを観光のメインに据えていた私は、何週か前の十和田湖へ仙台から自前の軽4で出かけたのを皮切りに、第2弾はさらに北の小川原湖へと、やはり軽4を走らせた。

仙台を出発したのは土曜の11時前で、ひたすら東北道-八戸道を北上、小川原湖にたどりついたのは午後5時を過ぎていたと思うが、初夏は年間で日没が最も遅いころなので、日が西に傾いていたとはいえ、まだ夕暮れは遠い時間帯。小川原湖の周囲の道路を周回してやろうと、典型的な田舎道を走っていたときに、犬を連れた青年に出くわした。

私は後ろからクルマで近づいたので、衝突しないようゆっくりと近づいて「犬と青年」を回避して追い抜いたのだが、後ろからみた青年の出で立ちで「あれっ」と思ったのが、丸刈りだったこと。そしてしばらく行って田舎道同士の交差点で、自転車の横切るのが見えたので、事故にならないよう一時停止。乗っていたのは同じく青年だが、左手をハンドルから少し離して上げ「サンキュウ」のサイン。こちらも丸刈りで、しかも顔の彫の深さは日本人のものではない。そこでようやく気がついた。

「三沢基地駐留アメリカ空軍の兵隊だ」

もちろん当時も今も、沖縄のアメリカ兵がいろいろ悪さをしているという情報は私の耳にも入ってきているが、よく考えたら、米軍は沖縄に大多数駐留しているといっても、その他の日本国内に全くいないわけではない。でもそのわりに、沖縄以外ではあまり悪さの話は聞かない。先ほど会った米兵も暢気というかフレンドリーというか、軽4に乗った典型的日本人の私を、見下したような素振りは全く見せず、むしろ青森-三沢の地域社会に迷惑をかけまいとしているように見えた。

後日、青森の住人で、当時たまたま仙台のオフィスに単身赴任で来ていた同僚にこのことを離したら「そういえば三沢には米軍基地があるが、その地域で米兵の悪さが事件になったなんて、少なくともここ10年は聞いたことがない」との返事。

今回のブログ主のエントリーに取り上げられた映画は、相当にバイアスのかかったものとしてとらえた方が良さそうだ。
Re:朝日だから… (mugi)
2016-03-20 21:59:11
>のらくろ さん、

>>元サイトは朝日ではないにせよ、マフマルバフ監督とやらが「安保法案の集団自衛権」について正確に理解していたなどとは考えにくい。取材記者のバイアスがかかった「定義」に対する反射的回答だったのではないか。

 インタビュアーの「ふじいりょう」なる記者のプロフィールやサイトがあります。それによると、「乙女男子。2004年よりブログ『Parsleyの「添え物は添え物らしく」』を運営し、社会・カルチャー・ネット情報など幅広いテーマを縦横無尽に執筆する傍ら、ライターとしても様々なメディアで活動中。好物はホットケーキと女性ファッション誌」とか。
http://getnews.jp/archives/author/ryofujii

「乙女男子」という言葉は初めて知りましたが、好物はホットケーキと女性ファッション誌など、私のようなBBAからすればキモい変人、としか言いようがありません。この者をよくチェックするべきでした。たとえ朝日の回し者ではないにせよ、マフマルバフ監督にバイアスのかかった質問をしたことは十分考えられますね。
 しかし、いかに「誘導尋問」があったにせよ、表現者よりも大人の社会人として国際情勢を自覚しなければ、単なるお花畑頭でしょう。映画人にはこの類が多いのやら。

 もしかすると、ふじいりょうは「安保法案の集団自衛権」について満足に質問してなかったかもしれない。インタビューを捻じ曲げ、言ってもいないことを言ったと称するのは朝日のようなマスコミの常とう手段。著名人の発言を利用し、「ほら、あのマフマルバフ監督もこう言っている」という方向に持ってくる。最近は朝日もネット工作に力を入れていると言われるし、ガジェット通信もその傘下?

 中央アジア諸国を含め、駐留ロシア兵も酷いですが、イラン軍兵士も五十歩百歩だったはず。19世紀末にイランを訪問した明治政府使節団は、現地の兵士の質の悪さに驚いていました。イラン革命後もそれほど変わっていないと思います。マフマルバフ監督にとって軍人とは全て、映画に登場する暴力集団なのかもしれません。

 貴方が青森の小川原湖で出会った三沢基地駐留アメリカ空軍の青年兵隊のお話、とても興味深いですね。確かに三沢で米兵が悪さをした話は聞いたことがない。もし事件があれば、早速河北新報が取り上げるでしょう。現に沖縄の事件は早々と載せているし、なぜ三沢では規律正しいのやら。田舎ということだけでは説明が付きません。

>>今回のブログ主のエントリーに取り上げられた映画は、相当にバイアスのかかったものとしてとらえた方が良さそうだ。

 まさにその通り!インタビュアー自体が胡散臭い人物でした。映画のチラシに載っていたレビューには池田理代子、加藤登紀子などの名があったし、映画作家・河瀬直美の評は「地球人の創った本気(マジ)な映画」。やはり朝日の提供映画でした。