盤上の悪魔

囲碁、哲学(人間原理、相対主義、プラグマティズムとか)、ラノベなんかを中心にしてます。

知的観測者をどう数えるか 

2017年07月14日 23時41分26秒 | 人間原理
終末論法の変種続き


(この問題を検討したことのある)全ての知的な観測者の中で自分が知能の低い0.01%には入っていない、と推測したとする。

こう推測した知的観測者の中で、知能が低いほうの0.01%に入るのは、当然ながらその0.01%のみだ。

従って、99.99%の知的観測者は正しい推測をしたことになり、この推測が間違いである可能性は0.01%しかない。


つまり99.99%の確率で我々自身は、この推測をした知的観測者の中で知能の高いほうの99.99%の中に入っている。


しかし、近い将来テクノロジーの進歩が知能の向上に向かうのは避けられないようにみえ、また、文明が宇宙に広がるならば、今の人間より遥かに知能の高い存在が遥かにたくさん生まれることになるのは明らかに見える。

もし、その可能性が高いならば、我々は知能の低い0.01%に入っている可能性が高い。


これは先ほどの、我々が知能の低い方の0.01%である可能性は非常に低い、という結論と矛盾する。

従って、文明は宇宙に広がらず、比較的近い将来に滅亡する可能性が高いということになる。




以上の終末論法の変種が成立するためには、少なくとも、知的な観測者を数えることが可能でなければならない。

しかし、終末論法の観測者に人工知能を含めたらで述べたように、知的な観測者を数えられるかどうかは自明ではない。


知的な観測者がいないところは観測されることはない。

従って何らかの観測が行われ、世界が認識されている所には、知的な観測者が存在している。

知的な観測者が、自分自身を観測し、自分自身の範囲、自分と自分以外の世界の境界を引くことができるならば、知的な観測者の内のひとつとして自分を数えることができる。


では、知的な観測者がAIのような機械的な存在で、今は一つだが、明日には二つに分裂してしまう、という場合はどうだろうか。

この場合すぐに思いつく可能性は、一つと数えられる、二つと数えられる、一つとも二つとも数えられる、数えられない、の4つだろう。

この4通りの可能性のうち、どれが妥当か検討する必要がある。



ジャンル:
科学
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 社会の脅威になりうる「エロ... | トップ | 囲碁NHK杯 苑田九段VS... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL