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輪廻の沼 3



迎合的な人ではなく、ユニークな視点を持つ人が世界を救う時代が近くなっている。
日本の教育は、常に第三者の目を気にする和の教育である。それは狭い世界で何かしらの問題を抱えた人を追放し、自分の意見に賛成したと見せかけた嘘つきを周りに囲んだ仮面文化と言って良い。

アメリカが、スマホやネットなどの新技術を生み出す時代になぜか日本ではこの手の発明が生まれない。

第三者の目を気にする迎合教育は、社会的な目論む詐欺師たちの悪戯が流行した。例えば、日本で有名な家電メーカー、自動車メーカーは今やアジアの国々にその手法が真似されている。

かつて、アメリカの家電や自動車の真似をした様に、今度は自分自身がアジアの新規企業から真似される立場になった。

東芝という会社も、真似してきた。

そして、東芝ブランドを作り、東芝にとって不利となる情報は嘘をついて隠してきた。これは何も東芝だけでなく、世界的な企業、政府に至るまで嘘という砂城が崩れにくいという思い込みが働くし、大衆に働かせているからだろう。

そう考えると、会社という組織は会社法により代表を決めねばならず、それが構造社会を生み出す原因である。ブラック企業を作り、企業色に染まれない人は排除されてきた。

ある経営雑誌に0.9の人は要らないと言った。が、社長や経営者が0.9以下なのに、要らないのは『人間は一貫していない』と言った正直者ではなく。『要らないのは社長の考えを理解していない人です』と言った役員や管理者らの嘘まみれの人々によって徹底的に変化できない世界になった。

気づけば、社長にとって不利となる情報は隠蔽され、嘘の世界のみが淡々とある。そんな狭い世界が各組織に存在。

私が日本の大衆迎合教育が崩壊すると説いたのは、かつて日本がアメリカにしてきた迎合ビジネスをアジアが逆に真似し始めたからである。

日本企業が中国に進出すれば、反日デモによって多くの損失を生み、中国で作られた日本製品が信頼できるものかも怪しい。日本の家電メーカーの不振と不審、そして不信は、業種を問わず様々な世界に波及していく。

日本の大衆迎合教育と会社法による独裁者の創出、嘘とエゴが織り成した世界は法的な意味の世界だ。

つまり、自然界のような絶対者がいない世界とは違う。もし、絶対者がいるのならそれは単細胞生物であろう。多細胞生物には絶対者はいない。

どんなに強いとされる生物でも、自然の循環の中では必ず世代交代が急ピッチで行なわれる。猿のボスですら任期は約4年である。

しかし、人間のボス猿は法によって守られている。日本という社会は、実力があっても法によって排除される。

実力がある人は世界を変えれる人である。実力がないから法に頼ろうとする。

法に頼ると世界は変えられない。

日本社会は、出る杭は打たれるという迎合教育であり、排除されるか真似されて捨てられてしまうか、自殺に追い込まれるかで和の統制を図った国である。

第二次世界大戦に終止符を打った原子爆弾、日本よりも高度を誇ったアメリカのネット型の基地の分散。このような柔軟な発想は、日本でやろう物ならたちまち和を乱す因子と見なされ弾圧と糾弾が待っている。

考えてみれば、暴走族なんかも迎合反応の一種ではなかろうか。社会的に底辺だったり、思い通りにいかない嘘と見栄の大人の世界ではなく、自分達の世界を作ろうと考えた。

考えたが良いが、考えた暴走族の世界で総長を作り、悪い事をやれと下っぱに迎合を押し付けた。気付いたらアンダーワールドに就職するための下準備が出来ていたなんて青春も多いだろう。

日本社会なんてアンダーワールドも上の階級社会も大衆迎合教育を受け続けて出来た副産物なら対して本質は変わらないではなかろうか。

世界を変えるとは、新しい世界を作る事だ。

例えば、お金に頼らなくても生きていける世界を作る事だ。

今の経済とは、お金持ちのためのものだ。貧乏人からは排除して欲しい世界ではないだろうか。そして、真の意味はアメリカの一部の支配者の為のものだ。現実に、経済などをやっている生き物は人間だけだ。

私たちは、教育を通してお金のメリットばかりを伝えられた。その経済という世界以外で生きる方法は排除されてきた。

暴走族になるにしても、バイクを買ったり、ガソリン代や車検、改造費もいる。

無意識に、どんな人生でさえ私達は経済とリンクした。

経済を利用せずとも生きていける世界の創造は、支配者から自分が支配できる人間を手放すことになり、容認されないだろう。

けれども私は思う。

今の日本は破滅に向かっている世界なのかも?と。

様々な情報が錯誤し、嘘と無価値な世界がただただあり続けるだけが、ご時世ならば。

それを変える力が必ず必要になると思うからだ。

それはアメリカ人の真似をするだとか、そういう事ではなく。

新しい世界を作るという事。

国家だの組織だの、そう言った類ではなく。

自然界のように、何かしらの世界が必要になる。それは経済という支配者都合ではなく、生物の基本的欲求に沿って、そこから嘘を排除し、人々が幸福になれる事を支援するような世界。

キーワードは、AI、ロボット、戦争、その他だろう。

未来は不確かな事だが、私の感覚では、世界は戦争に向かっていると感じている。金持ち達は、経済と情報をコントロールし、増えすぎた人口を抑圧をしたいはずだ。

戦争を引き起こすキーワードは、テロ、少子高齢化、世界大戦。

そこから破壊がおき、恐らくは私も生きていないかもしれないが、国家に飼われない生き方を人々が模索する時代が必ず来るはずだ。

AIにより、人は文化的に生きるか、生物的に生きるかを選択可能になるだろう。

ロボットにより、今の組織対組織の世界から、別の世界に移行するだろう。

その他により、人は人に頼らずとも生きていける能力を手するだろう。その新しい世界と古い(今の)世界とで何か大きな事が生じるとも思う。













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