うなぎなう

あなたが笑ってくれると、オレはとても嬉しいです。
じっくり読んで、笑いましょう。

小銭でも、紙幣でも歓迎。

2013年10月31日 | 作品
何度も言うようだが、オレは学年が上がるほど、落ちこぼれに近づいてきた。
そのころだけを知る友人が、オレのプロフィールを見ると、趣味=勉強というのは、理解に苦しむかもしれない。

学校で教わることも大切な勉強。
学校で教わらないことを、自分で学ぶことも勉強。

学校を卒業してから、再び勉強の本を手にする人は、少ないのだそうだ。
近々(多分、1~2年以内に)、オレは化学と物理の勉強をし直したいと思っている。
理科(物理は履修してないけど)も将棋も、学生時代出来なくて、ずっと苦い思いをしてきたことなのである。

オレは、若いころ出来なかったことをやり直そうという、ジーさんみたいな奴なのだ。

生意気にも、「やがて自動車は売れなくなる」と、予言めいたことを口走ったオレ。
あれから、株価の手酷い乱高下によって、輸出中心の自動車産業は、振り回されっぱなしである。
車は、前向きな議論を求められる、TPPにおいても、矢面に立たされている。

オレはただ、環境に優しいエコカー(厳密にはエコカーも車の仲間だけど…)が、すぐ主流になるのではないかと、発言したかっただけなのだ。

あるいは、自家用というのを廃止して、全部移動手段は、公共交通機関のみにしてしまっても、おもしろい。
これは色々と、議論を呼びそうだけど。

将棋関係で言うと、「ネット将棋」はまだ、やってない。
失敗したくなくて、ちょっと緊張している。
直前になって、慎重になっている。


あーぁ、何かおもしろいこと、道にでも落ちてないかなぁ…。

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七色活用。

2013年10月27日 | 日記
近所のブックオフ(2013.9.23)が、みんなの涙の中、引退すると聞いて、オレはとにかく駆けつけたのだった。

何一つ変わらず、何も進まないまま、授業でイライラしてたオレのそばを、かたときも離れず見守ってくれた、高価な大学の教科書を手放したのもここだった。

――ドアが開いて、一同、駆け足でその白衣の男性に近づく。
「先生、どうですか?容態は?」
その男性は、厳しいまなざしで首を左右に振る。
「残念ながら――」

最後まで聞こえなかった。
最後まで言わなかったのかもしれない。
崩れ落ちる隣の女性。

その白衣の医師は、体を開いてその先を促す。

「父ちゃ~ん、母ちゃ~ん。ブックオフがぁ~、ブックオフがぁ~」
たまらず、小学生らしき子どもが泣き出す――。

――そういうような、2時間ドラマでありがちなシチュエーション。
ってゆーか、楽しみにしてた2時間ドラマの最後のシーンが、ハッピーエンドで終わるか、バッドエンドで終わるか、言うなれば、ただそのことだけのために、1時間50分程度我慢していたのに、トイレのためにそれを見逃したときも同じように、オレは、子どものように泣いた。

泣きつづけて今日、オレ、ここにいる(長渕剛系シャウト)。

そのブックオフの、すべての本が、70%オフだった。
オレがお金持ちだったら、店ごと買い取りたい気分である。

「すべての本と、たまにCD、ときどき文具(…前にも言った。ある邦画のタイトル似。けして見て著しく感動したわけではない)」

オレは、十二分にブックオフを活用した。

「活用」で覚えてるのは国語の五段活用ぐらいか。

関係ないけどすごいぜ、オレ。
関係あるのはすごいぜ、日本。

「お・も・て・な・し」の心の五段活用。

 すなわち「五輪」活用。

心は、七色であってはダメなのです。
裏も表も、ホントはあってはいけないのです。
裏表のない人など、本当はあまりいないのだろうけど、裏表のあまりない人でありたい。

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人生の、運と不運と。

2013年10月26日 | 作品
オレは、中学時代にオレの人生で使えるはずのほとんどの運を、使い果たしてしまったのだろうか。

上も下も、打算や妬みや嫉みもない中学時代が、オレは懐かしい。
とてもユニークで朴訥(ぼくとつ)で、そんな友人たちを、オレが嫌うはずもない。

ある友人は、外掃除で用水路を掃除していたとき、その用水路と言うより、どぶ川に近い排水路に、体ごと落ちたことがあった。
全身ずぶぬれてしまった、そんな大事件を、彼は得意げに語る。
ゴルフの池ポチャに似た、どぶポチャだと、笑った。

そういう、とても仲良くなった友人なのに、今、どこで何をしているのか、虫も小鳥も小石田(純一)も、誰も教えてはくれない。
オレのどこかに、決定的な欠点でもあるのだろうか。

思い起こせば、ある別の友人には、今も消せない後味の悪さがある。

彼より先に体育の授業を受けていたオレは、その日、ジャージを忘れたために、両手を合わせてその友人を頼った。
その友人は、気前良く「いいよ」と、ふたつ返事で、ぽかぽかと温かいそのジャージを貸してくれた。
しかし、オレは、ジャージの忘れ物として、体育教師に叱られないかわりに、そのジャージの脇も背中も汗でべっとりと汚してしまったのだった。
もっと他の、誰か体育の授業を受けた後の、汚れたジャージを借りるべきだった。

「ありがと。助かった」
お礼を言いながらもオレは、ひとり、大切な友人をこんなことで失ったと、ひどく落ち込んだ。

多分そのジャージを貸してくれた友人は、先のどぶに落ちた友人ほどではなくても、とても強い不快感を感じたはずだ。

その後の彼らが、どんな職に就き、どんな女に出会い、どんな家庭を作ったのか、オレは知らない。

オレは、ここで、当時の友人たちを思い出しては、人生の運と不運について、考えている。

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駄文の重ね方。

2013年10月22日 | テレビ
みんなはブログの記事を書くとき、誰に向かって書くのかなぁ。
ずっと、誰にも言わずに誰にも見せずに、このブログを続けてきた。

キミたちは、親しくしてくれる友人に対してだろうか?
それとも家族(オレの場合、家族は父母と弟)に対して?
あるいは、愛する女性に対して?

誰に対して、つらつらと書き連ねてるのだろう?

先日、家族と友人に、オレはこのブログのことをしゃべった。

輪郭のぼやけた、架空の人間を相手にしているのではなく、実際に存在して、実際に会うことが出来て、実際にレスポンスのある人物に、毎回見られているんだぞっていう、良い意味での緊張感がある。

テレビから得られる、二次元の偶像よりも、ずっとリアリティがある。
そこだけは、生身の人間だから、負けてない。

だけど、『明日はどっちだ』みたいな番組を見ていると、若い子たちは皆、あせるんじゃないか。
果たして自分は、成人した後、ちゃんと社会に貢献しながら、ずっと勤め上げられるのだろうか? と。
楽して稼げる仕事なんて、早々転がっているものでもないし。
若者の不安をあおってばかりもいられないけど、やっぱり仕事は、天職に近いものを探すべきだよ。

その方が結局、自分にとっても、周りの人にとってもいい。

オレは、駄文の重ね方を研究してしる。

どうやったらくだらないことも、周りが見落としがちなことも、上手に描写できるか。
長文を、難なく仕上げることが出来るようになったとき、その時こそ、オレは左団扇(ひだりうちわ)で一生暮らすことが出来ると確信するときであり、沢山の名作が生まれ始めるときでもあるのだ。


追伸:来年の3月で『笑っていいとも』放送終了だって。オレは悲しいぞ。一度ぐらい、アルタに見物行きたかったなぁ。

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「詩めくり」、突如休止のお知らせ。

2013年10月21日 | 
ダメなのである。

男は男の詩を読んで、動物が自分の体をいたわるような、自分の心の傷痕をなめるような、そんなメソメソした毎日を過ごしては、ならんのである。

「詩めくり」は、ちくま文庫でも出版されているようだ。
先日、ちょっと本屋を物色したら、そのちくま文庫の棚を見付けたのだ。

ちくま文庫は、詩作について理解があるようで、その他にも、何点かの詩集を出版しているとみられた。
女性の詩人とかも探していきたいけど、”うなぎなう”で紹介できるのは、もっと先になりそうだ。

「文学をやっている」と言うと、人は、「なんだ今時の若いもんは、この軟弱者め。ストレスか何だか知らんが、グラウンドでちょっと走り回りでもすれば、そんなものは、おのずと向こうの方から勝手にいなくなるわい。詩だの小説などと言っておるから、いつまでたっても彼女のひとりやふたりもできんのだ。グチグチグチグチ…」、と言いそうである。

文学青年は軟弱か。
そもそも、そんなことを言う体育会系にとって、文学なんてものは、自分よりワンランク上の、知的で上品な女性を射落とすときぐらいしか、必要の無いものである。

あるいは、文学青年は病弱で、体育会系はバカというのは、あまりにもパターン化し過ぎているだろうか。

我々は、知力も体力も、同じように鍛えなければならない。
文学青年が、その自分の才能を開花して、自分で自分のご飯代くらい叩き出せるようになるまでには、見たくもないと思う先人の作品にも触れねばならないのだろうか。

もっと他のやり方はないか。

オレは、キミたちを、悪くしようとなど思っていない。
むしろ、良い影響を与えたいと、考えている。
「詩めくり」の本歌取りは、オレ個人の、腕試しのつもりで始めた。
コメント数とは裏腹に、かなりの反響を感じている。

二度と見たくない。
考えたくもない。

そんな日が来ることを知りながら、その努力を続けるのは、愚か者以外の何者でもでもない。
本を買ってくれた人には悪いが、「詩めくり」は1月から6月の半年をもって、切り上げ終了しようと思う。
反省します。
ごめんなさい。
このブログはまだ止めないので、それはごひいきのほどを。

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