うなぎなう

あなたが笑ってくれると、オレはとても嬉しいです。
じっくり読んで、笑いましょう。

コンビニエンスストア学(小ぶリッチおやつ編)

2012年03月28日 | 作品
東日本大震災を機に、コンビニエンスストアの有用性が再認識されている中、ローソンの『プレミアムロールケーキ』は、この時代の水先案内人と成るだろうか。

業界第2位のファミリーマートの『エクレア』や、セブンイレブンの「ティラミス」(未確認スィーツ物体)なども人気があるそうだ。

甘いものは苦手で、自らすすんで食べないと言ってきたオレだが、食わず嫌いであったかもしれない。

「いつもより頑張った自分へ、食べるプチご褒美は、どうですか?」のうたい文句に、「ウム、苦しゅうない。もそっと近う、もそっと近う寄れ」と悪代官ばりにニヤリ。

ベスト体重を、数キロ上回って警告する体重計をよそに、このブログに幅をもたせるためにとの大義名分を抱えての、強行参加だった。

これは大なり小なり、ブログのブロガーなら、分かってくれる共通の悩みであろう。
ネタがあるから書くのでなく、ネタを用意してから書くという悲しき職業病。
記事に追われるのではなく、こちらから記事を追うのである。
しかし、敵は、『プレミアムロールケーキ』累計販売数1億個を記録している兵(つわもの)である。

早速オレは、2度食べた。
…で、飽きた。

ここで問題なのが、これを「2度だけ」と採らえるか、「2度までも」と採るかである。
どちらを選ぶかは、オレときみと、みんなだけの自由だ。
2度だけだとしても、累計1億個の、次なる貴重な2票として、カウントされるのだ。
オレの場合、それよりも、通常より2倍のチーズで作られたという、『ぎゅっとクリームチーズ』の方が、美し国日本を伝えることあるだよ。

「女性をぎゅっとしたい男性にも、男性にぎゅっとされたい女性にも、お勧めの一品だ」
ポケモンのさとしなら、そう言って、マサドラを後にするだろう。

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きみ、のち自己嫌悪。

2012年03月18日 | 作品
結局のところ、オレは、きみより夢を選んだことになるのだろうか。

放課後、誰もいない教室で、あのとき2人は輝いてた。

オレの、気持ちの乗らない言葉に、きみは恋を迷ってた。
オレの、はっきりしない態度に、きみは恋を選ばなかった。

うるんだ瞳で、オレを見上げるきみに
オレはどうしたら良いか、分からなかった。

うるんだ瞳で、ただ、首を振るきみの意味が
オレには絶対、届かなかった。

「多分、あの頃の2人は、まだ子どもだったんだね」って
流行(はやり)の歌はそう言うけど
2人は離れたお互いの距離感を縮められなかった。

あの恋を辞めなかったら
あの恋を終わらせなかったら

きっと、あのとき、オレのダイスは、アンラッキーを引いたのだろう。
そうでなければ、きっと
ここまで事情は、もつれなかったろう。

オレのここから先、きみと再会するチャンスがあっても
オレはきみに、なんと声を投げかければ良いのだろう。

オレの心の時計は、いつまでも直せないまま
――胸のうずく、痛み――。

                         2012.3.18 作
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ケータイ大喜利 Vol.2

2012年03月17日 | 大喜利

この番組、ペンネームにもこだわってつけてる人が多くて、それもおもしろい。

例えば「波平ダイナマイト」とは、そこはかとなく凄まじい。
リットン調査団の15年前の大喜利の答えが由来とか。
15年という歳月が経過してもまだ、覚えてもらえてるネタがあるとは。
波平の、頭部のシルエットがダイナマイトなら、フネのそれは、新たまねぎか。
黒柳女史と、巨大たまねぎの明日に向かって、新旧を争っておるではないか…。

それはさておき、今回の(2/18放送分の)大喜利、スタートです。

お題:セレブなお嬢様が、ファミレスでバイト。店長が「やめてください」何があった?

オンエアネタ:「お釣りいりますか?」といちいち聞く。(めんどくさいからカードで払え)
   食べ終わった皿やフォークを捨てる。(使い捨てか。何だかキャンプだな)
   お抱えシュフがまかないを作りに来る。(まかないの方が、おいしかったりして)
   常に使用人で満席。(繁盛してるんだからいいじゃないか)
   悩むくらいなら、全て注文されてはどうですか?(彼女は何故バイトしてるんでしょう?オレも知りたい)
   「ごきげんよう」と昼過ぎ来て「ごきげんよう」と夕方帰る。(礼儀正しくて模範的じゃないか)

オレの回答:水を注いだグラスなど、一度にたくさん運べない。
   レジスター操作に自信がないため、会計には近寄らない。
   お嬢様だけ、エプロンに、ヒラヒラがついている。バイト仲間の反感を買っている。
   きゃりーぱみゅぱみゅっぽい。
   帰りのリムジンが、うざい。
   待ちくたびれたじいやが、手伝いだす。
   いちいち、ゴム手袋をして、皿を持つ。
   誰かが助けてくれるまで、全身で待つ。染み付いたお嬢様根性。
   すぐ眠くなる。よく泣く。よくいなくなる。
   セレブなお嬢様というのが、叶姉妹の姉の方だったから。

いかがでしょうか?

ひとつひとつ、コメントをつけた方が、よりおもしろいでしょうか。

最初のうちはおもしろくても、慣れてくると怖いのがマンネリ。

自分が自分に飽きないように、日常を、オリジナルなアレンジで変えていくしかない。

オレが子どもの頃、気に入っていたおもちゃも、どこにしまいこんだのか、分からない。

今頃、そんなことに気付いて、自分の関心度の低さを恨む。

飽きては変え、飽きては壊しての繰り返し。

良い思い出とリンクする記憶は失いたくないし、大切にしたい。

でも、思い出をお金にするのが、作家の業。

辛い思い出も、お金なら癒せるか。

そうじゃないよね。

……強いなぁ、人間。

 

 

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3月11日。

2012年03月11日 | 作品
まずは、個人的なことから。
残念なことに、オレの書くブログのカテゴリーは、日記ではないらしい。
「○月×日~した。」というのが、日記だと言うのである。
では、オレの文章は、随筆(エッセイ)なのだろうか。
まさか、小説のジャンルには入らないだろうけど。

自分のことは、自分が一番知っているようで、一番分かってないのかもしれない。

小説・随筆なら、読んでもらえなければ、そして映画なら、見てもらえなければ、それは商業ベースであることをぬきにしても、意味がない。

特に、ここ数年、小説では、売れるプロ作家集団の高年齢化、お金をかけて作った割に、伸び悩む映画観客動員数、などといった、エンターティメントにおける問題点が、指摘されている。

ただでさえ不景気で、経済がふらついていたところへ、東日本大震災が勃発した日本。
そのことが、エンターティメントに限らず、東日本の復旧・復興をさらに難しいものにしている。
鋭い爪あとを残した、東日本大震災は、ちょうど今日で、発生後1年である。

今一番恐れるべきは、ボランティアの人たちや、募金をしてくれた人たちの、意識の風化や慢性化である。
大地震大津波をくらった、大勢の人たちにとっては、まだなにも、終わってなどいない。
今でも、被災者の人たちは、癒しきれない心の傷を、抱えている。

彼ら彼女らに必要なのは、語りかけであると思う。
身寄りを亡くした子どもらのためには、寄宿舎を造ったらどうだろうかと思う。
集団生活は、わずかでも孤独をまぎらわしてくれるはずだ。

赤子も、子どもも、大人も、過去から未来へ、明るいほうに。
生きてて良かったと、思えるように。
あなたの人生は、まだまだ続くのだし、もっと幸せになれる。
これからの世代のために、今のオレたちが、やるべきことをやっていこう。

いつまでも、傷口を見てるときではない。

後世の人たちに、負の遺産を残すことになった日本。
震災による大量のガレキは、東京だけでなく、日本全国で責任をもつべきなんじゃないのか。
この震災の代償は、間違った安全の上で、あぐらをかいていたオレたちが、緩和すべきなんだ。


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早起きのすすめ。

2012年03月08日 | テレビ
朝のNHKニュース。
NHK総合で、7:00ちょい前ぐらいから8:00までの間、ウチのテレビでは『おはよう日本』を見ている。
慌ただしい平日の朝に、お茶の間でニュースを見るならこれだ。
朝の清涼なときに、報道バラエティよりも、うわついていない、むしろ、この番組を選ぶ。
体裁よりも、実益を。
オレは、NHKと、仲が良いように思われるかもしれないが、「ニュースウォッチ9」よりも、『おはよう日本』の方が、日課であるという点で、確実に見る。

『おはよう日本』が、信頼に足る番組であったので、NHKには、関心をもったと言っていい。

個人的に、追っかけている話題を、新聞ラテで見た時は特に、「ニュースウォッチ9」とか、他局の夜のニュース番組も見ている。

昔は、映画>ドラマ>ニュースだったが、今は、ニュース>映画>ドラマという順位である。
より実用的になったと言うべきか。

『おはよう日本』を見ながら、「これは流行りそうだな」とか「パッとしない内容が多いな」とか「被災者の人は、どんなふうに時間を過ごされてるのだろうか」とか思う。

低血圧のオレは、朝は、意識してハイテンションで挑まないと、情報が、頭に入らなくなっていることに、最近気付いた。

とにかく、オレはNHKを中心に、その日一日の、テレビ番組の布陣を敷いている。

「一日の計は朝にあり」
そう考えると、その日の計画は、朝のうちに立てるほうが良さそうである。

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