うなぎなう

あなたが笑ってくれると、オレはとても嬉しいです。
じっくり読んで、笑いましょう。

いろいろと「考える」or「考えない」。

2017年10月01日 | 
我々は、慣習を恐れなければならない。
慣習とは、習慣になること。

つまり、慣れること。

何かに慣れてしまうことを、我々は、まず恐れなくてはならない。

だが、我々は考えていない。
「考える」ことを放棄してしまっている。

学校を卒業すると同時に、本を読み、文を書き、物を「考える」ことを放棄してしまった。
小難しいことを、いちいち考えなくても、生活していけるこの社会にも、責任がある。
「考えない」ということに、慣れてしまっているのだ。
おそらく、「キミは考えてないぞっ!」と、突然指摘されても、さっぱり分からないであろう。

それほど我々は、日常的にボケている。
本来なら我々は、考えていたはずなのに。
「考えない」という習慣を捨て、「考える」という習慣に、慣れていく必要がある。

「考える」習慣を身に付けよう。

人間は、誰もが考えている。
「人間は考える葦(あし)である」という言葉があるくらいだ。

インテリだけがそれを自慢し、バカは自覚していない。
「考える葦(あし)」と、「考えるバカ」がいるだけだ。
それでも我々は、「考える人」になるべきだ。
何を「考える」かは、その人それぞれの自由だ。

オレは、国語の塾講のつもりでいる。

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