自衛隊、本当の実力 軍事アナリスト・小川和久さんに聞く

2007年05月10日 01時09分19秒 | Weblog
 わが国の防衛論議がにわかに高まってきた。当面のテーマは「集団的自衛権」ということになりそうだ。議論にあたって、「己を知ることが必要」と言う軍事アナリストの小川和久さん(61)に、自衛隊が「軍隊」としてどれくらいの実力をもっているかを語ってもらった。【西和久】

 ◇対潜水艦・防空・掃海能力は世界有数でも、自立できない「軍隊」

 ◆突出する三つの能力

 自衛隊の実力となると、やはり知りたいのが、自衛隊の戦力は他国と比べてどの程度かということだろう。日本の防衛費は約4兆8000億円(06年度)。英国の年鑑「ミリタリー・バランス」の計算では、米ドル換算の国防費は世界第6位(04年)とある。

 --自衛隊の戦力は、世界第何位なのでしょうか?

 実は自衛隊は、軍隊としての本当の実力を表す世界ランキングには入れない特殊な構造です。例えれば、水泳だけはトップクラスだけれど、自転車もマラソンも苦手なトライアスロンの選手みたいなものなんです。

 --何が得意で、何がダメなのですか?

 自衛隊は三つの能力だけが突出しているのです。海上自衛隊の対潜水艦戦闘(ASW)能力。護衛艦や哨戒機などを使って敵の潜水艦を捕捉し攻撃する能力は、世界2位です。航空自衛隊の防空戦闘能力は、F15など400機近い戦闘機や空中警戒管制機(AWACS)があり、世界3~4位でしょう。ほかに、海自の機雷を除去する掃海能力も高い。それ以外は並の能力か、あるいは能力自体が欠如しているのです。

 --なぜ、そんなアンバランスな戦力になったのですか?

 「戦力投射(パワープロジェクション)」という言葉があります。国家としての戦力投射能力とは、核武装していない場合でも「数十万人規模の軍隊を海を越えて上陸させ、敵国を占領し、戦争目的を達成できる戦力」とされる。必要なら敵国を攻めることができる能力です。自衛隊にはこの能力が全くありません。日本の再軍備にあたって、米国が望まなかったからです。自衛隊は米国の軍事戦略の一角を担う形で位置付けられており、そもそも自立できない軍事力なのです。

 --冷戦終結で、こうした自衛隊の能力や役割に変化は?

 ASW能力は元々、旧ソ連の潜水艦を封じ込めるためでした。一時は必要がなくなったといわれましたが、現在は中国の海軍力増強でニーズが生まれています。もっとも中国潜水艦の実力は、騒がれるほどの脅威ではありませんが。

 ◆「日本モデル」

 様変わりした冷戦後の世界のなかで、98年の北朝鮮の弾道ミサイル発射をきっかけに、日本では、ミサイル防衛(MD)システムの整備に関心が集まっている。政府は10年末までに、海上配備型スタンダード・ミサイル(SM3)搭載のイージス護衛艦4隻、地上配備型パトリオット・ミサイル(PAC3)16基、新型・改良型のレーダー11カ所を整備する計画だ。

 --日本のMDの実力は?

 予定通り整備が進めば、一定の力を発揮するでしょう。ただ、日本のMDのカサは2枚です。1枚目はミサイルが軌道に上がった中間段階で、イージス護衛艦から撃ち落とす。2枚目は弾頭が目標に達する直前に、地上からPAC3で迎撃する。しかし、米国は4枚のカサを持っていますし、弾道ミサイルは発射された直後のブースト段階で撃ち落とすのが効果的です。

 --政府の有識者懇談会が発足するなど、MDの運用も含めて、集団的自衛権を見直す動きが出てきています。これまでの議論をどう見てきましたか?

 一方に「集団的自衛権はあるが行使しない」という妙な政府統一見解、もう一方では、米国が攻撃を受けた時に日本が助けられないのは「肩身が狭い」という、劣等感むき出しの不毛な議論が繰り返されてきました。政府見解は世界に通用しない論理です。また、自衛隊が自立できない軍事力であることを考えれば、日米同盟が片務的なのは当然です。そもそも米国と軍事力で対等な国はなく、日本は最も対等に近い同盟国なのです。

 --不毛な議論をどう整理すればいいのですか?

 まず、米国の世界戦略にとって、日本がどれだけ重要な位置を占めているかを考えたほうがいい。太平洋の西側とインド洋の全域をカバーする世界最大の第7艦隊や海兵隊が日本を拠点にしており、日本がなければ米軍は地球の半分で動けなくなるのです。そこで、現行憲法の枠内で可能な集団的自衛権の「日本モデル」として、私は二つの方向を考えています。

 一つは、戦力投射能力を保有していない現状を米国議会に理解させ、米国にとって唯一無二の戦略的拠点である日本列島を自衛隊が守り、在日米軍基地を日本側のコスト(年間約6000億円)で維持していることを、集団的自衛権の行使として、米国側に認めさせるのです。もう一つは、国連憲章第51条に基づき、国連安全保障理事会が機能するまでの間、周辺事態の範囲内で自衛隊は米軍と作戦行動を共にし、安保理が動き出したら、直ちに行動を中止する。これを米国に提示し、「日本モデル」として認めさせるのです。

 ◆北朝鮮の本当の脅威

 いま日本にとって「脅威」という言葉で真っ先に頭に浮かぶのが、北朝鮮の存在だ。先月の人民軍創建75周年の軍事パレードでは、15年ぶりに4種類48基のミサイルが登場した。

 --北朝鮮の軍事力は?

 北朝鮮は、経済的困窮ゆえに満遍ない軍事力整備を最初からあきらめて、2点に絞って突出させています。一つは、核兵器とその運搬手段としての弾道ミサイル。もう一つが、8万5000~12万5000人といわれる世界最大の特殊部隊です。正規軍が38度線から南下する戦力はないけれど、核とミサイルはすでに政治カードとして成功しています。また特殊部隊は韓国にとっては脅威です。

 --日本はどうすればいいのでしょう?

 今の日本には、脅威を脅威でなくする議論が必要だと考えています。脅威とは相手の意思と能力の総和です。意思のほうは、日本とかかわらなければ生きていけないような関係をつくり出すことです。能力すなわち軍事力では、つねに近代化で水をあけ、同盟関係で封じ込めていく。軍事的側面は重要ですが、すべてではありません。

 --本当の脅威とは?

 6カ国協議は、北朝鮮をつぶさないための枠組みです。それでも北朝鮮が崩壊する可能性がある。内戦が起きるかもしれないし、大量の難民が発生したり、混乱のなかでミサイルが発射される可能性もあります。そんな事態こそ、日本が克服すべき本当の脅威といえるのです。

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 ■人物略歴

 ◇おがわ・かずひさ

 1945年、熊本県生まれ。陸上自衛隊生徒教育隊・航空学校修了。同志社大神学部中退。新聞記者などを経て、84年から軍事アナリスト。著書に「日本の『戦争力』」「日本の戦争力VS北朝鮮、中国」など。

毎日新聞 2007年5月8日 東京夕刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/tokusyu/wide/news/20070508dde012040047000c.html

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